第18話
僕の実家があるのは、都市部で働く人たちが多く住むベッドタウンだ。
この辺りは住宅街なので、なぎさんの車は繁華街を目指して進んでいる。
生活道路から二車線の道路に出ると、街頭や店舗の明かりが増えた。
なぎさんの横顔も、さっきより鮮明に見えるようになった。
今は穏やか、というか……懐かしむような表情をしている。
『レッドクロー』
もちろん知っている。
僕が好きな戦隊モノのリーダーで、香坂さんが演じていた役だ。
「はい。大好きでした。あ、いや……今でも大好きです」
あの撮影現場で、僕に「怖いこと言わないでくれよ」と言って見せてくれた笑顔は、ヒーローらしい優しい笑みだった。
香坂さんの素敵な笑顔を思い出して懐かしんでいると、なぎさんの表情がパッと明るくなった。
「オレも! やっぱり、同い年だからレッドクローは通ってるよな」
「そうですね」
「レッドクローってさ、リーダーなのに個人プレイでさ。仲間の忠告とか聞かずに突っ走って、怪我して戻って――。でも、最後は結局一番かっこよく敵を倒すんだよな」
「そこがいいんですよね! 仲間は振り回されていて可哀想でしたけど、みんなレッドクローを慕っていて、大事な局面ではリーダーについていく! って、なるのがエモかったです」
一緒に見ていた母は、「チームプレイができないリーダーなんて邪魔でしかない」と、レッドクローにイライラしていたが、僕はリーダーを支える仲間の絆に感動したものだ。
「なぎさんはなんだかレッドクローに似てますね」
「……え?」
「あ」
驚いた様子のなぎさんを見てハッとした。
「なぎさんって呼んでしまった! すみません!」
「オレが驚いたのはそこじゃないから。呼ぶのはそれでいいんだからね?」
もちろん、レッドクローに似ている、と言ってしまったことにも焦ったのだが、まずは推しを気軽に呼んでしまった自分に狼狽えた。
「に、似てるって思ったのは、周りが慕って支えていく……っていうか! 恭介さんやリスナーが、突き進むなぎさんについて行く感じが似てるかな、って……」
言い訳をしていたら、信号待ちで止まったなぎさんがこちらを見て笑った。
「ははっ、ありがとう。オレ、レッドクローになるのが夢だったから、すごく嬉しい」
暗がりの中、街の明かりで浮かび上がる推しの笑顔が眩しすぎる。
心臓にダメージが……ドキッとした……!
絵に描いて、自分の人生の中に残したい……!
信号が青になり、車が発進する。
それまで子どものような無邪気な笑顔を見せていたなぎさんだったが、少しするとまなざしに憂いが混じった。
どうしたのだろう。
空気が変わった気がして、僕は黙ったままなぎさんの言葉を待った。
「唐突に自分語りしちゃうんだけどさ……」
ちらりとこちらを見る視線は、話してもいいか? と確認しているようだったので、僕は「はい」と頷いた。
「オレさ、子どもの頃は内気で人見知りだったんだ。その上、両親が離婚して、母親と二人で引っ越しすることになって――。新しい場所ではまったく馴染めなくてさ。喋り方っていうか、少し訛りが違う地域だったから、がんばって話してもからかわれて……余計に話せなくなったんだ」
……驚いた。
配信では話題を途切らせることなく、流暢に話しているなぎさんからは、そのような過去は想像できない。
「そんなつらいときに憧れていたのが、レッドクローなんだ。言いたいことを臆せず口にして、誰にも左右されずに自分を信じて突き進む――。そんなレッドクローに――香坂大河になりたかった」
配信では見たことがない、真剣な表情――。
なぎさんの想いが『本物』だと伝わってくる。
「…………」
こんなときに、何と言えばいいのか分からない、己のコミュ力の低さが恨めしい。
「あ、ここだ」
なぎさんがウインカーを出し、ハンドルを切った。
何を言うか迷っているうちに、ハンバーガーショップのドライブスルーに到着した。
二列になって並んでいる車の最後部につく。
八番目くらいだと思うが――。
「結構待つかも……。この店、遅いんで」
慧に乗せて貰って来たときもこのくらい並んでいたが、一時間くらい待った。
「一時間はだるいなあ。まあ、話すからいいか。それで、さっきの続きっていうか、今日ゼロさんに会いにきた『本題』なんだけど――」
「あ、はい」
大事な話のようなので、再度姿勢を正す。
なぎさんは「だから、そんなにかしこまらないでって」と言いながら苦笑いしていたが、ピンとした背筋のまま聞かせて貰う。
「オレは『死神少女を知りたい』っていうのを掲げて配信活動してるけどさ、それはちょっと誤魔化してるんだ」
「え?」
「正確には、『香坂大河の死の真相』を知りたいんだ」
「!」
なぎさんの話から、香坂さんに想いがあるのは感じていたけれど、そちらが本命だったのか……。
「週刊誌とかでは、死神少女と絡めて『不審死』だって騒いでたけどさ。はっきりしている死因は自殺なんだ」
僕もテレビのニュースで見た。
しばらくしてから、図書館の新聞でもそういう記事を見つけた。
……信じたくなかった。
「でも、香坂大河はそんなことしない」
当時の記憶を振り返っていると、なぎさんがそう言い切った。
その力強さに少し驚いた。
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