第8話

 僕は磨りガラスの小窓から目が離せない。

 見るのは恐ろしいけど、目を離すと何が起こるか分からないから……。

 三人を守るためにも、見ていないといけない気がする。


『仁藤さん、どう? 部屋の中に霊はいそうです?』


 いざなぎの質問に、ニート霊能力者は目を閉じた。

 感覚を研ぎ澄ませる……フリをしているのかもしれない。


『カタカタ音が鳴っていたのはここですね……。とても嫌な感じがします……この家で亡くなったおばあさんがいるのかもしれないです』

『所有者さんの亡くなったご親戚は、中年男性ですが……?』


 先ほど遺影も見たのに、住んでいたのは中年男性だということをもう忘れたのか?


『あ、この近所で亡くなった方……たまたま通りがかった浮遊霊かもしれません。ここは霊の通り道――霊道ですね』


 それっぽいことを言って誤魔化している……。

 口が上手いから、営業職が向いていそうだ。

 少なくても僕よりは社会性があることは間違いない。

 とにかく、僕は恭介さんに『逃げて』というメッセージを送り続けているが、他の手段も探さないと……。


『じゃあ、この部屋で写真を撮ってみますか。開けますね?』

「開けちゃだめだ!!」


 叫ぶと同時にコメントするが、やっぱり流れの早いチャット欄の中に埋もれてしまう。

 とうとう、いざなぎが錆びたドアノブを回し、開けようとしたが……。


『あれ? 開きませんね? 鍵がかかっている?』

『え? 所有者さんは、部屋に鍵は掛けていないと仰ってましたよ?』

『錆びてるからかなあ?』


 ノブをガチャガチャと動かして開けようとするが、ビクともしないようだ。

 開かないのならよかった。そうホッとした瞬間――。


『ちがう』


 磨りガラスの小窓に、それは映った。


「うわっ!!!!」


 思わず布団の上にスマホを投げてしまった。

 暗闇に浮かび上がる、不気味な笑みを浮かべた白い顔――あの仮面だ!!


『『『!!!!』』』


 僕と同時に、三人が磨りガラスの方を見て飛び退いた。


『か、顔!!!?』

『ぎゃああああっ!!!!』

 

 いざなぎは磨りガラス見て目を見開き、ニート霊能力者は腰を抜かして尻もちをついている。


「……え? 見えてる?」


 慌ててスマホを拾い、画面を覗き込んだ。


『ちょ……え……ええ?』


 恭介さんも激しく動揺しているし、やはり三人に見えている!

 でも、チャット欄では『?』が大量発生していた。

 リスナーには見えていない?

 現場の三人と僕にだけ見えている、ということか。

 

ガチャ


 現場で音が鳴った。

 それほど大きな音ではないのだが、やけに耳についた。


――ガチャ?

――え、鍵開いた!?

――こわ


 今の音はリスナーにも聞こえたようだ。

 誰かが言ったように、今の音はおそらく前の扉の鍵が開いた音だ。

 あの霊が出てくるんじゃ……!


「逃げてっ!!!!」


 再び大急ぎで恭介さんにメッセージを送る。


『早くその場から離れて!』

『最悪死んでしまう!』

『香坂さんを死なせたのと同じのがいる!!!!』


 連投するが、現場で僕のメッセージを気にする様子はない。

 くそっ、見てくれ!

 いや、見なくてもいいけど早く逃げてくれ!


『す、すげえ……ガチで見えた!!』


 大変な状況の中、いざなぎの興奮した声が響いた。


『ってか、霊だよな? 人間? 話を聞いてみる?』

『何言ってんですか、馬鹿甥! どっちにしても、ガチでやばいでしょ! 一旦、出ますよ!!』


 恭介さんはそう言っていざなぎの手を掴んだ。

 だが、それと同時にドアノブがゆっくりと回り始める――。


『あ、開いてきた……やべえ……!!』

『怖すぎでしょ!! 急いで!! 仁藤さんも立ち上がって!! 走れ!!』

『あっ……あ……』


 恭介さんに声を掛けられたが、ニート霊能力者は腰を抜かしたのか動けない。

 扉を見たまま震えている。

 そして……ぎぃぃという音をたて、扉はゆっくりと開き始めた。


 ゆっくりと姿を現したのは、影が実体化したような黒い女――。

 やはり、あの『女の霊』だった。


『……きょ、恭さん、仕込みだよね? いくらオレでも、仕込みなしでこれは、さすがに怖すぎるんだけど……』

『仕込みなんて無駄な経費使わないから……! ガチのガチです……!』

『はっ……ひっ……』


 三人は、異形の霊を目にして固まっている。

 でも、霊が見えていないリスナーたちは、顔を強張らせるいざなぎたちに、なおも『?』の状態だ。


 僕はを警戒しながら、女の霊を見た。

 香坂さんの背後にいたときのように仮面を被っていて、体中にある目の瞼はまだ閉じられている。

 だが――。


『あー……ちがうちがうちがう』


 女の霊は無機質な声でそう呟くと、仮面を外した。

 顔には、頭の中にこびりついていたあの『赤』と『カメラレンズ』の目があった。

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