第9話
『絶対に目を合わせないで!』
メッセージを送り続けているけれど、恭介さんは反応しない。
硬直が解けないまま、女の霊を見ている。
『あー……』
女の霊は仮面を持ったまま、まるで物色するように三人を見ていたが、少しするといざなぎに近寄り始めた。
さらに緊迫した状況になったが……いざなぎがとんでもない行動にでた。
『えーと……あの……あなたは霊ですか?』
「なっ……馬鹿っ!」
女の霊に話しかけるいざなぎに、思わず罵声を浴びせてしまう。
いくら勇敢だからって、霊に話しかけるなんて!
ホラー映画なら真っ先に殺されるぞ!
『ちがう』
『あ……違う、って言った? え、霊じゃないの? じゃあ……人?』
幸い、いざなぎの言葉に女の霊が反応している様子がないから、タイミングよくいつもの言葉が出ただけだろう。
――なぎたんは誰と喋ってる?
――演技?
――そろそろ怖いんだけど……
相変わらず、リスナーは何も分からない状況が続いているが、いざなぎには女の声が届くなっているのが気になる。
状況が悪化しているとしか思えない。
『どう見ても人じゃないだろ! こういうのは会話しちゃだめって聞くぞ!? いいから、ほんとに撤退! ニートは俺の背中に乗れ!』
いつもおちゃめな紳士の恭介さんらしくない荒々しい声から、リスナーにも緊張と緊迫が伝わっていく。
――何か起きてる?
――大丈夫そ?
――通報する?
恭介さんは、乱暴にニート霊能力者を背中に乗せると、落ちそうになりながらも必死で階段を下りて行った。
『恭介さん、お手数おかけします……』
『ほんとだよ!! ふざけんなよ!!』
『ごめんなさい! 捨てないで!』
恭介さんとニート霊能力者のやり取りに、チャット欄の一部で『おぢ✕ニートはじまった』『式場おさえるわ』とイジリが始まったが、今は本当にピンチな状況だ。
いざなぎは女の霊が気になるようで、後ろ髪を引かれるような様子が、一瞬カメラに映っていた。
でも、恭介さんが逃げることに集中している今は、画面が激しく動いて何も見えない。
様子を見ることはできなくなったが、ガタガタと関の扉が開く音がしたので、三人が外に出たことが分かった。
定まらない画面には、生い茂っている雑草らしきものが映っている。
『はあ……はあ……ニート……いい加減、歩けよ……』
『まだ無理です……』
『もうクリーニング代出さねえからな! なぎ君、さっきの奴、追ってきてる!?』
『いや、来てない!』
――え、追われてる?
――ガチ?
――仕込みでしょ
チャット欄を見ながら、三人が逃げ切るのを待つ。
しばらくすると、アスファルトが見えたあとにドサッという音がした。
どうやら恭介さんが、ニート霊能力者を地面に下ろしたようだ。
『はあ……ほんとに……こいつ……何をしにきたんだっ!』
『すみません……イテテ……』
恭介さんが強い口調でぼやきながら、乗って来たワンボックスカーの鍵を開けた。
スライドドアが動く音と共に、画面も復活した。
『もう少々、お待ちください……アラフォーに、この運動は、キツい……』
肩で息をする恭介さんに合わせて、画面も揺れる。
『とにかく、車に乗りましょう。……なぎ君?』
カメラがいざなぎに向けられる。
いざなぎは、たった今出てきた家の方を見ていた。
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