第7話
それを見ていざなぎと恭介さんの笑顔も引いた。
『ニート、心当たりある感じ?』
『…………』
いざなぎの質問に、ニート霊能力者は黙ったままだ。
チャット欄にも『え』という一文字がずらっと流れている。
『絵師さん……ガチの本物なんじゃ……』
いざなぎがぽつりと呟いた。
その後、沈黙が続いていたら――。
カタカタカタカタ
『え?』
いざなぎとカメラが、反射的に階段の上を見た。
懐中電灯が照らしている光景は、さっきと変わらない。
でも、耳を澄ませると……。
カタカタカタカタカタカタ
やはり聞こえる。
チャット欄にも『カタカタなってる!』『聞こえる!』という声が出た。
『……なぎ君。音、しますね?』
『……するね。やっぱり上からだ』
二人の声も強張る。
その間も、カタカタ音は続いている――。
『これは……もしかして、タイピング音か?』
いざなぎが階段の上を見つめたまま呟いた。
『あー……確かに、そう聞こえます』
恭介さんが同意したところで、気を持ち直したニート霊能力者が動き始めた。
『まだ、はっきりとは分かりませんが……二階にいる霊が、何かしらのアクションを起こしていることは間違いないです! 我々に伝えたいことがあるのかもしれません……!』
『なるほど……。では、絵師さんは行かない方がいいと仰ってますけど、確認に行った方がいいですか?』
『はい、確認に向かいましょう! どこの誰か分からない、にわか霊能力者の嘘つき絵師より、正真正銘霊能力者のわたくしを信じてください!』
それまでチャット欄には、ニート霊能力者に向けて『働け』『仕事しろ』『母ちゃんに呪われろ』という厳しい言葉が流れていたが、『がんばれ!』『稼いで納税しろ!』『今は社会に貢献してるぞ!』という温かいエールが勢いよく流れ始めた。
リスナーはみんな、このまま調査を続けて欲しいようだ。
『ゼロさんのことは信じるけど……。音の原因を突き止めたいよな』
チャット欄のコメントを確認して、いざなぎも頷いている。
持ち前の『勇猛果敢』が発揮されようとしているが、行っちゃだめだって!
『なぎ君。絵師さんの忠告はありがたく頂いて、気をつけながら行きましょうか』
『そうだね。配信的には、行くしかないでしょ!』
『ええ、行きましょう! わたくしの力を信じてください!』
「力ないだろ!」
行くなら一人で行け! 推しを巻き込むな!
僕のツッコミが届くはずもなく、気合を入れ直したいざなぎたちは、興奮した様子で階段を上がっていった。
でも、あくまでも慎重に……ゆっくりと……。
暗闇に三人の足音と、階段の軋む音が不気味に響く。
一段一段上がる度に気持ち悪さが増し、僕の動悸が早くなる。
「きっつ……よく近づけるな」
画面を閉じたい衝動に駆られるが、何とかして三人を止めたい。
また、香坂さんのようなことになったら……。
もう大好きな人の訃報を聞くのは真っ平ごめんだ。
メッセージを送り続けようとしていたら……ハッとした。
「なんだ、この感覚……」
強烈な嫌な予感――。
察しているけれど、認めたくない……目を反らしたい既視感……!
「まさか……」
『あー……』
「!!!!」
その声が耳に届いた瞬間、体が凍りついた。
耳に残っているこの声は……。
「あ、あの女の霊だ……」
嫌な予感が当たってしまった――!
二階にあいつがいる……早く……早くいざなぎたちに知らせないと!!
震える手で『危ない霊がいました! すぐに逃げて! そこから離れて!』とメッセージを送る。
その間にもいざなぎたちは着々と調査を進めていく――。
『階段を上がりきって――ただ今、二階に到着しました』
「!」
画面に映っているのは二つの扉。
階段脇には段ボールや、大量の週刊誌などを摘んでいるスペースがあった。
中年男性が着ていそうなジャケットなども、ハンガーにかけることなく積まれている。
女の霊の姿はまだ見えない。
『二階も物が結構あるな……あ、写真がいっぱいだ』
いざなぎが、段ボールの上に乱雑に置かれた写真の一つ手に取った。
映さないように気をつけているので、どんな写真かは見えない。
『家族写真――ではないよね。取材写真、って感じがする。仕事の資料とかかな……』
写真を元の場所に戻し、辺りを見回すいざなぎ。
『見えるところで、他にこれといって気になるものはないかなあ』
『部屋は二つ。作業部屋と物置にしている部屋があると伺ってますが……。手前が作業部屋ですね』
普通に調査を続けているこの様子だと、さっきの女の霊の声は聞こえなかったのだろう。
このまま怖い思いをせずに、家を出て欲しい。
早く逃げて、お願いだからその場を離れて……!
『あ、絵師さんから――』
「気づいてくれた!」
恭介さんが僕のメッセージを読もうとしてくれたのだが……。
『もう読まなくてもよいのでは? 現場に集中しましょう!』
ニート霊能力者がそれを止めた。
「お前さあ……ほんと……黙って家に帰れ!」
本当に余計なことばかりする! とイライラしたが……。
――絵師さん構ってちゃん
――でしゃばんな
――黙って絵描いとけ
リスナーからも僕は『お呼びじゃない』空気が広がっていて、ちょっと凹んだ。
でも、今推しを危険から守れるのは僕しかいない……ふんばろう! 凹むのは後だ!
現在、カタカタ音は止まっているし、声も聞こえないが……確実にいる。
いざなぎたちが向かっている、作業部屋の中にいるのが分かる。
蜘蛛の巣と埃で汚れた、木製の古いドアの前に三人が立った。
上部にある磨りガラスの小窓を通して、真っ暗な室内が見えるが……ここに何か映りそうで怖い。
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