第26話

『あの事故物件に行った後、寺に行ってきました。お祓いして貰ったんだけど、完全には呪いがとれなかったんだよ』


 ――なんで?

 ――インチキだった?

 ――ハズレのところに


 リスナーたちがなぎさんを心配している。


『いや、ちゃんとしたところだったよ。きっちりお祓いしてくれたし。だから呪いの目が閉じだんだよ。あ、霊感がある人は見えるかもしれないけど……。今、ここに閉じた目がついてるんだけど、見える人いる?』


 なぎさんはそう言って、画面いっぱいに左手の甲を映した。

 あれ? そっちは何もないはず……。

 まさか、目が増えた!? と焦ったが、僕の目には何も見えなかった。

 チャット欄では、「何もない」というコメントが流れているが、稀に「ほんとだ」「ある」という声もある。

 でも、やっぱり僕には見えないのだが……。


『はい、見えたって言った人は嘘つきね! 本当はこっちだから!』


 ニヤリと笑いながら、今度は目がある右手を映した。

 画面いっぱいに、閉じられた瞼が映っている。


 ――見えたとか言った奴は嘘つき乙

 ――両方ないぞ?

 ――どれが嘘なのか分からん


 呪いの目が見えないリスナーたちには、正解が分からない。

 みんな疑心暗鬼になっているが、コメントは勢いよく流れ、盛り上がっている。

 騙された人は可哀想だけれど、なぎさんらしいなと笑っていると……。


 ぱち


「え?」


 画面に映っている手の目が、瞬きをしたような気がした。

 見間違えだろうかと、改めて確認したが……目は閉じたままで動かなかった。

 僕が目を気にしている間に、なぎさんとリスナーのやり取りは進む。


 なぎさんが見えないリスナーたちのために、ペンで目をなぞって「こんな感じ」と見せていた。

 すごいことをするなあ……。


――厨二っぽい

――どういう呪い?

――呪いでどうなるの?


『放って置いたら死ぬらしいよ』


 こともなげに言ったなぎさんに、リスナーがざわついた。

 チャット欄が「え」と言う一文字で埋まる。

 また心配する声が続々と流れたが、なぎさんは明るく続けた。

 

『大丈夫だよ。いっぱい食べて、寝て、元気いっぱい! ……っていうかさ、力強い友達ができたんだよ。友達っていうか、これから一緒に色々やっていく相棒なんだけど! あ、恭さんじゃないよ?』


 相棒、という言葉に嫌な予感がして「えっ」と声が出た。

 まさか……。


 ここで僕の話をされると、リスナーたちの顰蹙を買ってしまう……!

 昨日まで同担だった奴が、急に推しに近くなっているなんて知ったら、心中穏やかではいられない人が多いだろう。

 好きな気持ちが大きければ大きいほど、許せないという思いが強くなりそうだ。

 だから、僕の名前は出さない方が、波風が立たないと思うのだが――。


『ゼロさんなんだけどね、会ってきたんだよ!』


――え、会ったの!?


「あぁ……」


 思わず顔を抑えた。

 推しの無邪気がこわい……! でも、そこが好きです……。


『まず、見た目がかっこいいし、美人なんだよ。死神少女を見つけたのかと思ったなあ』

「!!」


 思わずひゅっと息が止まった。

『思ったなあ』だから、気づいてないよね?

 バレていないよね?


『そんな人がこの絵描いてるんだよ。天に何物与えらえてるんだよ、って感じ』


 なぎさんはそう言いながら、僕が描いたファンアートを画面に出していった。


「いやいやいや……」


 この神は何をいっているのだろう。

 僕は何も持っていません!

 どうしてこんなに過大評価してくれるのか、さっぱり分からない。

 チャット欄が怖くて見られなくなってきた……。


『それにさ! あんまり詳しく言えないけど、ゼロさんの霊感は本物だよ! オレ、すご過ぎて鳥肌立ったもん! あ! そうだ、オレは今までリスナーに送って貰った心霊写真を紹介してきたでしょ?』


 心霊写真、という単語が出た時点で、どういう話をするか察した僕は、画面から目を反らした。


『その中で、ゼロさん的に、これはガチだ! って心霊写真はどれなのか聞いてきたんだけどさ……これだって。みんなはどう思う?』


 僕の部屋で、一緒に写真を見たときに選んだ一枚なのだが、あまり見たくないんだよなあ。


 なぎさんが表示しているのは、三面鏡の前に初老の女性が座っている写真だ。

 正面の鏡と、左右の鏡に映っているものでは、少し年齢が違って見えるという写真――。

 不気味ではあるが、気のせいかな、と思うくらいの差異なので「それほど怖くない」と感じるかもしれないが――。


 リスナーからも『気のせい』『角度が違うからそう見えるだけ』『あんま怖くない』という声が多い。

 なぎさんはリスナーのリアクションが悪いと「つまらないなあ」と拗ねたりすることもあるのだが、今はゴキゲンな様子でチャット欄を読んでいる。


『あー。こっち見てる、って言っている人が少しいるね。その人たち、やばいよ』


 なぎさんは悪い顔――というか、ニヤニヤしながら伝えた。


『ゼロさん曰く、目あったと思う人は波長が合っているから、鏡にいる霊がそっちに行くかも、だって。ご愁傷さまです。ちなみにオレは、まったく目が合いません!』


 ――え

 ――ひどい

 ――そんなもの見せんな!


 リスナーたちからは、怒りのコメントが流れた。

 それを「ははは」とご機嫌な様子で見ていたなぎさんが、「ん?」とパソコンの画面を覗き込んだ。


『なんか電話かかってきた……ってお前か』


 パソコンで着信を取ったようで、すぐに『もしもし』という声が聞こえてきた。


『かけてきたのはニート霊能力者改め、ただの仁藤です。カメラつけてよ』

『え、スウェットなんですけど……』

『ニートらしくていいじゃん』


 なぎさんにそう言われ、仁藤さんはしぶしぶカメラをオンにした。

 配信画面に、仁藤さんの姿が映る。


『え? お前……誰?』


 リスナーたちも『どなた?』とコメントしている。


『仁藤ですけど……』


 そう答えたのは、以前見た『一張羅のスーツ』と『黒髪ロング』ではない人だった。

 肩につくくらいの中途半端に長いくすんだ金髪の男で、眼鏡も知性的な銀縁眼鏡からカジュアルな黒縁眼鏡になっている。


『ほんとに? 別人じゃないの?』

『仁藤です……』

『お前……イケメンだったのか……』

『え? イケメンですか?』


 まったく整えていなくてボサボサだが、乱れ具合がいい感じにおしゃれになっている。

 確かに、普通にかっこいいと思う。


『前より全然いい。髪、どうした? イメチェンした?』

『配信に出たときは仕事できるエリートみたいにしようと思って、ズラ被ってました。こっちがデフォルトです』

『マジか。努力の仕方間違ってると思うけど、すごいな!』


 ――普通にイケメン

 ――推してもいい

 ――養ってもいい


 チャット欄も仁藤さんのビジュアルに沸き立っている。


『髪、かきあげてみてよ』

『え、はい……』


 なぎさんに指示されるがままに、仁藤さんは前髪をモデルのようにかきあげた。

 ……割と様になっている。


『いいじゃん。じゃあな』

『ちょっと待ってください! さっきの写真なんですけど! 目が合ったと思ったんですけど、どうしたらいいですか!? というか、ゼロさんと繋いでください!』

『絶対やだ。寺行け、寺。南無阿弥陀仏』


 そう言うと、なぎさんは即刻通話を切った。

 ぴろん、という切れる音がして、コメント欄には大量の草が流れた。


「容赦ないなあ」


 やり取りのテンポの良さに笑っていると、スマホの画面にメッセージの通知が出てきた。

 慧からのもので、『配信を見ているか?』という出だしが見えた。

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