第25話

 なぎさんも、日付が変わる前に帰っていった。

 もっと早く帰ると思っていたのだが、心霊写真を見て欲しいとか、話を聞きたいと言い、時間の限り粘ったようだ。


 妹は慧が帰ったあとに帰ってきていたのだが、なぎさんが帰るときに遭遇した。

 失礼なことを言わないかと焦ったが、「あんた、慧君以外に友達いたの?」と言われ、僕にダメージが入っただけで済んだ。


 なぎさんのことは知らなかったようでセーフだったが、帰ってからやたら「あのイケメン誰?」と情報を求められた。

 妹はイケメンが好きだからな……。


 慧のことも気に入っているが、僕のことしか構わないからつまらないらしい。

 僕の少ない友人に絡んでくることなく、自分の広い交友関係の中で楽しくやっておいて欲しいものだ。


 慧には今週は用事があるけれど、来週の週末に予定が空いていたら会って欲しい旨を連絡しておいた。

 すると、すぐに「分かった」と返事をくれたからほっとした。

 今回のことで、縁を切るようなことはしないでくれるのだろう……多分。


 なぎさんとはメッセージのやり取りがしやすいアプリで連絡先の交換をした。

 推しのプライベートな連絡先を教えて貰うなんて、リスナーたちに謝罪行脚したいくらいだ。

 また、神のお願いで「連絡先交換しよ!」と言われて抗えなかった……。



 翌日になって、僕は普通に仕事をして、いつもの時間に帰宅した。

 今日は金曜日で、取材に同行すると約束をして明日に備えて、精神統一をしておきたがったのだが、夜になぎさんの配信があると告知があった。


 心の準備をしておかないと、明日を乗り切れない気がするが、配信があるなら見逃すわけにはいかない。

 またコンビニでサラダと、今度はからあげも買って、配信が始まるのを待った。


 そういえば、「配信でちょっとゼロさんの話をしていい?」と聞かれて了承したのだが、今日は話すのだろうか。

 前回の配信を見て心配しているリスナーもいたから、関連して話すかもしれないなあ。

 そんなことを考えていたら、なぎさんからメッセージを受信した。


『もうちょっとしたら配信するよ。よかったら見てね』


「推し本人から配信の通知が来るなんて……」


 僕はなぎさんの有料配信が見たいから、課金プランにメンバー登録しているが、少なくても十人分くらいの料金を払った方がいいかもしれない。


 朝にも『本日の目の状態』というメッセージと共に、なぎさんの手の写真が送られて来ていたし……十人分じゃたりないか。


 昼には恭介さんからもメッセージを貰った。

 なぎ君が無理言ってすみません、と書いてあったが、過剰なファンサを頂いてしまい、謝り倒さなければいけないのはこちらの方だ。


 シェアハウスの件は会ったときに話すけれど、仕事については、まず僕の作品をいくつか送って欲しいということだったので、人に見せられるレベルだと思える絵をいくつか送っておいた。

 送信するだけなのに緊張が半端なくて、生命力を八割くらい使った。


「あ、返事しないと」


『もう、待機してます』と送ると、すぐに猫がわーいと手を挙げているイラストのスタンプが送られてきた。

 推しと猫の可愛さに和んでいると、配信が始まり、音楽が流れはじまった。

 デスクの上にスマホを置き、全画面表示にしたところで、今日は黒いシャツを着ているなぎさんが映った。


 画面の中にいるなぎさんが、昨日はこの部屋にいたのかと思うと、とても不思議な感じがした。

 実物の方がビジュがいいというか、かっこよかった。


『こーん! 絶賛呪われ中のいざなぎでーす』

「あ」


 今、なぎさんが手を入れているマペットのなぎたまは、昨日僕があげたものだ。

 いつものなぎたまと一緒だが、ちょっと顔が違うというか……。

 ずっと大事にしていた僕には、あれが昨日までここにあったものだと分かった。

 しかも、よく見るとしっぽのところに黒いリボンを巻いてくれている。

 自意識過剰かもしれないが、僕から貰ったものだから、黒にしてくれた気がした。

 

「身近に置いて欲しい、ってお願いしたけど、配信で使ってくれるなんて……」


 嬉しくて思わずにやけてしまい、誰も見ていないが手で顔を隠した。


 なんだか、妹が読んでた『男性アイドルとファンの女の子が恋愛をする少女漫画』を思い出した。

 リビングに置いてあったのでなんとなく読んだのだが、偶然推しのアイドルを助けたファンの女の子が主人公の物語だ。

 アイドルのライブでは、二人にしか分からない言葉を使って、アイドルが女の子に気持ちを伝えていた。

 あれとちょっと状況が似ている……って、僕らは同性だし、「ちゃんと身代わり人形持ってますよ」という意味だから全然違うか。


 いや、意識を逸らしていないで、ちゃんと見ないと!

 チャット欄を覗くと、呪われた発言に『おめ』という祝福の声が溢れていた。

 全然めでたくないのだが、なぎさんにはそう言いたくなってしまう気持ちが分かる。

 からかいたくなるというか、そんな軽口を言えるほど親しみが湧くのだ。


『お前ら、信じてないな? もう配信やめようかなー。ご視聴、ありがとうございましたー』


『ごめん』

『信じてるよ』

『大丈夫?』

『水晶でも買え』

『寺行った?』


 謝罪と共に、前回の配信についての質問がいくつか出てきたところで、なぎさんは音楽を止めて話し始めた。

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