第24話
「誰も触っていないのに、勝手に閉まっただろう?」
なぎさんは扉を見ながら、誇らしげに笑った。
僕は玄関に慧を迎えに行くときに、これを狙ってわざと扉を開けていたのか、となぎさんの機転に感心した。
「ほら、だから霊はいるんだよ」と、なぎさんは腕組みしたが、慧は「はっ」と鼻で笑った。
「建つけが悪いのかもな」
「違う。霊が閉めたんだよ」
「たまたまだろ。鈴、まだこんなことを言っているのか?」
親に叱られているようで、僕は俯いてしまう。
やっぱりこれくらいでは、信じて貰えないか……。
少し期待した分、落胆が大きい……。
「まったく、分からんちんだなあ!」
「はあ? 分からんちん?」
イラっとしているなぎさんに、慧は怪訝な顔をした。
『分からんちん』は、確か『分からずや』って意味の方言だったはず……?
考えている間に、なぎさんは再び扉を開けに行った。
「もう一回やってくれるかなあ。霊ちゃん、お願い! じゃあ、ちゃんと見てろよ?」
三人で横並びになり、ジーッと眺めていると……。
「あ、またきた」
「オレも気配が分かる!」
扉の隙間から、小さな手が見えた瞬間――。
――バタンッ!!
「「「!」」」
荒々しく閉まった音に、三人そろってびくりとした。
女の子の霊が、もう開けるな! と怒っているのかもしれない。
少しの間、全員無言だったが、なぎさんが慧に向いて「ほらほら!」と声をあげた。
「見ただろ? 建付けとか風の問題で閉まったのなら、こんなに強く閉まることなんでないだろ!?」
「今、あったじゃないか」
「だーかーらー! 霊だっつってるだろ! 自分の目に見えることがすべてじゃない、ってよく言わない!?」
なぎさんはグイグイと慧に詰め寄るが、慧は「ふん」と顔を逸らしている。
お前なんか相手にしない、という感じだ。
僕は穏やかに話し合いたいのだが、二人をどう取り持てばいいのか分からず、オロオロしてしまう。
慧の方が少し背が高いようで、なぎさんは視線を上に向けて睨んでいたが、慧が無視をするので「はあ」とため息をついた。
「あんたはゼロさんより、自分を信じてるんだな」
「!」
なぎさんのつぶやきを聞いて、慧が目を見開いた。
「友達を信じたい、って気持ちはないのかよ」
「…………」
なぎさんにそう問われて、慧は黙り込んだ。
自分には見えないものを信じるのは難しいだろう。
僕だって逆の立場だったら、信じられないかもしれない。
思わず苦笑いで、「仕方ないですよ。ありがとうございました」と、こっそりお礼を言って終わらせようとしたのだが押した
なぎさんはくるっとこちらを向くと、慧の前へと僕を押した。
「ゼロさんも、信じて欲しかったらしっかりと言ってみようよ。オレ、味方だし!」
そう言って、ニカッと笑ってくれたなぎさんを見て、ハッとした。
信じて貰えないのは寂しいけれど、僕だって信じて貰う努力をしてこなかった。
僕がしてこなかった努力を、なぎさんがしてくれたのに、僕は「仕方ない」ですませていいのだろうか。
……だめだ。
推しに勇気を貰って、ちゃんと僕が、信じて貰えるように話すんだ。
霊が見えていることを証明するには、僕に見えているものを伝えるしかない。
慧には見えないものを言ったら、気持ち悪がられるかもしれないが……。
もう一度なぎさんを見ると、頷いてくれたので、僕は思い切って慧に「僕が見えている世界の話」をすることにした。
「慧……。子どもの頃、母さんから僕は『人の気を惹きたいから霊が見えるなんて嘘をついている』って聞いたよね? でも、違うんだ。僕は本当に、霊が見えるんだ。さっきも、扉を閉める女の子の霊が見えた」
「…………」
慧はジーッと僕を見つめながら、すごく戸惑っている。
嫌われてしまうのが怖いけれど、できる限り伝えよう。
「慧さ、事故物件に住んでも『何もない』って言っていたじゃん?」
「ああ。何も起こっていない」
そう言い切るのはいつも通りだが、今は僕が心配なのか、こちらの様子を探っているような感じがした。
「慧は『霊を寄せ付けないタイプ』なんだよ。でも……慧のまわりには今、事故物件の影響が出ていると思う」
「え?」
「お前が住んでるあの部屋に、母親以外の女の人が来たことあるか?」
僕に質問された慧は、首を傾げて記憶を探っている。
「……同僚が何度か、資料を取りにきたことがあるな」
「その人、怪我とかしてない?」
「!」
慧が少し目を見開いた。心当たりが……?
「……どうしてそう思うんだ?」
「僕が慧の家に行ったとき、玄関の扉の前に女の人が立っていたんだ。あの霊、慧には何もできないけど……執着はしてる。だから、慧に近づく女性には攻撃すると思う。あ、そういえば、あの霊……左腕に包帯を巻いてた気がするから、同僚さんも左腕に怪我をしたりしていない?」
「…………」
慧は顔を顰めて、複雑そうな顔をした。
僕の予想が当たったのか、的外れだったのか分からない。
答えてくれないのかと思ったが……慧は重い口を開いた。
「彼女は自転車で資料を取りに来て、その帰りに事故に遭ったんだ。大したことはなかったんだが、左側に倒れて……左腕を怪我した」
「!」
予想したのは自分なのだが、当たって驚いた。
やっぱり……なんとなく自分と同じ目に遭わせてそうだと感じたんだよな……。
「ゼロさんすげ~!」
なぎさんがまたキラキラとした目を向けてきたが、慧は何とも言えない顔をしている。
あと、気味悪がられて引かれるかもしれないが……これも伝えよう。
「もう一つ言うね。慧に生き霊がついてるよ」
死霊は寄せ付けないタイプの慧だが、生き霊――生きている人の想いはべったりと憑いていた。
それを伝えたのだが、慧は理解できないようで首を傾げた。
「生き霊!」
「あ、軽く絵に描くね」
「!!」
慧は固まっているが、なぎさんのテンションがどんどん上がっていく。
「若い女の子――友達って言うほど親密じゃない感じ。物件を借りに来たお客さん、一人暮らしを始める女子大生とか、かも? 最近、そういう子にしつこく言い寄られたりしてない?」
僕はそう言いながら、慧の腰にしがみついているボブカットの女の子の絵――というか、図を描いた。
「…………」
「慧?」
「……俺が間違っていたのか?」
絵を見て、慧は完全に固まってしまった。
表情には、少し恐怖が混じっているような気がした。
「……当たった感じ?」
ワクワクを必死に抑えている様子のなぎさんが、慧の顔を覗き込んだ。
「……日を改める」
慧はなぎさんから顔を逸らすと、部屋を出て行った。
そして、少しするとバタンと玄関の扉が閉まった音がした。
「え? 本気で帰った?」
車のエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながら、僕となぎさんは思わず顔を見合わせた。
「やっぱり、気持ち悪がらせてしまったかな……友達0人になっちゃったかも」
僕は深いため息をついたのだが――。
「ゼロだけに?」
「……笑えないです」
なんて言ったが……ずっと押し込めていた気持ちを吐き出して、心が少し軽くなった。
慧が今後も僕と仲良くしてくれるか分からないが、僕はこれからも友達でいたい。
だから、絶縁宣言をされない限りは、連絡を取って素直な気持ちを伝えてみよう。
「なぎさん……勇気をくれてありがとうございました」
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