第23話

「誰? お客さん?」


 窓から見ていると、なぎさんが声をかけてきた。


「さっき話した友達が来たみたいで……」

「事故物件住みの?」

「そうです」


 頷くと、なぎさんの目がキラキラと輝いた。


「オレ、話してみたい! 一緒に迎えに行こう」

「え」

「だって、友達に居留守を使うのはよくないでしょ」

「そう、ですけど……」


 でも、なぎさんというお客様がいるから、日を改めるか、あとから連絡すると話してこようと思っていたのだが……。


「行こう!」


 扉を開けたまま、なぎさんが僕の背中を押して行く。

 ど、どうしよう……。

 僕が霊的なものに関心を持つと心配するから、慧にはなぎさんのファンであることも話していないのだが……。

 

 迷っている間に玄関にたどり着いたなぎさんが、玄関の扉をガチャリと開けた。


「鈴――」

「こん~! おわっ、イケメン」


 なぎさんは初期にやっていた狐の挨拶で慧を出迎えた。

 ファンサを受けるなんて羨ましい!

 ……なんて思っている場合じゃなかった。


 慧は仕事あがりに来たのか、スーツ姿で眼鏡をかけていた。

 昔はガキ大将だったのに、今はインテリイケメンに進化して勝ち組だな……。


「誰だ?」


 なぎさんを見て、慧は顔を顰めている。


「オレはゼロさんのお友達です!」

「ゼロ? 鈴のことか? 友達がいるなんて、子どもの頃から一度も聞いたことないぞ」

「…………」


 唯一の友達に、他の友達をいないことを言われるつらさに遠い目をしていると、慧が僕に聞いてきた。


「こいつは誰だ?」


 推しです、と心の中で即答したけれど、慧にはどう説明すればいいんだ?

 迷っていると、なぎさんが僕の肩をガシッと抱いて笑顔で答えた。


「だから友達だって! 正確には相棒。それで、君はオレの相棒に何か用?」


 なぎさんにそう聞かれ、少しムッとしている慧が見えたが、僕は推しの行動に大混乱中だ。

 推しが近い……触られている……また相棒って言っている!


 無表情を装いながらも、内心パニックになっていると、慧が僕に話しかけてきた。


「昨日、連絡してから、音沙汰がなかったから、気になってきた」

「あ、ごめん。あとで連絡しようと思ってた」


 なぎさんの後ろから、慧に謝る。


「あー……さっきまでオレとドライブデートしてたから! すみませんね」

「……は?」


 デート? 取材では?

 顔を顰める慧を他所に、僕はびっくりして目を見張った。

 冗談だとは分かるのだが、それでもあたふたしてしまう。


「まい、玄関で話すのも何だし、部屋行く? ゼロさん、いいよね?」


 振り向いてこちらを見たなぎさんに、僕はこくこくと頷いた。

 慧も家に招き入れ、三人で僕の部屋に向かう。


「あんたはいつまでいるつもりだ」


 慧がぶっきらぼうな態度で、なぎさんに尋ねる。

 失礼な態度を取らないように注意しようと思ったのだが、なぎさんは気にしない様子で慧に返事をした。


「あ。オレ、『いざなぎ』って言います。ゼロさんと一緒にいると楽しいので、まだまだ帰りません」

「いざなぎ? 待て、どこかで見たな……」


 え、慧がなぎさんを知っている?

 配信者の話なんて、慧の口から聞いたことがない。

 驚いていると、思い出したようで「あっ!」と声をあげた。


「鈴の部屋に飾ってるマペットの配信者か!」

「え、慧に話したことあったっけ……?」


 言ったつもりはなかったのだが、知っているということは話したのだろうか、と思ったのだが――。


「気になったから調べた」

「え、気持ち悪っ! 彼氏か!」


 なぎさんが思わず大きな声を出したが……。

 僕も少し引いたかも……。


「あ、ごめん。オレ、素直なんで」


 ジロリと睨んだ慧に、なぎさんは笑顔で返している。

 素直――知ってます。

 そこがあなたの魅力です。


 妙に殺伐とした空気になってしまったが、僕らは部屋に到着した。

 僕と慧が先に入り、最後になぎさんが入る。


「ここには久しぶりに入ったな」


 慧がぽつりと呟いた。

 なぎさんを推すようになってからは、ボロが出ないように、部屋に来るのはなるべく断っていた。

 それでも、なぎたまのことは調べられていたが……。


 僕は自分のベッドに腰掛けのだが、慧は僕の前に仁王立ちしているし、なぎさんは扉の前に立ったままだ。

 何、この空気……どういう状況?


「サトシさん、だっけ? 事故物件に住んでるんだって? 何か話ない? 幽霊出る?」


 なぎさんは楽しい空気を出して、話を降ったのだが……。


「ない。霊なんていない。鈴に変な影響を与えるな」


 慧は突っぱねるような冷たい声色で答えた。

 せっかく明るくしてくれているのに、なんてことを……!


「おい、なぎさんに失礼なこと言わないでくれ」


 僕がそう注意すると、慧はまたムッとした。

 何か言おうとしたところで、先になぎさんが慧に話しかけた。


「サトシさん。これ、見える?」


 なぎさんは右手の目を、指でとんとんした。


「何がだ」

「やっぱり見えないかあ」

「?」


 霊感がない慧には呪いの目が見えるはずがなく、首を傾げている。

 そんな慧をちらりと見たあと、なぎさんは僕に向かってにっこり微笑んだ。


「これはオレたちの秘密、だよねえ~~」

「! あんた――」


 癇に障ったのか、慧はなぎさんに近寄ろうとした、そのとき……。


「あ、ゼロさん。あの子、来たんじゃない?」

「え?」

「あの子の姿はオレも見えないけど、気配はなんとなく分かるんだ」


 なぎさんがそう言いながらこちらに寄って来ると、背後の扉が見えた。

 少し開いている扉の方から、いつもの気配がした。


「あ、はい。来ました!」


 気配が分かる、というのは本当らしく、やはりあの女の子の姿があった。

 僕たちの会話にまた首を傾げている慧に向かい、なぎさんが扉を指さしながら言った。


「見ていてよ。女の子の霊が、扉を閉めるから」

「は? そんなわけが……」


 ――パタン


「!」


 大きく目を見開いた慧を見て、なぎさんがニヤリと笑った。

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