第22話

「は?」


 驚きすぎて、推しに「は?」と言ってしまった。


「あ、すみません、びっくりして……。シェアハウス……?」

「うん。一人暮らしについて聞いた瞬間に、思いついたんだよね。でも、今日会ったばかりだし、唐突かなって思ったんだけど……やっぱり聞くしかない! って思って。一緒に住むのって波長が合う人じゃ無理だけど、ゼロさんとだったら絶対に楽しい!」

「いや……無理です、無理無理無理……」

「何で?」

「『何で』!?」

「ゼロさんはある程度オレのこと知ってるしさ、よくない?」

「よくないです!」


 本当に「何が問題なのだろう?」と不思議そうな顔をしているけれど、どう考えてもおかしい。


「僕は配信でなぎさんを見てますけど、なぎさんからしたら僕は、今日初めてあったリスナーですよ? 恭介さんも、さすがに駄目だっていいますよ!」


 家族と住んでいた大事な家に、得体の知れない人間を住まわせていいはずがない。


「いや、ほら。オレ、今絶賛呪われてるし、ゼロさんみたいな人が近くにいた方が恭さん的にも安心だと思う。そんな感じのこと言ってたし……何なら今から電話して聞いてみる?」

「ええ……?」


 甥っ子が呪われて、手に取れない目がついてしまったら、少しでも情報源になる人間を近くに置いておきたい……かな?

 なぎさんのこの感じだと、本当にOKを出すのかもしれない。

 電話してしまうと逃げ場がなくなってしまうかもしれない……。

 

「そういや、ゼロさんって仕事は何してるの?」


 この質問をされると、いつも言い淀んでしまう。

 僕は割と気に入っている仕事だが、伝えると「正社員じゃないんだ」という反応をされることが多いからだ。


「ここから三十分くらいのところです。非正規なんですけど、工場内で色々やってます……」


 ぼそぼそと答えると、なぎさんは少し驚いたような顔をした。


「そうなんだ? 才能を発揮できる仕事にしないの?」


 才能なんて僕にありませんが? と思ってたところで、『ああ、霊が見えることか』と分かった。


「さすがに霊感で仕事はできないので」


 ニート霊能力者みたいなことをするのは嫌だし……。


「いや、絵でさ」

「絵?」


 まったく考えていなかったことを言われ、きょとんとしてしまった。


「絵は趣味で……仕事にできるレベルじゃないです」

 

 子どもの頃から絵を描くことが好きだったから、黙々と描き続けてはきたけれど、それで仕事ができるなんて思ったことはない。


「サムネで使わせて貰った絵でも分かるけど、できるレベルだと思うよ?」

「そんなことは……。プロじゃなくても、僕より上手い人ばかりですし――」


 僕のSNSのフォロワーの中にも、どうして僕をフォローした? と思うくらい人気者で絵が上手い人がたくさんいる。

 あの人たちと同じ土壌で仕事をしていけるなんて思わない。


「すごく上手な人っていっぱいいるけど、上手ければいいわけじゃないじゃん? 上手いだけでいいなら、AIでいいし。ゼロさんの感性で描かれたものがオレは好きなんだよ。だから、活躍して欲しいし、この世にたくさん作品を生み出して欲しい」

「あ、ありがとうございます……」


 人から褒めて貰うことに慣れていないから、くすぐったい感じがする……。

 すごく嬉しいのに、俯いてぼそぼそとお礼をいうことしかできない。


「それと、これも提案なんだけど――」

「?」

「『絵』と言っても、イラストレーターさんみたいな活動だけじゃなくて、Webページや広告とか、動画で使う素材を作ったり……色々あるよ! 恭介さんの会社でそういう仕事ができるから……働いてみない?」

「え?」


 恭介さんのところ――というと、映像制作会社だ。

 そこで僕のようなものが働けるのだろうか。

 確かに、イラストレーターさんのように依頼を受けて絵を描いていく自信はないけれど、素材やイメージ画像などのイラストなら……。

 文化祭のチラシを作ったときに、めずらしく慧以外のクラスメイトに話しかけられ、褒められたことを思い出した。


「デザインのこととか、勉強はしないといけないだろうけど、実践しながら修行できると思うよ? その中で、自分がやりたい方向性に進んだらいいんじゃないかな。イラストレーターを目指したくなったら、働きながらでも大丈夫だし。興味があったら、会社の見学とかしてみない?」

「興味は……」


 正直に言うと、少し……いや、かなりある。

 好きなことを仕事にできる可能性があるのなら――。


「あり、ます」


 答えると、なぎさんの顔がぱあっと明るくなった。


「じゃあ、家のことも合わせて、恭さんにも言っておくね!」

「あの、ありがとうございます……でも、家はさすがに無理なので……」

「いやあ、色々楽しみだなあ。呪われて得したかも!」


 シェアハウスは断っているのだが……聞いていますか?

 まあ、取材のときに、恭介さんに遠慮する旨を伝えたらいいか。


「いつでも会える、話が聞けるって最高。我ながら名案だわ」


 なぎさんは自分の言葉に「うんうん」と頷いている。

 やけに僕と話すのを楽しみにしてくれているが、本当にオカルトが好きなんだなあ。


「それにゼロさん見てると癒される」

「?」

「なんでもない」


 僕より早く食べ終わったなぎさんは、「ごちそうさま」をすると、何かを思い出したのか嬉しそうに話し掛けてきた。


「あのさ、オレの配信、たまに心霊写真回あるじゃん?」

「はい。全部見てます」

「嬉しい! ありがとう! それでさ、配信で取り上げていた写真の中で本物だって思うのあった?」

「いくつかありましたよ」

「え、どれ!? ちょっと待って、全部画像あるから――」


 とてもわくわくした様子で、画像フォルダを探っている。

 子どもがおもちゃを探しているようだが、探しているのは心霊写真なんだよなあ、と思うとちょっと笑ってしまった。


 そんななぎさんを見ながら、僕もごちそうさまをしたところで、「ピンポーン」と家のインターホンが鳴った。

 部屋の窓から下を見ると、家の前に見慣れた高級車が止まっていた。


「慧……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る