第21話

 来た道を戻り、家に向かう。

 行きは緊張していて景色なんてまったく見ていなかったが、今は少しだけ……ほんの少しだけ余裕ができた。

 でも、ちらりと横を見ると推しがいるなんて、人生で何が起こるか分からないものだ。


 到着すると車をガレージに止め、家の中に入って貰った。

 今日もまだ誰も帰っていないようで、明かりもなくシンとしていた。


「お邪魔しまーす」

「どうぞ……」


 昨日、配信を楽しみに帰ってきた僕が、今日は推しを伴っての帰宅……。

 現実逃避しそうになりながらも、自室へ案内しようと階段に行ったところで――。


「あ」


 廊下の先に、扉を閉めるあの女の子がいた。

 後ろ姿で、その前にある扉は少し開いていた。


「うん? どうかした?」

「あそこに、ずっとこの家にいる女の子の霊がいるんです。たぶん、少し開いているあの扉を閉めようとしています」


 僕がそう言って扉を指さした瞬間に、女の子がパタンと扉を押して閉めた。


「!!」

「あ、やっぱり」


 満足したのか、姿を消した女の子のことは気にせず、階段を上がることにした。


「え、待って!! すごいこと起きたのに、サラッと流さないで!!」

「いつものことなので。あの子はずっといますけど、本当にただ扉を閉めるだけなので、気にしなくても大丈夫です」

「全然大丈夫じゃないよ! すごいって! 詳しく聞きたいんだけど!」


 何やら大興奮のなぎさんを先導して、自室に案内する。

 こんな反応をされることがないから、何だか新鮮だ。

 あと、慧以外の人が僕の部屋に来るのが初めてなので緊張する。


「ど、どうぞ」


 扉を開けて、なぎさんを招き入れた。


「ここがゼロさんの部屋か……」


 見られて恥ずかしいものはないのだが、注目されると気恥ずかしい。


「オレの部屋と雰囲気が似てるなあ」


 モノクロで揃っている僕の部屋は、確かに配信で映っているなぎさんの部屋と似ている。

 黒が多いのが僕。白やグレーが多いのがなぎさん、という感じだ。


「真似しようとしたわけではなくて、昔からこんな感じで……」


 推しに憧れて部屋も同じにしたと思われては、ドン引かれるかもしれない。

 本当にたまたまなんです!


「分かってるよ。ゼロさんの絵で、オレたちの好みが近いことは知っているからね」


 引かれるのを回避できてよかった。


「あ、なぎたまだ! 買ってくれたんだね」


 なぎさんは飾っていたなぎたまに目ざとく気づいた。


「はい。渡したいのは、そのなぎたまなんです」

「それはオレにダイレクト返品ってこと?」

「違います! そんなわけないじゃないですか!」


 きょとんとしているなぎさんに、慌てて否定した。

 本人に直接返品とか、失礼なことはしません!


「ぬいぐるみとか人形って、霊的に見ると不気味に思われがちですけど、念が入っていると悪いことから守る身代わりになったりするんです。それには僕のファンだっていう念が入っているから、なぎさんに悪いことがあったら、身代わりになって不幸を減らせるかもしれないと思って……」

「へー! これにはゼロさんのオレが好きって気持ちが篭っているんだー!」

「…………」


 間違ってはいないのだが……そう言われるとすごく照れる……。


「好きな気持ちで守って貰うとか最高じゃん。ありがとう。大事にする」

「どういたしまして……」


 まっすぐにお礼を言ってくれる推しの笑顔が眩しい。

 顔が熱くなったので、逸らしてボソッと返事をした。

 推しが光属性すぎる……尊い……。


「早速だけど、腹減ったし食べようか」

「そうですね」


 安月給の僕にしては奮発して買ったビーズクッションをなぎさんに使ってくださいと勧める。

 ちなみに、僕のはビーズクッションは黒だが、なぎさんは白を持っているので、色違いのお揃いだ。


「ありがとう! これに座ると自分の部屋で寛いでるみたいだ」


 同じものだとなぎさんも気がついたようだ。


「黒の方がいいな。白って汚れが目立つんだよ」

「たしかに、ジュースとか零したら大変ですね」

「恭さんが吸ってるたばこでも色がつくよ。ほんと最悪」


 なぎさんは愚痴りながら、ハンバーガーが入っている紙袋を開けた。


「これあげる」


 そう言って紙袋から取り出し、渡してきたのはフライドチキンだった。


「肉は必要でしょ、肉は。あ、もちろん無理に食べろとは言わなよ? 肉ハラはしないから」

「ありがとうございます」


『肉を食べさせるハラスメント』で肉ハラ、かな。

 くすりと笑いながら、ありがたく頂戴する。

 いい匂いを嗅いでいたら、おにぎりとサラダだけでは物足りない気がしていたから嬉しい。


 この部屋には、デスクはあるけれどちゃんとしたテーブルはない。

 折り畳みの簡易な一人用テーブルを出し、そこに各々の夕飯を乗せて食べ始めていると、なぎさんが声を掛けてきた。


「ゼロさん、土曜日って仕事休み? 何か予定ある?」

「今週末は何もないです」

「よかった」

「?」

「これからのことだけどさ。まずはの所有者さんに会って、話を聞こうと思うんだ。『なんで死神少女の写真持っていたのか』とか、『住んでいた男はどんな人だったのか』とか、色々気になるじゃん?」


 そうか、あの家の中に入らなくても、得られる情報はありそうだ。


「そうですね」

「土曜日に恭さんと、所有者さんのところに取材に行く予定なんだけどさ、一緒に行かない?」

「行かないです」

「即答」


 僕は割と優柔不断というか、流されるところがあるのだが、これは瞬時に答えた。

 だって――。


「そこに僕が加わるのはおかしいです」


 一日限定とはいえ、リスナーが大好きなコンビに自分が加わるなんて恐ろしいことだ。


「いや、動画撮影はしないよ?」

「それでもだめです」

「ゼロさんいたら、オレらには見えないものが、見えることがあるかもしれないじゃん? だから……神のお願い!」

「ぐっ」


 それを使われると弱い……でも、なぎさんと恭介さんと一緒に行くなんて……。

 しばらく思考がぐるぐるしていたが、やっぱり神のお願いには抗うことはできなかった。


「わかりました……」

「じゃあ、土曜の朝に迎えに来るね! やったー」


 了承してしまったが、嬉しそうにポテトを食べる推しを見ていると、本当に一緒に行っていいのだろうかと、また不安になってきた。


「ゼロさんさ、車で『実家を出て一人暮らしした方がいいかも』って感じの話してたじゃん?」

「あ、はい」


 どうやら話は変わったようだ。


「オレ、今は恭さんが建てた一軒家に住まわせて貰っているんだけどさ」

「配信しているのは、そのおうちからですか?」

「そうそう。それで、恭さんてほら……離婚したじゃん? 家族で過ごした家に帰るのがつら過ぎる~とか言って、ほとんど会社で寝泊まりしていてさ。広い家に、大体オレ一人なんだよ。だから、前からいつでも友達呼んでもいいって言われててさ」

「はい……」


 え、もしかして、そのおうちに連れて行ってくれる……なんて話じゃないよね?

 そう予想してドキドキしていたら――。


「だからさ、よかったらさ、ルームシェア……じゃないくて、シェアハウスみたいな感じで一緒に住まない?」

「は?」

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