第33話

「えーと……」


 何と説明しようか……。

 以前、慧には軽く「一人暮らしをした方がいいのかなあ」と話したことがあるのだが、その時同じようにルームシェアを提案してくれたり、一人で住むにしても物件を紹介すると、何かと気にかけてくれたのだ。

 当時はまだ働き始めたばかりで貯金もできていなかったから実現しなかったけど……。


「ルームシェア……じゃなくて、シェアハウスってことで、オレたちこれから一緒に住むから!」

「は?」


 なぎさん……!

 僕から説明するので少し待って頂いてもよろしいでしょうか!

 コミュ力が高い人の反応力が恐ろしい。

 僕の頭の回転はのんびりなんです……待って!


「えーと……そうじゃなくて……」


 一緒に住む話は辞退するつもりなんだと説明しようとしたのだが、ちゃんと伝えるまえに慧が圧をかけてきた。


「家を出たいなら、俺が家を紹介するって言ったよな? 何なら俺とルームシェアの話もしたよな?」

「そうなんだけど……! その頃はまだ、現実味のない話だったんだ。それに、シェアハウスのことは――」

「どうしてお前は昔から一緒の俺を頼らず、最近知り合った胡散臭い奴の手を借りるんだ」

「!?」


 声は抑えているが、怒りが伝わる声に驚いた。

 恭介さんも「胡散臭いって……」とリアクションをしつつも驚いたようで、ちらりとこちらの様子を伺っている。

 車内の空気が一気にピリッとしたが……なぎさんは冷めたような声で慧に話しかけた。  


「あんたとルームシェアって……。ゼロさんが事故物件に住むのはキツいでしょ」

「お前は黙っていろ」


 口を挟まれたことにイライラしたのか、慧がなぎさんに怒りをぶつけた。


「慧、やめろって。悪いのは僕だろ?」


 事前に説明しておかなかった、そして今も要領よく説明できないからこんな空気にしてしまったのだ。

 だから僕と慧、二人のときに説明しようと思ったのだが……。


「信じてくれない人を信用できるわけないじゃん。信用できない人とは住めないだろ」


 なぎさーん!

 反応力が僕の二倍なんだよなあ……。

 なぎさんの言葉に、慧は顔をこわばらせている。


「信じてくれない」というのは僕の霊感のことだと思うが、慧はまだ今まで信じなかったことを気にしている。


「慧、そういうわけじゃないから! 単純に慧と話したときはまだ本気で考えてなかっただけだから!」

「…………」


 慧から返事はない。

 顔を強張らせたまま黙っている。


 慧は今でも本当は霊の存在は半信半疑なんだと思う。

 それでも僕のことは信用しようとして、葛藤を抱えていることもなんとなく伝わってきている。

 僕としては、信じようとしてくれているだけで十分だから、もう気にしないで欲しい。

 コミュ障な僕だけど、空気を換えるために何かの話題を出そうと思ったのだが……。


「ナイトみたいに振舞ってるけどさ。ゼロさんは姫じゃないし、守られるだけの人じゃない。あんたは自分で歩こうとするのを邪魔しているだけ。自己満足のナイトごっこはそろそろ卒業したら?」

「!」


 なぎさんの言葉に僕は固まってしまった。

 言葉が強いし、なぎさんの雰囲気も怖いというか……。


「お前に何が分かる」


 慧もカチンときたのか怖い顔をしている。

 ケンカが始まりそうなピリピリした雰囲気に、僕の普段からのんびり回転している頭は止まってしまった。

 ど、どうしよ……と思っていたら、恭介さんが声をかけてくれた。


「なぎ君! 君の悪いところ出てますよ。甥が失礼なことを言ってすみません」

「「…………」」


 恭介さんの言葉で、二人のピリついた空気が止まった。

 それでも僕は何もできずにいると、なぎさんがはーっと息を吐いた。


「……今のは八つ当たり入ってた。ごめん……じゃなくて、すみませんでした」


 なぎさんはそう言って、慧に頭を下げた。


「…………」


 慧は返事をしなかったが、なぎさんの謝罪は受け入れたようだ。

 そっぽを向いてしまったが、まとう空気が柔らかくなっている。

 よ、よかったあ……!

 今の空気は僕の心臓だと五分が限界だった……。


「ド修羅場のところ悪いけれど、もうすぐ会社に着くから」

「あ、はい」


 頷いて周囲を見ると、いつの間にかビルが多くなっていて、キョロキョロ見ているうちに到着した。


 恭介さんが勤める映像会社は、ビルの合間にある二階建ての建物で、黒を基調にした外観がおしゃれだった。

 会社前の駐車スペースに車が止まると、すぐに恭介さんがおりた。


「じゃあ、用事を済ませてくるので10分ほど待っていてください」

「10分経ったらオレが運転して出るから」

「甥の鬼!」


 恭介さんとなぎさんの、普段通りの会話に緊張がほぐれてほっこりしていると、広場に佇んでいた人が勢いよくこちらに向いたのが見えた。

 不審者!?


「なぎさん!!!!」


 くすんだ金髪を一まとめにした、ジーパンにTシャツの男が走ってくる。

 なぎさんの強火ファンか!? とヒヤリとしたのだが――見覚えがある人だった。


「あ、仁藤イケメンバージョンだ」


 そうつぶやいたなぎさんは、空気の入れ替えだと言って開けていたドアをスッと閉めた。

 それに僕は思わず吹き出した。


「ひ……ひどい……ニートにだって心はあるんですよ!」


 なぎさんの前まで来ていた元ニート霊能力者はショックを受けている。

 それに近づいてきて分かったのだが……胸に大きく『絆』と書かれている何とも言えない白いTシャツを着ている。


「何、そのダサいTシャツ!」


 素直だと定評があるなぎさんが率直に質問している。


「所属するだけで一度も参加していない部活のクラブTシャツです!」

「闇が深いな。呪物じゃん」


 笑いそうになってしまったけど、笑っていいのか分からない。


「なぎさん! 開けてください! 話を聞いて……あ」

「!」


 車内を覗き込む元ニート霊能力者と目が合ってしまった……。

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一緒にいるけど追われてる! 推しが追い求めている死神少女の正体は僕です。 花果唯 @ohana

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