第32話
来た道を戻り、車へ向かう。
恭介さんはスマホを触っているし、なぎさんは無言だったので、僕と慧も何となく静かに歩いた。
コインパーキングに着き、早速車に乗り込んだのだが……。
二列目に、なぎさん・僕・慧という順番で座っている。
男三人で並ぶと、さすがに狭いのだが……。
それに恭介さんが寂しそうにこちらを見ている。
「あからさまにハミられて、おぢ泣いちゃう。別れた妻と娘の会話に入れて貰えなかったときを思い出して胸が痛い」
家族の輪に入れないつらさは僕も分かる……。
ぐすぐすと泣くフリをしている恭介さんが気の毒に思えて、僕が助手席に行こうかと思ったのだが、両側に止められた。
「おい、配信者。お前はナビ役だろ? 助手席に行け」
慧が顔を顰めるが、なぎさんが僕にピタッとくっついてきた。
「帰るだけなんだからナビなんていらないだろ。オレはゼロさんと話したいの。狭いならあんたが前に行け」
「お前の叔父が運転しているんだから、お前がいけ!」
「こら! 露骨におぢの隣を嫌がる喧嘩はやめてね! もう出発するので、おりこうさんに座っていてください! ゼロ先生、隣の園児たちが騒がないようにみていてね!」
「は、はい……」
思わず返事をしたけれど、推しと強キャラ幼馴染を抑えるなんて、僕にはできない。
二人ともおりこうさんでいてくれるように祈るしかない。
とにかく、僕は率先して静かにしておこう。
無言でいると、両側の二人も大人しくなった。
よかった……。
「……静かすぎるのは嫌なんだけど」
恭介さん的には、シーンとしすぎるのもダメらしい。
車内の空気が嫌になったのか、恭介さんが話し始めた。
「ゼロさん、今日は同行してくださってありがとうございました。それにしても、すごかったですねえ。なぎ君から聞いてましたけど、私も興奮しちゃいましたよ」
「あ、いえ……」
「あの女性の前では言えなかったけれど、他に気づいたことはありました? 家の中に何かいた、とか」
そう言われて、家にお邪魔したときの記憶を掘り起こす。
建物も新しいし、よく掃除されていて綺麗だったし、空気もよかった。
「いえ、特には……。関係なさそうなのしかいなかったです」
「関係なさそうなのはあった、ってこと?」
窓の外を見ていたなぎさんが、急にこちらを見たのびっくりした。
少し慣れてきたとはいえ、視界にふいうちで推しがフェードインしてくるのは心臓に悪い。
「えっと……あの女性と住んでいる家族に関係ないというか、場所に未練があって留まっているのかな、っていうのがいました」
「へー! 地縛霊ってやつ?」
「多分……」
そう答えると、またなぎさんの目が輝いた。
「どういう見た目だった?」
「足だけで、廊下を行ったり来たりしてました」
「え、きも」
なぎさんが思わずそう零したところで、運転している恭介さんが「あ」と声を零した。
「そういえば、女性が誰もいないのに足音がするって言ってました!」
「じゃあ、あの霊の足とが聞こえたのかもしれないですね」
「はー……すごいですねえ。本当にそういう世界があるんですねえ。あ、ゼロさん。私には何も憑いてないですか?」
恭介さんには何も憑いていないと思うけれど、普段はあまり見ないようにしているから……よく見るといるかも?
「え? います? 妻の生き霊とか……」
「あ、何もないです」
「いないんかい! そこはいて欲しかったですねえ……」
霊でもいて欲しかったのだろうか。
恭介さんがまたぐすんと泣くフリをしている。
いるって言った方がよかったかな?
正確には……いないこともない。
周りに好かれている人のようで、好意的な『生き霊』……までいかないけれど、人の念みたいなのは見える。
「……ゼロさん、オレに霊って憑いてます?」
恭介さんに申し訳なく思っていたところで、なぎさんが遠慮がちに聞いてきた。
こういう話題には「オレも教えてー!」と元気に入ってきそうなイメージだったから、ちょっと意外だ。
なぎさんは、生身で見ると……すごいことになっている。
見ないように無視する感じでいないと、近づけないというか……。
「ファンの生き霊がたくさんいます」
男性ファンもいるけれど、やはり圧倒的に女性ファンが多い。
それを伝えたら、なぎさんはなぜかがっかりした。
「身近な亡くなった人が憑いている、とかはない?」
誰か憑いていて欲しい人がいるのだろうか。
そう思いながら、改めて見てみるが……。
「いない、ですね……」
「……そっか」
答えを聞いて、なぎさんはとても残念そうだ。
「亡くなっていてもそばにいて欲しい人がいるんですか?」
「え?」
つい質問してしまったが、なぎさんの驚いている顔を見てハッとした。
ファンが踏み込んではいけないところに足を入れてしまった!
「すみません! プライベートなことを聞いてしまって……!」
慌てて謝ると、なぎさんは「別にいいのに」と笑った。
「そうなんだ。いたらいいなあ、って思って……。離れて暮らしていた家族なんだけど……オレのことなんて気にしてなかったのかな」
そう零す顔が寂しそうで、見ていると心が痛くなるような笑顔だった。
「なぎさんのことを大切に思ってないから憑いていない、というわけではないと思いますよ。僕には見えていないだけで、そばにいるかもしれませんし」
信じていて心配していないから、安心して成仏しているのかもしれない。
そう伝えると、なぎさんは静かに微笑んだ。
「ありがとう」
なぎさんから、その人のことを大切に想っている気持ちが伝わってくる。
僕もどういう条件や状況で霊が現れるとか分からないけれど……。
なぎさんの近くに、それらしき人がいたら伝えるようにしよう。
話が一区切りしたところで、ちょうど信号待ちで止まっていた恭介さんがこちらを見た。
「ねえ、よいこのみんな。会社に向かってるけど、途中にどこかに寄って、ご飯を食べようか。何にする?」
よいこのみんな、に僕も入っているのだろうか。
「会社は恭さん一人で行けばいいじゃん。疲れたし、外で食べると気が休まらないから家に帰ろ。ご飯は出前を取るからさ。早くゼロさんに家見せたいし」
「家に君たちだけ降ろして、私だけ会社に行けって!? 私もご飯を食べたいんだけど! じゃあ、会社には必要なものを取りに一瞬だけ寄って、家に帰ろうか……。二人はどう?」
推しの家!
さすがにシェアハウスは断るつもりだから、見せて貰ってもいいのだろうか。
どう答えるか迷っていると、慧がこちらを見た。
「お前に家を見せたい?」
「あ」
そうだ……慧には何も言っていない……。
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