第31話
話を続けてもいいのか分からず、しばらく待っていると……。
「……他には、何か分かったことはありますか?」
女性が訊いてくれたので、僕が感じたことを伝える。
「お母さんは、とても穏やかにあなたに話しかけています。好きにしたらいい、自由にしなさい、って。でも、あなたはそれを徹底的に拒絶している感じがします。それと、癖なのかずっと手を触ってます。指を揉むような……こんな感じで。お父さんは腕を組んで立ってます」
見える姿の真似をして伝えると、また女性が目を見開いた。
「本当に見えているんですね……少し恐ろしいです」
そう言って苦笑いを向けられた。
「母は指の関節が痛いようで、よく触ってました。それと、『あなたは好きにしたらいいのよ』というのは、母の口癖でした」
女性の言葉を聞いて、みんなが改めて驚いている。
「すっご……」
「ゼロさん! ちょっと、カメラをそちらに向けてもいいですか!?」
「え?」
またまた目を輝かせているなぎさんの隣にいる恭介さんが、興奮した様子で立ち上がった。
カメラを向けていいですか! って、もうやってるじゃないですか。
「撮影は記録用として撮っているんですよね? 公開しないですよね?」
配信で取材をしてきた話はするけれど、映像は流さないし、僕の名前も出さないと聞いていたのだが……。
「もちろん、ゼロさんだと分からないようにするんで、公開しちゃだめですかね!?」
僕と分からないならいいけど……と答えようとしたら、慧が恭介さんのカメラを遮るように僕の前に立った。
「駄目です。プライバシーの侵害で訴えますよ」
鍛え抜かれた営業スマイルでそう伝えたが、恭介さんも負けずに笑顔を返してきた。
「公開範囲は、追々相談させて頂きましょう。追々ね、追々……」
そう言ってカメラを元の位置に戻した。
やり取りをぼーっと見ていたら、慧にこそっと「しっかりしろ」と叱られた。
僕と分からないなら別にいいと思ったんだけど、だめだったかなあ。
落ち着いたところで、女性がまた僕に質問をしてきた。
「父の生き霊はどんな様子ですか?」
「えっと……生き霊って、強い思いの表れのようなものだと、僕は解釈しているんですけど……。お父さんの生き霊はあなたの横にいるのに、あなたのことを見ていないような……変な感じがします。あなた個人に憑いているというより、家族に対する執着、みたいなものかも?」
僕の説明を聞いて、女性は深く頷いた。
「……どういうことか、分かります。父は私に興味がないんです。でも、『家族』としての評判はとても気にするんです。私が小学生の頃——。学校に遅刻しそうになって、必死に走っているところを近所の人が見ていて、『微笑ましいエピソード』として父に伝えたら、その晩に『みっともないことをするな』と烈火のごとく叱られましたから。兄という自慢の息子がいる家庭は父にとって理想で、私には何も求めないけれど、足を引っ張るのは許さない……そのような感じでした」
この女性だって家族なのに……。
お父さんは生きているようだから、関係が修復したらいいなと思うけれど、女性はそれをまったく望んでいない。
僕も同じ立場になったら、そう思うかもしれないし、他人が口を出すことじゃないだろう。
そんなことを考えていると、女性がさらに質問をしてきた。
「私に『家族が嫌いか』と聞きましたが、兄のことも見えたんですか?」
この聞き方だということは、最初は「自慢の兄」だと言っていたけれど、どうやらお兄さんのことが嫌いなようだ。
「いえ、お兄さんは、ここにいないので分かりません。でも……あなたから、実家の家族に向けられている感情がポジティブなものではない気がしたので……嫌いなのかと聞いてしまいました。……すみません」
女性は、堪忍したように「はあ」と大きな息を吐いた。
「父も母も、期待している兄には、何でも『しなさい』と言うんです。でも、私には『好きにしなさい』。それを二人とも優しそうに言うもんですから、周りはみんな『優しいね、理解あるいい両親だね』って言うんです。自由を認めてくれているわけじゃない。ただ、期待されてないだけなんですけどね。私はそれが、いつも腹立たしくて……」
周りには優しく見えている両親、優秀な兄、幸せそうな家族——。
自分の気持ちを吐き出しても、理解して貰えない環境にいるのは歯がゆかっただろう。
「母は死んでもまだ言っているなんて……。期待して欲しいと思っていた自分が馬鹿馬鹿しくなりますね」
そうつぶやく姿は寂しそうなのだが、お母さんの霊は今もにこにこしながら『好きにしたらいいのよ』と言っている。
……これを伝える必要はないだろう。
僕はとても複雑な気分だ。
「兄は人から見ると『成績優秀で顔も悪くなく、親切で話しやすいと人気者』でした。そして、私から見ると『自分を優秀に見せるのがとてもうまい人』でした。
「それは……どういう意味でしょう?」
恭介さんが質問をすると、女性はあざ笑うような表情を見せた。
「優秀なのは確かですけど……。腹の中では他人を見下しつつ、親切ぶれるような人でした」
「性格終わってるってこと?」
なぎさんの率直な質問に、女性が小さく吹き出し、「そうですね。終わってました」と笑っている。
「兄の本性を知らない両親は、それはもう兄には大変期待をしていました。でも、兄は就職に失敗して……。なんとか新聞社で採用して貰ったんですけど、挫折を味わったことで化けの皮が剥がれてしまったのか、人間関係が上手くいかず……。フリーのライターをするようになりました。そこから、いわゆるゴシップ記事を書くようになってあまり褒められたことはしていなかったようですね。落ちぶれちゃって、兄に……何より両親にざまあみろと思いました」
そう言って俯く顔も寂しそうだったのだが――。
「生きていて幸せに暮らしている私の一人勝ちです」
「!」
顔を上げると、『復讐が成功した』というのだろうか。
とても暗いものを感じる微笑みを浮かべていたので、僕はまたなんともいえない気持ちになった。
それはみんな同じだったようで、微妙な空気が流れたところで、恭介さんが改めて質問を始めた。
「お兄さんはどういう亡くなり方を?」
「自らの手で人生を終わらせました。喜んだ人は多いと思いますよ」
「それはどうして?」
「パパラッチ的な? 人気がある人を追いかけまわして、迷惑をかけたりしていたようです。だから消されたんじゃないか、って言われることもありましたけど、単に落ちぶれた自分にうんざりしたんだと思いますよ。プライドが高い人でしたから」
死神少女の記事を書いた人——。
あの撮影現場にいた人の中で、二人亡くなっているのか……。
「亡くなった香坂さんのことも追いかけまわしていたようですよ。人気俳優なのに悪い噂があったみたいで……」
「!」
女性の話を真剣に聞いていたなぎさんがぴくりと動いたのが見えた。
恭介さんもそれに気がついたようで、少しなぎさんの様子を気にかけながら質問をした。
「香坂さんの悪い噂って?」
「荒れた生活をしていたようです。女性関係も派手で、よくない仲間がいたり――。事務所がトラブルを揉み消すのが大変だったとか……」
「そんなわけないだろ! でたらめを言うな!」
女性の言葉を遮るように、なぎさんが声を荒げた。
「なぎ君。落ち着いて」
恭介さんが腕を掴み、すぐに落ち着かせようとしたが――。
「大体、あんたおかしいよ! 兄妹なのに勝ったとか負けたとか!」
「なぎ君!」
興奮するなぎさんを、僕と慧も宥めようとしたところで、戸惑っていた女性がスッと表情をなくし、なぎさんを見据えた。
「なりたくて家族になったわけじゃないです」
「!」
その言葉を聞いて、なぎさんが固まった。
女性の言葉が、なぎさんに大きなショックを与えているようだけれど……うん?
なぎさんの後ろに、一瞬何かが見えた。
おそらく、僕にしか見えない類のものだ。
黒い影のようだったが……いない。
見間違えかもしれないが、ゾワッとした感覚だけ残っている。
いいものではなさそうだ……。
「鈴?」
「な、何でもない……」
慧が声をかけてくれたときには、なぎさんの様子は落ち着いていた。
ものすごく不満げな顔をしているけど……。
「……噂の真偽は、私には分かりません。たた、兄の手帳にも書いてありました」
女性はそう言うと、部屋にある棚から取り出してきたものをなぎさんの前に置いた。
「兄の手帳です。色々な有名人のことについて書いてあったので、興味本位で読んでしまいました」
「拝見しても?」
まだ、恭介さんが、むすっとしているなぎさんの前から手帳を取る。
「はい。よかったら差し上げます」
「いいんですか!?」
「どうぞ。私には必要ないものなので……」
「では、ありがたく……」
恭介さんはパラパラと手帳を捲って中身を見ていたが……。
「これは帰ってからしっかり目を通した方が良さそうですね。今は取材を進めさせて頂きましょうか」
……あの手帳、嫌な感じがする。
そこからは、恭介さんが引き続き女性にに質問をし、割とあっさりと取材は終わった。
帰ろうとしたところで、僕は女性に呼び止められた。
「ゼロさん、疑ってすみませんでした。あなたは本物でした。なぎさんの配信でまたあなたを見られる機会を楽しみにしてます」
「ありがとうございます……」
配信には出ないけどなあ、と思いながらも、気持ちは嬉しい。
握手をして、女性と別れた。
両親の霊をとってくれ、と言われたけれど、僕にはできないので色々ご自分で調べてください……。
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