第3話

 香坂さんを救えなかった――。


 これはずっと罪悪感として残っている。

 霊感なんて信じて貰えないし、子どもの僕ではどうすることもできなかったのだが、それでも何か方法があったんじゃないか、って……。

 もしかすると、あの女の霊とは関係ないことで亡くなったのかもしれない。

 不審死と言われているが、何かつらいことがあって、本当に自ら命を絶ったのかもしれない。

 そうだとしても、僕にとっては悲しい記憶で、忘れたいという気持ちがある。

 ……死神扱いされているのもつらいしね。


 でも、あの女の霊は何だったのか――。

 僕は知るべきなのではないか、とふと思うことがある。

 他力本願だが、霊感少女を追う誰かが、その真相に近づいてくれないだろうか……。


 そんな気持ちがあって、僕はいざなぎに注目するようになった。

 彼の元に集まる『霊』を肯定してくれる人たちの存在は、僕の心の安定剤にもなったし……。

 まあ、今では単純にいざなぎのファンだから見ている。


 おしゃれで元気で明るくて、生命力に溢れていて、はっきりと自分の意見を言えるいざなぎが好きだ。

 僕にはないものを、すべて持っているようで憧れる。

 出会ったら死ぬかもしれない死神少女を追いかけ、あまつさえ「付き合いたい」だなんて「サイコパスロリコンだ」とリスナーにはいつも弄られているが、僕は全力で推す。


「あ、配信始まった」


 いざなぎが作曲したというかっこいい和風曲が放送開始を告げると、チャット欄には『こーん!』という挨拶が一斉に流れた。

 これはいざなぎがいつも、勾玉をつけた狐のマペットで「こんばんは」の代わりに「こーん!」と挨拶するからだ。

 初期は手で狐を作って挨拶していたらしいのだが、海外の人に狐だと伝わらず、悪い方に誤解されるといけないのでマペットに変えたらしい。

 ちなみに、『なぎたま』という名のオリジナルマペットなので、いざなぎグッズとして売り出されており、僕も買った。

 

 オープニングの曲がいつもより早く終わり、画面には外の景色が映る。

 いつもは部屋の中だが、今日はスペシャルな外配信だと告知されていたので、リスナーの数もいつもより多い。

 いつもは同時接続者数が千人程度だが、今はすでに千五百人……このペースだと二千人行きそうだ。


『こーん! なぎたまはオレの部屋で留守番してるのでいません。今日は外、外です! 特別配信の日です!』


 いつもよりテンションが高いいざなぎが拍手をする。

 チャット欄にも、『8888』や拍手の絵文字が流れる。


『服もね、見てよこれ。派手なツナギの作業服でばっちりキメております! 暑い!』


 もう完全に日が落ちて暗くなり、多少気温は低くなったとはいえ、初夏なので暑い。

 普段とは違う真っ赤なツナギ作業服姿なのはかっこいいが、熱中症が心配だ。


『今日はの恭さんがカメラマンで来てくれています。ありがとう、

『なぎ君、その発音はやめようか』


 いざなぎは一人で活動しているのだが、映像会社で働いている叔父の『恭介さん』がサポートしているので、配信のクオリティが高い。

 今、撮影しているのは恭介さんのようで、姿は見えないが画面外から声が入った。

 見慣れた仲がいいやり取りに、僕もリスナーも和む。


『……で、今日のスペシャルな配信の内容なんですけど――。他の配信者さんとかはやってますけど、オレは初めてです。初めての……心霊スポット配信です!』


 再びパチパチと拍手するいざなぎに続き、チャット欄が湧く。


 ――やった!

 ――心スポ配信待ってました!

 ――見たかったやつ!

 

 僕も「おお」とわくわくした反面……なんだか嫌な予感がした。

 悪いことが起こるような……嫌なものを見てしまうような……。

 いざなぎに悪いことが起きなければいいが――。


『リスナーさんからお手紙を頂きまして、親戚が住んでいた家が不気味なので調査して欲しい、ということで……。後ろにあるのがそのおうちです』


 いざなぎの背後――恭介さんが持つカメラが映したのはトタン屋根の古い木造二階建て一軒家だ。


「うわあ……」


 あまり直視したくない……。

 見ない方がいい、という勘が働いた。


『この家では、中年男性が一人暮らしをしていたんですけど、おうちの中で亡くなったそうなんですよ。だから、心霊スポットというか、いわゆる事故物件っすね。それで長年放置していたんですけど、色々整理しなくてはいけなくなったので、まずはオレに見て来て欲しいそうです。何でオレ? と思うでしょ? でも、理由があるんすよ。それはまあ、あとで……』


 中で亡くなった人がいるのか……。

 まだ、その中年男性がまだと思い、顔を顰めた。


『そして! 今日はおぢだけじゃないんですよ。力強い助っ人が来てくれました!  どうそ、こちらに!』


 そう言って拍手と共に呼び込まれたのは、グレーのスーツを着た青年だった。

 分厚い銀縁眼鏡、長い黒髪を一まとめにしている、三十歳くらいの生真面目そうなサラリーマン風の男だ。


『では、自己紹介お願いします』

『はい。自宅警備兼霊能力者の仁藤にとうと申します』

『名前からしてほぼニートじゃねえか』


 いざなぎにツッコミにチャット欄には笑いを表す『w』――いわゆる『草』が溢れた。

 スーツ着るタイミング絶対今じゃない! 面接行け! といういざなぎの更なるツッコミに一層草が生え、大草原になっている。

 僕も笑ったが……やっぱり画面の奥にある、あの家から『よくないもの』を感じて心がざわざわする。

 ……行かないで欲しい。

 チャット欄に『行くのはやめて』と送ってみたが、いつもより勢いよく流れるコメントの中に消えていった。

 やっぱり僕の声は届かないか……。


『こちらではちゃんとお仕事させて頂きますので、ご安心ください』

『頼みますよ? ちなみに、今日お渡しする謝礼金は何に使いますか?』

『ソシャゲ課金に全投入します』

『ははっ、クソすぎる。まあ、とにかく、行きましょうか!』


 わくわくしている様子のいざなぎが、オープニングもそこそこにして、すぐに調査に入る。


『オレ、いつもはこういう依頼断ってたんですよ。でも、今回は絶対行かなきゃ! って、思って。なぜかと言いますと、これがオレに連絡してくれた理由なんですけど……。この家の中に、死神少女の写真があったそうなんです!』


「え!!!?」


 びっくりしすぎて声が出た。

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