第12話

『書けたよ』


 いざなぎが配信に映らないよう、手帳を隠しながら顔をあげた。


『じゃあ、どういう霊が見えたか教えて頂けますか?』


「あ、はい。白い笑顔の仮面……黒の女……仮面を取ったら大きな赤い目……ちがう、が口癖です」


 僕がそう言った途端、配信画面の中にいるいざなぎとニート霊能力者が目を見開いた。


『ひっ!』

『すげえ……』

『…………』


 画面外で、恭介さんが息をのんでいるのも伝わってきた。

 気持ち悪い、と思われるだろうか。

 心配だったのだが……。


『リスナー! 見て、これ!』


 そう言っていざなぎが開いた手帳には、黒い女の絵が描いてあった。

 ただ……正直、あまり上手くない。

 小さな子どもが描いたような絵で、黒い女ではなく、黒いイカに見えなくもない……。


 ――画伯爆誕

 ――おえかきの時間?

 ――墨かぶったイカ?


 チャット欄に僕と同じことを思った人がいて、思わず笑った。

 ニート霊能力者と恭介さんも苦笑している。


『どう見てもでかい目の黒い女だろ! 分かるだろ!? 同じじゃん!』


 絵に関しては審議が必要かもしれないが、『にこにこの白い仮面』『でかい目』『黒い女』と説明を書き込んでいたので、僕の証言と同じだということはリスナーに伝わった。

 配信前からの仕込みじゃないのか、と疑うコメントも一部あったが……。


 ――ガチじゃん!

 ――すごい

 ――本物!


 ほとんどの人が「すごい!」と驚き、称賛を送ってくれてた。

 たくさんの人が僕の『見える力』を信じて、褒めてくれている……。


『ほら、ゼロさんは本物だっただろ! オレには分かってたんだから! 絵からもこの人には色んな才能があるって伝わってくるんだよ。そんなすごい人に推して貰ってるオレ、すごくない?』


 最後は自分の自画自賛になっているが、そこがいざなぎらしくて可愛い。

 それにしても、『見えること』で、こんなに推しやたくさんの人に褒めて貰えるなんて……。

 未知の体験に、照れるばかりで黙ってしまう。

 夢見心地というものなのか、ふわふわした気分でいたのだが――。


 僕は油断していた。


『ちがう』


「「「!!!!」」」

「あ……」


 助手席の窓に、突如現れた白い仮面。

 暗闇に溶けていて姿が見えないが、赤い女の霊が手にしている仮面だと分かった。

 それは車をすり抜け――。


「逃げろ!!!!」


『え?』


 いざなぎが配信を撮っているカメラ越しに僕を見た。

 その瞬間、仮面は吸いつくように、いざなぎの顔にぴたりとはまった。


『あー……』


 どこか満足げな、女の声が響いた。

 そんな……そんな……!!

 頭の中で、女の霊に仮面を被らされそうになっている香坂さんの姿が蘇った。

 また……あの悲劇が……!!


『なぎ君!!!!』


 恭介さんが叫んだ時には、もう女の霊の姿は消えていた。

 いざなぎの顔に、あの仮面も残っていない。


『大丈夫か!?』

『え? あ、うん……』

『車を出すぞ!! すぐにシートベルトつけて!!』


 恭介さんは慌ててエンジンをかけ、車を出した。

 ニート霊能力者は怯えて頭を抱える。

 相変わらず何も見えていなリスナーたちは、何が起こったのか分からず戸惑っている。


 僕は今見た光景がショックで放心している。

 恐れていたことが起きてしまった。

 あの霊が近づいていることに気づけなかった……。

 早く家から離れるように伝えておけば……!

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