第11話

 心臓が飛び出るんじゃないかというくらいドキドキしてきた。

 粗相がないように配信を見ながら答えたい。

 パソコンで表示して待っていると、すぐに着信があった。

 推しを待たせてはいけないと思い、すぐに通話ボタンを押す。


『もしもし、ゼロさんですか?』


 推しの声は聞き慣れているが、繋がっていると思うとさらに緊張する……。


「……はい」

『あれ、ボイチェン使わなくてもいいんですか?』

「あ」


 緊張し過ぎて、せっかく配慮してくれたのにボイスチェンジャー機能をつけ忘れた。

 地声で答えてしまった……。あー……もう、いいや……。

 配信をかき乱すようなことをしてリスナーさんたちにも申し訳ないし、誠意をみせるってほどじゃないけど、地声で答えることくらいはしよう。


「……このままで大丈夫です」

『分かりました、ありがとうございます! 今回のことについて話を聞く前に……。先日は最高にかっこいいイラストありがとうございました!』

「え」


 すぐに霊についての話になると思っていたのに、ふいうちを食らって頭が真っ白になった。

 推しから感謝されてしまった……!


「あ、いえ……好きに描いているだけなので……」


 絞り出すように、なんとか答えたが……。


――コミュ障か?

――暗い

――ぼそぼそ


 配信を見たら、目に入ってきたコメントがグサグサ刺さった。

 ニート霊能力者はこんな気持ちだったのかもしれない。

 心の中でとはいえ、辛辣なことを言ってごめん。


『わー、なんか声が想像通り。好きなタイプの声だ』

「!」


 想像通り? 好きなタイプ!?

 そう言ってくれて嬉しいけど、いざなぎの中でやけに僕の好感度が高い気がする。

 絵のおかげだろうか。描いていてよかった……。


『絵師さん、お世話になっております。なぎ君のおぢです』

「あ、はい。お疲れさまです」


 あ。恭介さんの挨拶に、つい職場みたいな返しをしてしまった。

 僕は恥ずかしくなったが、特に誰にも触れられることなく話は進む。


『早速、今回のことをお伺いしたいのですが、絵師さんは霊感がある、ということですか?』

「それは……」


 身元を明かしているわけではないけれど、こんなにたくさんの前で、それを認めるのは勇気がいる。

 でも、認めないと話が進まない。


「……はい。そうですね」


 肯定すると、いざなぎの『おおっ』という声が聞こえた。

 チャット欄では、『厨二?』『嘘くさい』などと言われてしまったが、いざなぎの興奮している声がすべて浄化してくれる。


『あの! わたくしが生き霊にとり憑かれている、という件について詳しく聞きたいんですけど!』


 推しに救われているところに、ニート霊能力者が身を乗り出して聞いてきた。

 気になるだろうし、答えてあげた方がいいか。

 リスナーのほとんどは信じないだろうけど……一応、話そう。


「あなたの胸にめり込んでいる感じで、女性の頭が見えます」

『めり込む……!? あ、ごめん。黙っとく』


 いざなぎが反応したが、僕とニート霊能力者のやり取りを見守ることにしたようだ。

 口を押えて引っ込んだのだが、ジーッとニート霊能力者の胸の辺りを見ている。


『いざなぎさん、見過ぎ……! それで、わたくしを恨んでいるのは、どんな方か分かりますか?』


 あまり凝視したくないが、改めて生き霊の特徴を探してみる。


「若い人、二十歳前後……黒髪ロング、かな。ほとんど頭しか見えないけど、セーラー服っぽい襟が見える時がある。あと、消して、って言ってたと思う」


 そう伝えた途端、ニート霊能力者は目を見開いた。


『消して……? か、彼女だ……!』

『ニートさん、付き合っている人がいるの?』

『そうじゃなくて、思い当たる女性がいて……。すごい……絵師さんは本物の霊能力者だ……師匠と呼ばせてください!』

「師匠? いや、僕は見えるだけです」


 ニート霊能力者の言葉をすぐに否定する。

 能力者、なんて名乗るのはおこがましいし、単純に嫌だ。


『オレはゼロさんが本物だって分かってたからな』


 ふふん、と得意げな顔をしている。

 それに対して「かわいい」というコメントが溢れ、僕も同意したが……。


――推しと絡みたいから来ただけ

――黒髪ロングなんていっぱいいる

――適当に言っても当たりそう


 僕に対して冷ややかなようなコメントも多く流れていた。

 まあ、そう思われるだろうなあと気にしていなかったのだが……。


「あのさ」


 いざなぎが改まって、リスナーたちに話しかけた。

 声のトーンが真面目になったので、チャットの空気も変わったのを感じた。

 

『オカルトや心霊を主に扱ってるオレのリスナーの中にも、心霊的なことを信じる人がいれば、信じない人もいると思う。オレは信じてるけど、証明することはできないから、なんとか言葉で伝えるしかないわけ。オレが信じてるゼロさんを、できればリスナーにも信じて貰いたい』


 いざなぎが穏やかに、でも真剣にリスナーに語り掛ける。

 すると――。


――推しが言うなら信じる

――絵師さんはガチっぽい

――ごめんね


 僕に謝罪する言葉や、「信じる」という温かいコメントが流れるようになった。


「霊が視えるということを理解して貰いたい」という気持ちは、子どもの頃になくなった。

 ……どうせ理解して貰えないから。

 理解してくれなくてもいいから、「変な子」と言われずに普通に接して貰いたい。

 そう思い、諦めて生きてきた。


 でも、いざなぎは僕を信じてくれた上、周りの人にも理解を求めてくれた。

 それはずっと、僕が求めていたことだ。

 身近な誰かの中に、一人でもそんな人がいてくれたら……と熱望していた。

 それを今、いざなぎがしてくれた。


 ……嬉しい、泣きそう。

 いざなぎを一生推す! 自分が死んで、霊になっても推す! と決めた。


『あの……それはいいとして、わたくしの生き霊はどうやったら祓え――』


 感動しているところに、ニート霊能力者が水を差してきた。

 とり憑かれていることで余裕がないのは分かるけど、『それはいいとして』とは何だ。


『はいはい。二人とも、当初の目的を忘れてますよ』


 恭介さんの言葉にハッとした。

 そうだ。僕はあの女の霊について話すために、配信に上がっているんだった。


『あの、絵師さん。配信を通して、さっきの霊が見えていたんですよね?』

『はい』

『私ももちろん絵師さんを信じていますし、疑っているというわけではなくて、単純に確認をしてみたくてですね……。絵師さんが見た霊の特徴を言って貰うことは可能ですか?』

「はい、もちろん」

『あ、じゃあ、言うのはちょっと待ってください。なぎ君、この手帳に特徴を書いてください』

『OK。ちょっと待っててね』


 いざなぎは恭介さんから手帳とボールペンを受け取ると、ガリガリと何かを書き始めた。

 どうやら『僕が言う特徴』と、『いざなぎが書いたもの』が合っているか、答え合わせをするようだ。

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