第28話

 なぎさんの取材に同行することになった土曜日――。


 朝、迎えに来てくれると聞いていたので、準備万全で待っていた僕の前に現れたのは、なぎさんと恭介さんに加えて……。


「え、どうして慧が?」


 ドアを開けると、なぎさんと恭介さんの隣に慧がいてびっくりした。


「でかける時間をあんちゃんに聞いた」


 杏は妹の名前だ。

 そういえば昨夜、寝る前に「明日、何時からでかけるの?」と聞かれたが、慧の回し者だったのか……。

 しかも――。


「君たちはどうして、お揃いコーデなんだい?」


 恭介さんが顔を顰める。

 僕となぎさん、そして慧は、三人揃って上下黒の服を着ていた。

 昨日、配信で言っていたなぎさんが黒コーデなのは分かる。

 白系の服装が多いなぎさんが黒を着ているのは貴重だし、生で見られるのが嬉しいのだが……状況に混乱中だ。


 推しと同色コーデにするべきかと迷ったが、僕はいつも通りにしたので、お揃いになることは予想していたけれど、慧まで一緒とは……。

 慧は普段も黒を着ることはあるが、今日は合わせてきたとしか思えない。

 眼鏡も黒ブチだし……。


 慧は満足げにしているが、なぎさんと恭介さんが少し不服そうだ。


「おぢだけ仲間外れじゃん。そういうのよくない。よくないよ、若者」

「すみません……」

「昭和生まれ、非常に傷つきました」


 反射的に謝ったけれど、これは誰が悪いとかあるのだろうか?

 ……というか、配信に恭介さんの声が入ることはよくあるが、姿はちらりとしか映らない。

 対面してじっくりと姿を見られたことに、僕は感動している。

 パーマがかかった茶髪に、幾学模様の派手なシャツを着ていて、クリエイターというよりデザイナーをやっていそうな雰囲気だ。

 黒い服三人の中にいるので余計に目立つ。


「じゃあ、早速仲良しトリオ、フィーチャリングおぢで行きますか」


 慧は同行する気満々で、車じゃなくてタクシーで来ていた。

 すでに恭介さんに連れて行って貰えるように交渉済みのようで、今度慧の家――事故物件を取材場所として提供する、という話で片が付いたらしい。


 昨日の配信でなぎさんと会うことはバレていたが、まさか乗り込んでくるとは――。

 コミュ力が高い奴の行動は理解不明だ。

 呆気に取られるというか、よく分からない内に、恭介さんの車に乗ることになった。

 三列シートの大きな車で、なぎさんが外配信するときに見ていたので、ファンの僕は密かに興奮している。


「恭さん! オレ、ゼロさんの隣がよかった!」

「君は運転するおぢをサポートしなさい、薄情者」


 なぎさんが僕の隣に座ろうとしたが、恭介さんに言われて助手席に座った。

「ナビがあるじゃん」と、とても不服そうだ。

 僕は配信で見ているやり取りを、真後ろからライブのように見ることができるので嬉しい。

 うちわを持って応援したい。


「鈴、随分楽しそうだな」

「うん」


 横から顔を覗き込んでいた慧に、真顔で答えた。

 興奮を出さないようにしているのだが、慧にはバレてしまったようだ。


「うん? ゼロさん、楽しいんだ? あまり表情に出ないんだね?」


 僕たちの会話が聞こえたのか、恭介さんが振り返った。


「会ったのは二回目だけど、オレも楽しそうなのは分かったから!」


 同じく振り返ろうとしたなぎさんの頭を、恭介さんは掴んで前を向かせた。


「謎のアピールしてないで、なぎ君はナビを設定してね」

「もうしてるよ、ほら!」

「じゃあ、さっそく所有者さんの家に行きますよ。移動に一時間ほどかかるから、もろもろ道中話しましょう」


 恭介さんの運転で、車が発進する。

 非日常が始まる感じがして、僕はさらにどきどきしてきた。


「運転しながらで申し訳ないけど……。ゼロさん、前回の外配信の際はアドバイスをくださってありがとうございました」

「あ、いえ……でしゃばってすみません」


 恭介さんの言葉に、バックミラー越しに頭を下げる。


「いえいえ! 我々は見えない側の人間だから。にっちもさっちもいかないもんで。助言、ありがたいです」

「ほんとだよ。ゼロさんが連絡くれなかったら、寺にも行かなかっただろうし、手に目がついてパニックになってたよ、オレ」


 なぎさんがそう言って、目がある右手をひらひらとこちらに向けた。

 今日も呪いの目は閉じたままだ。


「……配信のアーカイブを見たが、手に目がついている、というのは本当なのか?」


 声を抑えて聞いてきた慧の質問に、僕は頷く。

 するとなぎさんは、再び呪われた手をひらひらさせながら慧に目を向けた。


「ゼロさんのお友達の事故物件さんはさあ――」

「……高邑だ。不動産業で働いてるんで、そう呼ばれるのは支障がある」

「物件さんは、この目――見えないんだよね?」


 一応「事故」は省いたが、なぎさんは「高邑」と名前で呼ぶつもりはないようだ。


「…………。お前、なんでこんな奴が『推し』なんだ?」


 なぎさんの返しが不快だったのが、慧が僕を見て顔を顰めている。


「あ、オレも聞きたい! ゼロさん、オレのどこが好き!?」


 なぎさんがまた振り返ってきたが、慧がしっしと振り払う。


「手に目は見えない。前を見ろ。邪魔。前方の視界が狭くなる」

「やっぱりオレ、ゼロさんの隣がいいなー。後ろ行こうかなー」

「おい、害悪配信者! 走行中に移動しようとするな!」


 慧となぎさんがずっと、仲がいいのか悪いのか分からないやり取りをしている。

 会ったのは二回目なのに、気兼ねなく話す二人がすごい。


「若者は賑やかでいいなあ」


 恭介さんはニコニコしながらも運転しているが、助手席のなぎさんが騒ぐから、少しイライラしているように見える。

 ぼ、僕はどうしたらいいだろう……。

 行儀よく座ったまま固まっていると、恭介さんが僕たちに向けて話し始めた。


「君たち! 説明聞くか分からないけれど、一応言っておくね! 今から行くのは、この前の事故物件の所有者さんで、あの家で亡くなった男性の妹さんのおうちだよ。取材ということで、色々話を聞かせて貰うことになっているから。なぎ君がインタビューするところを、ゼロさん達には見学して貰って、何か気になったことがあったらすぐに言ってください」

「分かりました」

「すぐに返事をくれるゼロさんは良い子だねえ。おぢはゼロさんにだけ話すね……ってこらー! 甥! 事故物件! 危ないからそれ以上騒ぐな! 道端に放り捨てるぞ!」


 騒いで運転に支障をきたしそうな二人に注意する恭介さんも元気だ。


 結局、目的地に到着するまで静かなのは僕だけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る