第9話『新機能と、非常事態』
「……いた。あれがゴブリンかな」
時折マップを確認しながら森の中を進むと、やがてそれらしき魔物と遭遇した。
木の陰に隠れながら、その姿をよく見てみる。
異様に尖った鼻を持ち、頭には赤黒い帽子、手には棍棒……ゲームでよく見る、典型的なゴブリンがそこにいた。
「数は……四体か。元々群れを作る連中だから、少ないほうだな」
俺の隣に立ったグリッドさんが声を押し殺しながら言う。
「いざとなったら助太刀してやる。お前らの実力、見せてくれ」
彼はそう言って腰の剣を抜き放つ。その剣は年季が入っているものの、きちんと手入れされていた。
「わ、わかりました。いくよ、
『うん。頑張ろうね』
俺は一呼吸をいて、身を隠していた茂みから飛び出した。
その直後、目の前の魔物たちにロックオンマークが表示される。
魔物に近づいたことで、視界が戦闘モードに切り替わったようだ。
それと同時に、俺の中でも戦いのスイッチが入る。
「……よし、やってやるぜ!」
『また性格変わった』
橘さんのそんな声が聞こえた気がするけど、今の俺には関係ない。
一瞬のうちに距離を詰め、右手の剣を一閃。正面にいたゴブリンを一撃で片付ける。
続いて、俺の襲撃に気づいた二体が棍棒を振り下ろしてくるも、その攻撃モーションは非常にわかりやすかった。
サイドステップで回避したあと、二体まとめて横から薙ぎ払い、これまた一撃で仕留める。
『……うわ』
その時、橘さんの小さな悲鳴が聞こえた。視界を共有しているから、魔物を倒す様子も全部見えてしまっているのだろう。
俺はゲームでそれなりに耐性がついているけど、かなりグロテスクな光景だ。彼女がショックを受けるのも仕方ないと思う。
そんなことを考えていると、最後の一体が奇声を上げながら逃げていく。
「逃がすかよっ……フォトン・ブレイズ!」
俺はその背に向け、左手から光弾を撃ち放つ。
目にも留まらぬ速さで飛び出したそれは、一瞬の閃光とともにゴブリンを吹き飛ばした。
これは『合体』スキルに標準装備されている武装の一つで、いわゆる遠距離攻撃用の技だ。
結構な威力だけど、使用中は同じく左手に展開するライオットシールドが使えないという欠点がある。
まぁ、瞬時に切り替えられるし、そこまで気にする必要はないと思う。
「ふー、ちょろいもんだぜ」
周囲から魔物の気配が消えたのを確認して、俺は剣を収める。予想はしていたけど、ケルベロスに比べれば余裕すぎた。
『……なんかわたし、今回出る幕なかったね』
どこか物足りなさを感じていると、橘さんの不満そうな声が聞こえた。
「しょ、しょうがないよ。相手は最弱モンスターのゴブリンだしさ」
『そ、それはそうだけど。なんか、悔しい。それに
「そ、それはごめん。怖がらせちゃったかな」
『いいけど。そっちのほうが、なんか頼もしいし』
「そ、そう言ってくれると嬉しいよ」
「……頭の中で会話してるんだろうが、俺にはトウヤが独り言を言っているようにしか見えねーぞ?」
その時、同じく剣を収めたグリッドさんが俺たちのほうにやってきた。
「動きが熟練のそれだったが、トウヤは本当に実戦経験がないのか?」
「な、ないです。元の世界で、寝る間を惜しんでゲーム……訓練をしていたくらいですかね」
『物は言いようだね』
橘さんから唐突に言われ、俺は思わず咳払いをしてしまう。
「と、ところで、回収した帽子はどうすれば……?」
『あ、確か、収納ボックスがあったはずだよ。アイテム管理画面の一番下』
地面に落ちていた帽子を拾いながらグリッドさんに尋ねると、橘さんがそう教えてくれた。
彼女に言われるがまま、視界に浮かぶ半透明のウィンドウから項目を開いていく。
するとそこに『アイテム収納庫(0/9999)』と書かれた項目を見つけた。
「入手したアイテムは、ここに入れられるのか……ますますゲームみたいだ」
苦笑しながらアイテム収納庫を選択すると、手にしていた帽子が光の粒子となって消えた。
直後、アイテム収納庫の表示が『1/9999』となった。
『ここに入れた道具は、スキル使用中ならいつでも出し入れできるみたい。こんな押し入れ、うちにも欲しいな』
一連の流れを見ていた橘さんがそう言う。最後の『押し入れ』という表現に、つい笑ってしまった。
『な、なんで笑うの』
「ご、ごめん。なんか家庭的だと思って」
『むむむ……』
……それからしばらく、不満そうな唸り声が頭の中に響いていた。
俺はそれを気にすることなく、淡々と魔物の討伐依頼をこなしたのだった。
やがて必要数のゴブリンを狩り終え、討伐任務は終了する。
「えーっと、次は薬草採取だっけ」
『そ、そうだけど、ちょっと待って』
そのまま次のクエストに移ろうとした時、橘さんが焦った様子で言う。
「え、どうしたの?」
『い、いいから、合体解除して。早くっ』
「えぇ?」
俺はよくわからないまま、彼女との合体を解除する。
「ええと……」
元の状態に戻ると、橘さんは周囲を見渡し……それから近くの草むらへと入っていく。
「え、どこいくの? まだ魔物がいるかもしれないし、一緒に行くよ」
とっさにその背に声をかけると、彼女は足を止め、顔だけをこちらに向ける。
「その……ぉて……ぃだから」
「え?」
ほとんど聞き取れない声で、橘さんは言う。その顔は真っ赤になっていた。
「お、お手洗いだから! 絶対、ついてきちゃダメ!」
「うわわ、ごめん!」
続いて叫ぶように言うと、彼女はそのまま草むらに飛び込んでいった。
「はっはっは、女は大変だなー」
グリッドさんはからからと笑っていたけど、俺はそれどころじゃなかった。
「スキル発動時もそうだったが、なんか初々しいな。お前ら、付き合ってどのくらいだ?」
「え、俺たち、付き合ってないですよ。というか、話したのも昨日が初めてで」
「そ、そうだったのか……? いや、俺はてっきり……」
正直に話すと、グリッドさんは驚愕の表情を見せる。
まぁ……スキルの特性上仕方ないとは言え、四六時中一緒にいるわけだし。彼が驚くのもわかる。
なんとも微妙な空気が周囲を包みこんだ時、近くの茂みが揺れた。
「……ねぇ、二人とも、ちょっと来て」
そして姿を見せた橘さんは、なぜか戸惑いの表情をしていた。
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