第9話『交渉』
やがて日が落ちるのを待って、俺たちは冒険者ギルド直営の酒場へと向かった。
仕事を終えた開放感に浸る冒険者たちの間を抜け、グリッドさんに指定された席に目をやる。
するとそこに、いかにも船長といった風貌の男性が座っていた。
立派なあごひげには白髪がまじり、年の頃は50代後半といったところ。無数の傷が刻まれた顔を赤く染めながら、エールを飲んでいた。
……正直、見た目はかなり怖い。だけど、ここは俺から声をかけないと。
「ロベルトさん、初めまして。グリッドさんの紹介で来ました。
俺はそう言って、グリッドさんから預かっていたメモを見せる。
彼は一瞬だけ視線を送ると、すぐにそれをひったくってポケットにねじ込んだ。
「確かに俺がロベルトだが……どんな奴が来るのかと思っていたら、ガキかよ。グリッドの旦那、勘弁してくれ」
ロベルトさんは大げさに頭を振ったあと、エールの入ったグラスをあおる。
「あんた、その言い方……!」
「
前に出かかった希空を制して、俺は考える。
ゲームとかだと、こういう時に円滑に話を進める、お決まりのパターンがあったはずだ。
「あの、すみません。ロベルトさんに新しいボトルを一本お願いします」
俺はカウンターの向こうにいたマスターにそう伝える。
マスターは無言で背後の棚から紫色のボトルを手にすると、ロベルトさんの前に置いた。
「へへっ、その辺はわかってんのな」
ニンマリと笑ったあと、ロベルトさんはボトルから直接お酒を飲み、そして続けた。
「勇者様がた、西の大陸に行くのに、俺の船を使いたいんだって?」
「そうなんです。危険なことはわかっているんですが、あなたしか頼れる人がいなくて」
俺が言葉を選びながら懇願すると、ロベルトさんは何度か頷いてから、指を三本立てた。
「一人4000イング」
「え?」
「一人4000イング出しな。そしたら連れて行ってやる」
「ここにもぼったくりがいた!」
その時、背後の希空が酒場中に響く声で叫んだ。
「あたしらは勇者一行だぞ。無料で乗せてくれるのが筋……もがっ」
「希空ちゃん、駄目だよっ」
「ノア様、少しお静かにお願いします」
直後、希空は
彼女は考えるより先に口が動くタイプだし、交渉事には向かないと思う。
ロベルトさんの機嫌を損ねて、船に乗せてもらえなくなったら元も子もないし。困った聖女様だ。
「お友達は不満のようだな?」
「す、すみません。かなりの高額なもので、驚いたんです。内訳を教えてもらえませんか?」
「勇者様が同行するとはいえ、西の大陸へ向かうには危険な海域を通る必要がある。それなりに覚悟を持った船員を集めなきゃいけねぇし、それに見合った給料を出さないといけねぇ。乗組員の食料も確保する必要があるし、先立つもんは必要なんだよ」
ロベルトさんはぶっきらぼうに言うが、彼の言葉は理にかなっていた。
それにしても、四人で1万6000イングか……。
「(……ねぇ、ねぇ)」
俺が考えあぐねていると、朱音さんから服の裾を引っ張られた。
「え、どうしたの?」
「透夜くん、お金、足りないよ?」
振り向くと、朱音さんが俺の耳元でささやくように言う。
……正直、資金不足は俺も薄々感じていた。
以前冒険者ギルドで稼いだ資金を節約しながらここまで来たけど、プレンティス王国を出てからは四人旅になり、それに伴って出費も増えた。
カナンさんも家出同然で城を飛び出してきて、支度金の類を一切持っていなかったことも地味に痛い。
「いくらなんでも、今すぐ出せとは言わねぇよ。一週間待ってやる。その間に用意しろ。勇者御一行ならできるだろ?」
俺たちの会話が聞こえたのか、ロベルトさんはそんな条件をつけてくれた。
「わかりました。来週までに、必ず資金を用意してみせます」
「ま、せいぜい頑張りな。じゃあ来週、同じ時間、同じ場所で」
最後にそう付け加えると、ロベルトさんは再びボトルを傾けた。
どうやら話は終わりのようで、俺たちは揃って酒場をあとにした。
「……ああは言ったけど、どうやってお金を用意するの?」
酒場を出てすぐ、希空がため息まじりに訊いてくる。
「そりゃ、お金は働いて稼ぐしかないよね……あと、単純に1万6000イング稼げばいいってわけじゃないし」
「どういうこと?」
「ロベルトさんに払う金額の他に、当面の生活費も稼がなきゃいけないってことだよ。そのあたりは……朱音さん、説明をお願いできる?」
「ま、任されました」
俺から指名された朱音さんが、背筋を伸ばしながら頷いた。
「えっとね……プレンティス王国を出てから、わたしたちの生活費は単純計算で2.25倍になったの」
「2倍じゃなくて?」
「そ、そう。女性が二人増えたっていうこともあるし、
「うぐっ」
「カナンさんの本とか、召喚獣たちのエサ代とか」
「はうっ」
朱音さんは手元のメモに視線を落としながら、淡々と言う。その度に、希空やカナンさんがダメージを受けていた。
ちなみに召喚獣のエサになる魔力石は、見た目が綺麗なこともあって装飾品の一種として雑貨屋などで売られている。安価で入手も容易だけど、量が増えるとなかなかの出費だった。
「それに加えて、この間の渡し船で利用料金をがっつり取られちゃったから、うちの家計は火の車」
珍しく語気を強めながら、朱音さんが言う。なんか怖い。
「……というわけで、今後の生活を考えた場合、全部で2万5000イングは稼いでおきたいかな」
「結構な金額だねぇ。こりゃ、本気で仕事探さないといけないかも」
「そうですわね。お仕事ですか……」
心底めんどくさそうに希空が言う一方、カサンさんは不安顔をしていた。
「カナンっち、仕事の経験は?」
「……社会勉強ということで、身分を隠してやったことがあります。本当に短い期間ですが」
「んー、それならいけるんじゃない? とりあえず、明日から皆でバイト、頑張ろー!」
威勢のいい声で拳を突き上げる希空に、俺たちはぎこちなく続いたのだった。
……まさかの展開だけど、陰キャの俺や朱音さんにバイトが務まるのだろうか。不安しかなかった。
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