第10話『それぞれの、稼ぎ方』
その翌日から、俺たちはバイトに明け暮れる。
一方、陰キャの俺と
冒険者ギルドへ直行し、掲示板に貼られた高額報酬の依頼を片っ端から受ける。
クエストの受注手順は以前グリッドさんから教わっていたし、手続きも慣れたものだった。
「……これで、終わりだぁっ!」
ニラードの街西南にある洞窟に向かった俺たちは、ジャイアント・オークを倒しまくる。
『ジャイアント・オーク、5体目討伐完了。一時間もかからないとか、さすがだね』
「魔物の群れに突っ込むなんて無謀な真似、普通の冒険者はしないからね……」
討伐の証であるオークの棍棒をアイテム収納庫にしまいながら、思わず笑顔を浮かべる。
『道中でこなした薬草の採取依頼と合わせて、これで三つのクエストが終わったね。そろそろお昼だし、一度街に戻らない?』
「そうだね。そうしようか」
周囲から魔物の気配が消えたのを確認して、俺たちは合体を解除。そのままニラードの街へ戻ることにした。
一度受注してしまえば、あとは黙々と作業できるし、やっぱり俺たちにはこの仕事が合っている気がした。
「……クエスト三つで、4000イングの報酬。冒険者って儲かるんだね」
それから冒険者ギルドで報酬を受け取ると、朱音さんはわずかに声を弾ませた。
「複数人推奨のクエストを一人でやれてるのも大きいかも。ああいうのって普通、報酬を皆で分けるから。それに薬草採取のクエストが早く終わったのは、朱音さんが群生地を覚えておいてくれたおかげだよ」
「そんなの、大したことじゃないよ。どのみち、合体スキルがなかったら崖の上には登れなかったし」
今度はどこか恥ずかしそうに目を伏せる。表情の変化は少ないけど、朱音さんの感情はすっかり読み取れるようになった気がする。
……くぅ。
その時、朱音さんのお腹が可愛らしい音を立てた。
「あぅ……」
先程以上に恥ずかしそうに、彼女はお腹を抑える。俺は苦笑しつつ、食事ができる場所を探すことにした。
街の中をしばらく歩いていると、一軒のレストランが目についた。
「朱音さん、このお店はどうかな」
「……うん。いいと思う。名物のシチューセットがおいしそうだし」
俺が問うと、朱音さんは二色の目を輝かせる。そんな彼女の視線の先には、シチューとパンのイラストが描かれた看板があった。
写真のないこの世界で、メニューを絵で表現するのはうまいやり方だと思う。食欲がそそられるし、どんな料理か想像もしやすい。
「じゃあ、ここにしようか」
俺が扉を開けて、朱音さんを店内へと導く。
それにしても……あの絵のタッチ、どこかで見たことあるような。
「いらっしゃいませー! お客様、二名様ですかー?」
来店を知らせる鐘が鳴ると、すぐに一人の女性店員が飛んできた。
そしてとびきりの営業スマイルで……って。
「……希空?」
「げ」
店の制服らしきエプロンドレスに身を包んでいるものの、その特徴的な青い髪は間違いなく希空だった。
当の本人も俺たちだと気づいたらしく、一瞬固まっていた。
……そうか。あの料理のイラスト、見覚えがあると思ったら希空の絵のタッチだった。今更気づいたところで、後の祭りだけど。
「こ、こちらのテーブル席にどうぞー。今、メニューをお持ちしますねー」
希空はすぐに接客モードに戻ると、テキパキと俺たちを窓際のテーブル席へと案内してくれる。
……この状況でも地を出さないのは、さすがというべきか。
「あんたたち、なにしに来たのよ。デート?」
やがてメニューを手にやってきた希空が、俺たちにしか聞こえないような声で尋ねてくる。
「そ、そんなんじゃないからっ」
周囲のお客さんに聞こえないように必死に声を押し殺す。対面に座った朱音さんは、顔を真赤にしながら何度も頷いていた。
「午前中のクエストを終えて、戻ってきたんだよ。ここに入ったのは、たまたまで」
「ほーう。たまたまとな」
「そ、そうだよ。だいたい、希空はバイト先を教えてくれなかったじゃないか」
そう反論するも、希空はアンニュイな顔を向けてくる。微妙な空気が周囲を包み込んだ。
「と、とにかく、食事させてよ。このシチューセット二つ、お願いします」
「本日のオススメはクッケ鳥のオーブン焼きとなっております。いかがですか?」
「え? いや、シチューセット……」
「本日のオススメはクッケ鳥のオーブン焼きとなっております。いかがですか?」
もう一度注文してみるも、希空は笑顔のまま同じ言葉を繰り返した。
「……マスターが大量にクッケ鳥を仕入れちゃったから、消化しないといけないの、空気読んで注文しろっ」
「いや、シチューセット……」
「はい、クッケ鳥のオーブン焼きセットがお二つですね。ご注文ありがとうございますー」
しばし押し問答するも、そのまま押し切られてしまった。
俺は盛大なため息とともに、頭を抱えたのだった。
その後、運ばれてきたクッケ鳥のオーブン焼きは、悔しいくらいにおいしかった。
「これおいしい。鴨肉みたい」
朱音さんもお気に入りのようで、顔をほころばせながら料理を口に運んでいた。
どこか微笑ましい気持ちになりながら、俺は店内を見渡す。
「ノアちゃん、三番テーブルの注文取りお願い。あと、五番テーブルの
「はーい! 今行きまーす!」
ほぼすべての席が埋まっている中、希空は機敏な動きで仕事をこなしていた。
おそらく身体能力強化魔法を使っているのだろうけど、元の世界でもバイトしてる……みたいな話は聞いていたし。そこで得たスキルは、異世界でも遺憾なく発揮されているようだった。
◇
食事を済ませてから再びクエストを受注し、午後もしっかりと働く。
そしてその日の夜。俺と朱音さんが宿屋で休んでいると、希空とカナンさんが帰ってきた。
「希空ちゃん、大丈夫?」
「いやー、希空さん頑張ったよー。夜の部までぶっ続け。特別手当までもらっちゃった」
明らかに疲れているようだけど、それを吹き飛ばすくらい元気な声で希空は言う。
「見たまえ、この光り輝く1000イング銀貨を!」
続けて希空はポケットから二枚の銀貨を取り出し、頭上高く掲げてみせる。
清々しいまでのドヤ顔だ。俺たちは今日一日で5000イング稼いだ……なんて、とても言える状況じゃなかった。
「本来ならシャワー浴びて寝たい……けど、シャワーないのが悔やまれる。ふへぇ」
直後、希空はまるで電池が切れたようにベッドに倒れ込んだ。
ちなみに、今回はきちんと四人部屋を借りている。もう外で寝る必要はない。
「本当に疲れてるね……希空、自分に回復魔法使って癒せないの?」
「んー、無理。試しにやってみたんだけど、回復できるのは怪我とかだけで、疲労回復効果はないみたい」
「そ、そうなんだ。じゃあ、ゆっくり休んで」
「うんー。昼も夜もまかない出してもらったし、食費は浮いたよー。明日も頑張……くー……」
言い終わるより前に、希空は夢の中へと旅立ってしまった。
朱音さんが呆れ笑いを浮かべながら、ブランケットをかけてあげていた。
「トウヤ様、こちら、本日のわたくしのお給金ですわ。お収めくださいまし」
それを見届けたあと、カナンさんが俺たちの前に袋を置いた。
「……え、6000イング?」
その中身を確認すると、細々したお金が多かったものの、全部で6000イングも入っていた。まさか、俺たちより多かった。
「はい。ノア様の手前、言い出しにくくて……」
「そういえば全然姿見なかったけど、カナンさんはなんの仕事をしていたの?」
心底申し訳無さそうに言う彼女に、俺は問いかける。
「朝からティックの背に乗って大通りに出まして、勇者様の物語を語る傍ら、子どもたちをティックの背に乗せて一緒に街を練り歩くなどしました。思いの外好評で、気がつけばその額に……」
そりゃ魔獣だし、珍しいだろうけど……一国の姫様のまさかの行動力に、俺は驚くばかりだった。
……この調子なら、あっという間に費用も集まってしまいそうだ。
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