第20話『王都プレンティス』
険しい山を超えてたどり着いた王都は、先日滞在したニラードの街とは比べ物にならないほど大きな街だった。
これが王都の門だ! と言わんばかりに威厳たっぷりな純白の門の前で手続を済ませると、俺たちは商隊の一員として王都へ足を踏み入れる。
巨大な正門を抜けると、そこからは真っ白な石畳が王城へ向けてまっすぐに延びていた。
「これは少ないが報酬だ。受け取ってくれ」
王都に入ってすぐ、俺たちは護衛の報酬を渡されてお役御免となった。
「トウヤお兄様、アカネお姉様、本当にありがとうございました! また、どこかでお会いしましょう!」
涙ながらに別れを惜しむカレナに後ろ髪を引かれまくりながら、俺たちはアグエリさんたちと別れる。
それから適当に宿屋を取ったあと、改めて街へと繰り出す。
「……
宿屋を探す最中も、その視線は住宅地の真ん中にそびえる王立図書館に釘付けだったし。本好きな橘さんが行きたいと思うのも納得だ。
「俺は街を見て回るよ。少し調べたいこともあるしさ」
「調べたいこと?」
「ほら、例の聖女召喚って儀式についてだよ」
「ああ……わたしも、それっぽい本を見つけたら読んでおくね」
「よろしくね。あと、暗くなる前に宿屋に戻ってくるから、夕飯は一緒に食べよう」
「うん。わかった。それじゃ、またあとでね」
そんな取り決めを交わした直後、橘さんは足早に図書館へ向かっていった。
一人残された俺は、とりあえず街の中心部に向かって歩き出す。
……よくよく考えると、異世界に来て、橘さんと別々に行動するのは初めてかもしれないな。
うっわー、すっげー……。
やがて中央通りに足を踏み入れると、広々とした道の両サイドに多種多様なお店が軒を連ねていた。
そのどれもがレンガ造りの立派な建物で、ニラードの街の商店通りとは規模が違う。
ショッピングモールと言っても差し支えないその場所を、ドワーフ族やエルフ族、獣人族たちが行き交っている。
まさにファンタジー世界の王都のイメージそのままで、俺は圧倒されていた。
「やっべー、気になる店がいっぱいだ」
武器屋に防具屋、魔導書専門店……人波の中を進みながらも、時折気になる店を見つけては足を止めてしまう。
……って、違う違う。まずは聖女召喚について調べないと。
そんな誘惑に必死に抗い、俺は中央通りを歩く。
「さあさあ、皆様お立会い! 勇者と聖女、甘く切ない恋の物語でございます!」
情報収集といえば、酒場だよな……なんて考えていた時、中央通りの一角で声が上がった。
思わず立ち止まって視線を送ると、エルフ族の男性が楽器を手に何やら口上を述べている。
どうやら吟遊詩人らしい彼が歌っているのは、かつてこの世界に存在した勇者と聖女の物語のようで、魔王封印の旅の中で起こった色恋沙汰について、面白おかしく語られていた。
聖女召喚の儀式が近いということもあるのか、そこらかしこで勇者と聖女を題材にした詩歌や演劇が披露されているようだった。
「……まったく、あんなものは創作の域を出ませんわ。勇者様があんな
吟遊詩人の軽快な語りに耳を傾けていると、すぐ近くから女性の声がした。
視線を向けると、いつしか隣にローブをまとった人物が立っていた。
白を基調としたそのローブは袖に赤色の見事な刺繍が入っていて、上等な品だというのはひと目でわかった。
けれど、その顔はフードで隠されていて、口元以外は見えない。
身長も橘さんより低いし、年齢は……その声色からして十代前半くらいだろうか。
「語られている聖女様の性格もあんまりですわ……貴方もそう思いますわよね?」
「え?」
そんなことを考えていた矢先、突然その女性から声をかけられた。
「あー、えっと、そう、ですね……」
しどろもどろになりながら答えると、俺の答えに不満があったのか、彼女は口をへの字に曲げる。
「……まさか、貴方も勇者様と聖女様の伝説に興味がございませんの?」
「いやその、興味というか……今、調べている最中で」
「調べている……? この世界に生まれ落ちたなら、誰もが知っているお話のはずですけど」
「あ、そうなんですか。えーと、えーと」
俺の言葉を聞いて、彼女はフードの下から訝しげな視線を向けてくる。
勇者と聖女の話って、この世界では知ってて当然の話なんだ。これは、墓穴を掘ってしまったかもしれない。
「そうですわ。勇者様のお話をご存じないのでしたら、わたくしがいくらでも話して差し上げます! ささ、あちらのカフェに参りましょう!」
言うが早いか、ローブ姿の少女は俺の服を掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。
……ものすごい力で。
「えぇっ、あの、ちょっと!?」
予想外の展開に、俺はまったく抵抗できず。そのまま近くのカフェへと引きずられていったのだった。
◇
フードの少女に導かれるまま、俺はカフェの一番奥の席に腰を落ち着ける。
対面に座った少女は、ここにきてようやくフードを取る。その頭にはケモミミが生えていた。
……この子、獣人族だったのか。
「……? わたくしの頭に、何かついてます?」
その獣耳を見つめていると、彼女は緩いウェーブのかかった金髪を整えながら不思議そうな顔をする。
「あ、いえ。すみません」
かわいらしいケモミミがついてます……なんて言えず、俺は視線をそらす。
獣人族が当然のように存在する世界だし、ここは気にするだけ野暮だろう。時々ピコピコ動いているし、すごく気になるけど。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですかー?」
「ローズヒップティーを二つお願いしますわ。あと、ハチミツも」
やがてやってきた店員さんに、彼女は慣れた様子で注文を済ませる。
「さて、勇者様のお話でしたね。どこから話しましょうか」
……そして品物が来るより早く、身を乗り出して語り始めた。
「この世界では数百年に一度、封印された魔王が復活するのです。その魔王を封印するために異世界から呼ばれるのが、勇者様と聖女様になります」
人差し指を立てながら言う彼女に、俺は頷く。グリッドさんが以前、似たような話をしていた気がする。
「過去に異世界から呼ばれた勇者様はいずれも好青年で、正義の心に溢れた方だったと伝わっています。中でも、250年前に現れたタケルという勇者様は、歴代最高の美男子との呼び声も高く、未だに王立劇場では彼を主役にした演劇が大人気で……」
説明を続ける彼女の声が、次第に熱を帯びてくる。
……あれ? この人、もしかして勇者オタク? ヤバい人に捕まっちゃったかな。
「勇者タケルの英雄譚は王立図書館の歴史書に詳細な記録が残っていまして、この世界に召喚された彼は、同じく聖女召喚によってこの世界にやってきた聖女ミトマ様と出会い……」
「あ、あのー、俺、その『聖女召喚』について詳しい話を聞きたいんですが」
「あら、そうでしたの」
延々と続きそうな勇者語りを全力で遮り、ようやく本来の目的を告げる。その声のトーンが若干下がった気がした。
「だいたい250年周期で復活する魔王に対抗すべく生み出されたのが『勇者召喚』と『聖女召喚』の技術ですわ。どちらもこの世界に古くから存在する召喚術を応用したもので、勇者召喚をオルティス帝国が、聖女召喚をここ、プレンティス王国がそれぞれ担当する習わしになっています」
「そうなんですね……少し気になったんですが、なんで別々の国でやってるんです? 勇者と聖女、同じ場所に召喚すればいいのに」
「召喚術式が違いますの。どちらも国家機密ですし……唯一無二の技術なので。公にするべきだとは思うのですが」
少女はケモミミをわずかに倒し、伏し目がちに言った。
その言い方から、この世界では勇者と聖女が魔王に対抗する唯一の希望であることは理解できた。
「それで、他に聞きたいことはございますか?」
「そ、そうですね。えーっと」
……その後も、運ばれてきたお茶を飲みながら、彼女の話はいつまでも続いた。
そして気がつけば、すっかり日が暮れてしまっていた。
「……あら、もうこんな時間。トウヤ様、大変有意義な時間でしたわ」
窓の外を見た彼女は綺麗な所作で一礼すると、フードを被り直して去っていく。
……あれ、いつの間に名前教えたんだっけ。彼女のマシンガントークに圧倒されていて、よく覚えていない。
……俺はあの子の名前、知らないままなのに。
「あ、お茶のお金!」
そこで我に返って叫ぶも、すでに支払いは済まされていた。
明らかに年下の子に奢らせてしまったことに罪悪感を覚えるも、今から追いかけて支払うというのも情けない。
後味の悪さを感じながら立ち上がると、近くの窓が目に入る。
……するとそこに、俺をじっと睨みつける橘さんの姿があった。
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