第21話『修羅場』


 俺がカフェから出ると、たちばなさんがジト目のまま駆け寄ってくる。


「……高木たかぎくん、今の子は誰?」

「し、知らない子だよ」

「知らない子と一緒にお茶してたの?」

「本当に知らないんだってば」

「すごく盛り上がってたみたいだけど」

「あ、あの子が一方的に盛り上がってたんだよ。聖女召喚の話を聞かせてもらってただけだから」


 橘さんをたしなめながら、俺はそう説明するも……彼女の目つきは鋭くなる一方だった。


「……わたしは言われた通り、夕方には宿に戻ったのに。晩ごはん食べずに待ってたのに」

「あ」


 反射的にお腹に手を添えた橘さんを見て、俺は思い出した。

 ……しまった。食事の約束、すっかり忘れていた。


「高木くん、いつまで待っても戻ってこないし。心配したんだよ」


 そう唇を尖らせる橘さんの靴は汚れていた。俺を探して、街中を走り回ったのかもしれない。

 それこそ、元の世界ならメッセージアプリや電話ですぐに連絡できるけど、この世界にそんなものはない。一度はぐれてしまうと、簡単には再会できないのだ。


「本当にごめん」


 その時の橘さんの不安と恐怖を想像し、俺は誠心誠意謝る。


「……無事に会えたから、今回は許してあげる。その代わり、今後、約束は必ず守ってね」

「わかりました」


 俺は深々と頭を下げ、二度と約束は破るまいと、心に誓ったのだった。


 ◇


 その翌朝。俺たちは宿屋近くの食堂で朝食をとっていた。

 ここは街の冒険者ギルドからも近く、冒険者らしき人々で席の多くが埋まっていた。


「勇者と聖女で、魔王を封印する……わたしが昨日図書館で読んだ本にも、似たような話が書いてたよ。勇者タケルの物語だって」


 昨日ケモミミ少女から聞いた話を橘さんに伝えると、彼女はちぎったパンを手にしたままうんうんと頷いていた。

 昨日の少女も王立図書館に歴史書があると言っていたし、橘さんがすでにその本に目を通しているのなら、話が早そうだ。


「ところで、どうして高木くんは聖女さんにこだわるの?」

「え?」

「……なんか、聖女さんの話を聞いてから、ずっと気にしてるから」

「そんなつもりはないんだけど……俺たちは勇者候補だし、聖女とは惹きつけ合うようになってるのかも。ほら、勇者と聖女が仲違いしたら、魔王も封印できないしさ」

「……確かにどの歴史書でも、勇者と聖女は必ず恋に落ちてたけど」


 わずかに声のトーンを落としながら、橘さんが言った。

 恋とか言われてもよくわからないけど、魔王封印のためには必然的な流れなのかもしれない。追放されたとはいえ、俺たちは勇者候補なのだし。


「……あれ?」


 そんなことを考えていた矢先、店の外が騒がしくなった。


「……冒険者たち! すまないが手伝ってくれ! 非常事態だ!」


 直後、銀色の鎧に身を包んだ騎士が一人、食堂へ飛び込んでくる。

 その場に居合わせた冒険者たちは顔を見合わせると、ただならぬ気配を察知して次々と外へ飛び出していく。

 俺と橘さんもお互いに頷いたあと、二人並んで表へ向かった。




 店の外に出てみると、そこは修羅場と化していた。

 無数の飛竜が空を舞い、地上は逃げ惑う人々で溢れかえっている。


「女性と子どもの避難を最優先に! 屋内に立てこもれば、そう簡単には手出しできないはずだ!」


 そこでは先程の騎士たちが避難指示を出していたけど、パニックに陥った人々を騎士団だけで避難させるのは難しそうだった。彼らが冒険者たちに助力を願い出たのも納得だ。


「え、どうしてこんなことに」


 その光景を見た橘さんは口を覆い、目を見開いている。


「橘さん、驚いてる場合じゃないよ。俺たちも手伝おう」


 俺が右手を差し出すと、彼女も我に返り、その手を握り返してくれた。

 ……直後に閃光が走り、俺たちは合体した。


「……うわ。これ、マジかよ」


 視界が戦闘モードに切り替わり、自動的に索敵機能が起動する。

 それによると、王都周辺に群がっている魔物の数は100体近かった。


「橘さん、この飛竜たちって、この前山で遭遇した連中かな」

『お、同じ種類だよ。クリムゾンワイヴァーン。好戦的で、獰猛どうもうな性格。群れを作ると凶暴性が増す』


 本から得た知識なのだろう。橘さんがそう教えてくれた。


「見た感じ、遠距離攻撃とかしてこないタイプ?」

『うん。それは大丈夫。防御力もそこまで高くないけど、空を飛ぶのは厄介だし、鋭い牙と爪の攻撃にだけ気をつけて』

「わかった。ありがとう」


 そうお礼を言った時、危険を知らせるアラームが頭の中に鳴り響く。

 反射的にバックステップすると、目の前に飛竜が突っ込んできた。


「あぶねっ……このやろっ!」


 攻撃を回避したあと、手に持っていた翡翠色ひすいいろの剣で一刀両断し、仕留める。


「……こいつら、俺たちが山で仲間を攻撃したから、その仕返しに来たのかな」

『その可能性もないとは言えないけど、商隊を襲うくらいだし、山に食料が少なくなったんじゃないかな。だから、群れで人里に降りてきたの』


 橘さんの言い分には説得力があった。そういうことなら、ひたすらに倒していくしかなさそうだ。




 遭遇する飛竜たちを光弾や剣撃で撃破しつつ、俺たちは街の中心へと向かっていく。


「た、隊長! 数が多すぎます!」

「ええい、プレンティス騎士団は魔物を恐れない! 防御を固めろ! 弓兵、構え!」


 そこでは騎士たちが弓や槍で応戦していたけど、数が多すぎて対処しきれていないようだった。


『あの人たち、あのままじゃやられちゃう。高木くん、助けてあげて』

「わかってる! フォトン・ブレイズ!」


 騎士団に群がる飛竜たちを不意打ちする形で、俺は無数の光弾を飛ばす。

 それによって数体の飛竜を倒すことができたけど、生き残った彼らの矛先は俺に向いた。


「……やべっ」


 とっさに左手の盾を展開して防御するも、五体もの飛竜を一度に相手するのは厳しい。

 一旦距離を置こうとするも、いつしか取り囲まれていた。

 そうこうしているうちに、度重なる飛竜の攻撃で盾のエネルギーもどんどん消耗。その消滅も時間の問題だった。


「くそっ、こうなったら多少のダメージ覚悟で前方に強行突破するしか……」


 ……そう考えた矢先、巨大な火球が上空より飛んできた。

 それは俺の頭上を掠めて目の前の地面に着弾。周辺の飛竜たちをまとめて吹き飛ばす。


『え、今の何?』


 橘さんと同じ疑問を浮かべつつ、俺は火球が放たれた方角を見やる。

 そこには、街を襲っている連中とは比べ物にならない巨大な黒い飛竜が静かに浮遊していた。


 そして、その背中には見覚えのあるケモミミ少女の姿があった。

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