第22話『ケモミミ少女、駆ける』


『ねぇ、あの子って、高木たかぎくんが昨日カフェで一緒にいた子だよね』

「そ、そうだけど……なんで飛竜の背に乗ってるんだろう」


 驚きのあまり、素に戻りながらそう答える。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 俺たちが動揺する中、黒竜の背に乗った少女の、凛とした声が周囲に響いた。


「おお、カナン様だ!」

「まさか、姫巫女様が来てくださるとは!」


 続けて、騎士たちからそんな声が飛ぶ。

 姫巫女……ってなんだろう。聞いたことのない単語だった。

 ……その時、周囲にいたワイヴァーンたちが一斉に黒竜のほうへ向かっていく。

 どうやら彼らは、突如として出現した少女と黒竜を新たな脅威とみなしたようだ。


「ファニー、お仕事ですよ」


 一方、カナンと呼ばれた少女はうっすら笑みを浮かべ、無数のワイヴァーンを迎え撃つ。

 ひらりひらりとその攻撃をかわしつつ、黒竜の火球で次々と撃破していく。

 その頼もしい姿に、住民や騎士たちから歓声が上がっていた。


『わたしたち、出る幕ないね』

「そうかも……」


 その一方的な戦いを前に立ち尽くしていると、黒竜の背後から一体のワイヴァーンが猛烈な勢いで近づいていくのが見えた。目の前の複数の敵を相手にしている彼女は、その存在に気づいていない。


「危ない!」


 俺は思わず叫び、彼女に近づこうとする個体に向けて光弾を発射するも……距離が遠すぎて当たらなかった。

 次の瞬間、死角から突っ込んだワイヴァーンの牙が彼女を襲う。


「……!?」


 寸でのところでその攻撃に気づいた黒竜が身を呈して彼女を庇うも、その首にはワイヴァーンの牙が深々と突き刺さった。


「ファニー!」


 彼女がその名を叫んだ直後、黒い飛竜は苦しそうな声を上げ、淡い光となって消滅した。


『え、消えた?』


 同じ光景を見ていたたちばなさんが、信じられないといった様子で呟く。

 俺も呆気にとられていると、空中へと投げ出されたケモミミ少女はゆっくりと落下を始めた。

 ……先程まで聞こえていた歓声が一転、悲鳴へと変わる。


「……まずい。あの子を助けなきゃ!」


 言うが早いか、俺は合体スキルによって強化された身体能力をフルに使って、近くの建物の屋根へと飛び上がる。

 そこから屋根伝いに高速で移動し、少女の下へと駆けていく。

 道中、複数のワイヴァーンが襲いかかってきたものの、右手の剣や至近距離の光弾で即座に片付ける。

 そのまま足を止めることなく少女との距離を詰めていき、屋根から跳躍。その小さな体を空中で抱きとめた。


「あ……!」


 両腕の中にある少女は、驚きの表情で俺たちを見る。


「も、もう大丈夫だから!」


 そんな言葉をかけつつ、俺たちは地上へと降り立つ。

 すると、さきほど黒竜を葬ったワイヴァーンが急降下してくるのが見えた。


『あの竜、他の個体より一回り大きいし、群れのリーダーなのかもね』

「なら、あいつを倒せば群れも逃げてくかな」


 橘さんにそんな言葉を返しつつ、俺は助けた少女を優しく地面へと下ろす。



【実績解除:魔物撃破数50体】

 各武装レベルアップ

 ライオットソード:ライトニングギア習得

 フォトン・ブレイズ:弾数強化・チャージ時間短縮・マルチロックオン機能開放・自動追尾機能開放



 ……その時、視界の端にそんな表示がされた。


『高木くん、何か出たよ?』

「……大丈夫。だいたいわかったから」


 困惑気味の橘さんをよそに、俺は軽く目を通しただけでそれを理解する。

 実績解除によるスキル強化。ゲームあるあるだな。

 この中で今、最も役立つのは……。

 考えを巡らせつつ、俺は左手を構える。

 それからフォトン・ブレイズのチャージに入るも、それは以前の半分以下の速度で完了した。

 そんな俺の左手に宿った怪しげな光に危機感を覚えたのか、目の前に迫っていたワイヴァーンは方向転換。一旦距離を置こうとする。


「……逃がすかよっ!」


 その背に向け、俺は光弾を発射。奴は複雑な動きで回避を試みていたが、追尾機能が搭載されたフォトン・ブレイズを避けることはできず。その光に飲み込まれ、消滅していった。


 ◇


 群れのリーダーを倒したことで、ワイヴァーンたちは散り散りになって逃げ去っていった。

 どうやら街の危機は去ったようで、俺たちは胸を撫でおろす。

 ……そしてすぐに、自分たちに無数の視線が注がれていることに気づいた。


「我々ですら苦戦する魔物を、いとも容易く……?」

「それにあの恰好……まるで伝説にある、勇者様じゃないかい?」

「そうだ、聖女召喚が近いのだし、勇者様が現れても不思議はないな!」

「勇者様だ! 勇者様がカナン様をお救いくださった!」


 住民たちや騎士団から、次々とそんな声が巻き起こる。

 妙な恥ずかしさに視線を泳がせていると、いまだに地面に座り込んだままの少女と目が合った。


「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございます」


 即座に立ち上がった彼女は、手早く身なりを整えて一礼する。再び向けられた瞳はこれ以上ないくらいに輝いていた。

 ……勇者オタクの少女の前でこの展開。なんだか嫌な予感がした。


「あの……勇者様、少しお話が」

「ぶ、無事で良かったよ。それじゃ」

「あ、お待ちください!」


 ここは一旦逃げるべきと判断し、俺は駆け出した。


「勇者様、お待ちくださーい!」

「人違いですー!」


 近くの路地へ適当に飛び込むも、ケモミミ少女はトラとクマを混ぜたような謎の動物に乗って追いかけてくる。

 ……さっきの飛竜もそうだけど、あの子は魔獣使いなのかな。

 そんなことを考えながら必死に街の中を駆けまわるも、一向に少女を引き離すことはできなかった。

 まさか、合体スキル発動中の身体能力についてくるなんて。


『た、高木くん、あの子、どこまでも追いかけてくるよ』

「すごい執念だよね……どうしよう」

『わ、わたしに聞かないで』


 なんとかして巻けないかな……なんて考えた時、前方に曲がり角が見えた。


「そうだ橘さん、あの角を曲がった瞬間に合体を解除しよう。あの子は俺たちの正体を知らないし、きっと誤魔化せるよ」

『わ、わかった。合図してね』

「オッケー。せーのっ……」


 全力で角を曲がった直後、俺たちは合体を解除。直前まで走っていたこともあって、俺は盛大に転んでしまった。


「あいててて……」

「……あら? 確かにこの角を曲がったと思いましたのに」


 地面に思いっきり打ち付けた鼻を擦っていると、例のケモミミ少女が飛び込んできた。


「そこにいるのはトウヤ様ではないですか。こちらに真っ白い鎧をまとった男性が来ませんでしたか?」

「い、いや、特に見てないよ……」


 謎の生き物の上に乗ったまま、少女が尋ねてくる。俺は服についたホコリをはたきながら、何食わぬ顔をした。


「そうですか……というか、息が上がってません? まるで走ってきたみたいですが」

「うん……ちょっとジョギングをね。朝から走るのは気持ちいいよ」

「……さっきまで、魔物がうろついていたはずですが」

「あー、そういえば、なんかいたね」


 元々慣れない会話を必死に続ける。少し離れた場所に立つ橘さんに視線を送るも、彼女は我関せずといった感じだった。


「……それでは、わたくしは行きますね。まだ魔物の残党がいるかもしれませんので、お気をつけて」

「ありがとう。君も勇者探し、頑張ってね」

「はい!」


 ケモミミ少女は乗っていた魔獣ごと体の向きを変えるも……すぐに首だけを俺に向けた。


「わたくし……勇者様を探しているとお伝えしましたっけ」

「あ……えっと、いや、その」


 完全に墓穴を掘ったことに気づき、しどろもどろになっていると……彼女は魔獣の背から降り、俺の近くへやってくる。


「怪しいですわね……今思えば先程の勇者様、どことなくトウヤ様に似ているような」


 そして、俺の顔を下からまじまじと見つめてくる。

 その整った顔立ちとは裏腹に、まるで獲物を狙うような目だった。

 さすが獣人族だと思いながらも、俺はその場から動けずにいた。


「……事情はよくわからないけど、高木くん、もう正直に話したら?」


 ……その時、どこか呆れたような橘さんの声がした。

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