第19話『王都プレンティスを目指して』
その翌日。俺たちは商隊を率いて山越えをすることになった。
王都プレンティスを守るように広がるこの山脈は、その悪路もさることながら、山頂付近は魔物の住処となっているらしい。
基本、山頂を迂回するルートが設定されているらしいけど、それでも時々魔物が迷い込むそうで、ここを通る商隊は毎回護衛を雇う必要があるんだとか。
「アカネお姉さんは、お料理が趣味なのですね! カレナもお料理は好きです! 最近作ったのはリコッタ鳥の蒸し焼きです!」
「あ、うん。そうなんだね。あれっておいしいよね」
荷馬車の速度に合わせてゆっくりと山道を進んでいると、昨日知り合った少女――カレナが
商隊に所属して各地を旅していることもあり、カレナはこれでもか! というほどの陽キャ。本来陰キャの橘さんはタジタジになっていた。
「すまないな。相方に娘の相手までさせてしまって」
「い、いえ……」
カレナの父親であるアグエリさんと並んで列の先頭を歩いていると、彼は心底申し訳なさそうに言う。
「見ての通り、商隊は男ばかりでなぁ。カレナも同性の話し相手が欲しかったんだろう」
「そ、そうなんですね……」
昨夜同じ宿に泊まったこともあり、「すっかり仲良くなったんです」と、カレナは言っていたけど、話し相手と言うよりは、橘さんが一方的に話しかけられているだけのような気がする。
「ちなみに、娘は母親似だ。私は人間だが、妻はエルフ族だ。あの耳はハーフエルフの証といったところだな」
そんな二人の様子を横目で見ていると、アグエリさんがそう教えてくれる。
なるほど、だからカレナは耳が少し尖っているのか。
「あの美しい髪色も母親譲りだからな、美人に育つぞ」
うんうんと満足顔で頷く。確かに可愛いとは思うけど……。
「だからこそ、カレナが商人になりたいと言った時は、猛反対したものだ。わざわざこんな仕事を選ばなくてもいいだろうに」
「旦那、いいじゃないっすか。あの年で父ちゃんの仕事が手伝いたいって、オイラも娘にそんなこと言われてみたいっすよ」
その時、俺たちの少し後ろを歩いていた商人が、唐突に会話に入ってくる。
「ライドは娘うんぬん言う前に、まずは嫁さんを見つけるところから始めないとな」
「ははっ、こりゃ手厳しいっすね」
ライドと呼ばれた青年は大げさに頭を掻いたあと、隊列へと戻っていった。
その後、休憩を挟みながら山道を進んでいくも、魔物が現れる気配は今のところなかった。
その代わり、次第に道が険しくなっていく。
「ぜぇ、はぁ」
「二人とも、大丈夫かい?」
肩で息をする俺と橘さんを見て、近くを歩く商人さんがそんな言葉をかけてくれる。
相変わらず、素の状態では体力がなかった。当初は隊列の先頭にいた俺たちも、気がつけばじわじわと列の後方へ下がってしまっていた。
曲がりなりにも整備されていた街道と違って、荒れ果てた山道は少し進むだけでも体力が必要だった。
そんな俺たちに対し、本当にBランク冒険者なのかと疑う声まで聞こえてくる。
……合体後は確実にBランク以上なんだけどなぁ。素の状態じゃ、Fランクか、それ以下かも。
心の中で自虐的なセリフを口にしながら、必死に商隊についていく。
その時、ふいにその動きが止まった。
「……あれ、どうかしたんですか?」
嫌な予感がして、橘さんとともに列の先頭まで走る。
「ああ、どうやら落石のようだ」
アグエリさんが指し示す先を見ると、俺たちの行く先を巨大な岩が塞いでいた。
どうやら、左の崖の上から落ちてきたらしい。
「これは一旦村に戻って、岩をどかす道具を用意しないと駄目だなぁ」
前方を見ながら彼は言い、商隊全体を重たい空気が包み込む。
「あの、別の道とかないんですか?」
「それがないんだよ。いやー、まいった」
アグエリさんはお手上げといった風に言い、商隊に指示を出し始める。
「あの、待ってください。この岩、俺たちがなんとかしてみせます」
ここまでの歩みが徒労に終わってしまうのが嫌で、俺はそう口にした。
「いやいや、気持ちはありがたいが……どうするんだい? こんな巨大な岩、爆弾でもそう簡単には壊せないぞ」
アグエリさんは一瞬驚いた顔をするも……俺たちをたしなめるようにそう言った。
「……まぁ、見ていてください」
そう言うが早いか、俺は橘さんに視線を送る。
彼女は頷いて、右手を差し出してきた。俺はその手を握り返し、合体スキルを発動した。
「うおお!?」
突如として発生した閃光と衝撃波に皆が驚く中、合体した俺たちは大岩を前に考えを巡らせる。
「橘さん、この岩、フォトン・ブレイズで壊せるかな」
『ちょっと待って。計算してみるから』
「計算するより、試してみたほうが早いと思うけど」
『わたしの忠告無視して川に落ちたの、もう忘れた? 少し黙ってて』
「はい……すみません」
『岩石の種類はわからないから、比重は2.5と仮定して……幅と高さがだいたい5メートル、奥行きも似たようなもので、係数が……』
俺を叱責したあと、橘さんは何やら計算を始めた。どうやら岩の重さを求めているようだ。
『……フォトン・ブレイズの、フルチャージを岩の中心から少し右にずらして当てて。そうすれば、いい感じに崖下に落ちていくと思うから』
「真正面から打ち込んだほうが壊れやすいんじゃない?」
『なにか言った?』
「なんでもないです。すみません」
そう口にしたところ、低い声が返ってきた。
……あれ、なんか橘さんが怖いんだけど。
俺は背中に冷たいものを感じながら、彼女の指示通りにフォトン・ブレイズをチャージしていく。
「……このあたり?」
『もう少し右……そう、そこ』
言われるがまま微調整をし、光弾を打ち放つ。
それが炸裂すると同時に轟音が響き渡り、大岩は真っ二つに割れる。
やがて、二つに割れた岩はバランスを崩し、斜面を転がるように崖下へと転がっていった。
「すごい……さすが橘さん」
「うわあ、ワイヴァーンだぁ!」
俺が胸をなでおろした時、商隊の中の誰かが叫んだ。
見ると、赤黒い見た目の翼竜が数体、商隊の上を飛び回っていた。
どうやら、岩を落とした音で俺たちの存在に気づいたらしい。
「あ、あわわわ……」
そのワイヴァーンたちは上空を旋回しつつ、隊列の中にいるカレナを狙っている。
群れの中で一番弱い存在を狙うのは、どこの世界でも同じようだ。
『あの子が危ない。守ってあげて』
「わかってるっ!」
俺は上空に向けて低威力版のフォトン・ブレイズを乱射する。
そのうちの数発がワイヴァーンの翼に命中し、苦しそうにその身をよじった。
その直後、予想外の攻撃に身の危険を感じたのか、ワイヴァーンたちは揃って方向転換。山の向こうへと飛び去っていった。
「……もう、大丈夫かな」
俺たちは安堵の息を漏らしたあと、合体を解除する。
「カレナはわかってしまいました! 冒険者とは仮の姿で、お二人は伝説の勇者様と聖女様だったのですね!」
……その矢先、カレナが俺たちに駆け寄ってきた。
続いてキラキラとした純粋無垢な視線を向けられ、俺と橘さんは言葉に詰まる。
「こらこらカレナ、その前に、二人に言うことがあるだろう」
「あ、そうでした! 助けていただいて、ありがとうございます!」
俺たちが返答に困っていると、アグエリさんが呆れ顔で言い、カレナは思い出したように頭を下げた。
……結局、そのあとはなんとか誤魔化し、俺たちは王都へ向けての旅路を再開したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます