第18話『ルーケン村と、商隊』


「ほら、なんとかなったでしょ?」


 泳いで川を渡り切ったあと、一旦合体を解除して俺は言葉を紡ぐ。

 元の姿に戻ると、不思議なことにどちらの服も一切濡れていなかった。


「し、死ぬかと思った。もう二度としないで」

「う、うん。ごめん」


 よほど怖かったのか、たちばなさんはその場に座り込み、ジト目で睨みつけてくる。俺は平謝りするしかなかった。


 ◇


 それから旅を再開し、しばらく街道に沿って進む。やがて小さな村が見えてくる。

 その入口に設置された木製の門は古びていて、『ルーケン村』という文字がかろうじて読み取れた。

 その門をくぐって村の中に足を踏み入れると、大きな荷物を持った人々がせわしなく動き回っている。


「……村は小さいけど、人が多くない?」

「ここは要所だから。人は多いよ」

「要所って、どういうこと?」


 足早に行き交う人々を避けるように道の端に寄りながら、俺は尋ねる。


「プレンティス王国は周囲を山に囲まれていてね。そのおかげで外敵の侵入を防いでいるんだけど……人が通れるような道も少ないの。この村の先にあるのは、そんな数少ない整備された山道のひとつ」


 本から得た知識なのか、橘さんがそう説明してくれた。


「ああ……じゃあ、あの人たちは商人なのかな」

「たぶん。荷馬車も停まってるし、商隊かもしれないね」


 積荷を運び込む集団を見ながら、橘さんが言う。

 あの馬車で山を登るのか。いったいどのくらいの時間がかかるんだろう。

 村の背後にそびえる山を見やりながら、そんなことを考える。

 ……今になって思えば、ネットで注文した翌日に荷物が届くとか、元の世界の物流網って本当にすごかったんだな。


「どういうことだ。代金は前払いしたはずだぞ!?」


 その時、商人の集団から声が飛んできた。

 反射的に目をやると、リーダーらしき男性が細身の男性に声を荒らげていた。


「そ、そう言われましても……来ないものは来ないので……」

「うーむ、弱ったな……」


 男性は大きく息を吐いて、そのたくましい腕を組みながら周囲を見渡す。

 ……そして不意に、俺と目があった。


「そこの君」

「え、俺ですか?」

「そう。君だ。見たところ冒険者のようだが、冒険者ランクはいくつかな?」

「え、えーっと……その、Bランクですけど」

「おお、隣のお嬢さんもそうかね?」

「え、わたしはその……そ、そうです」


 唐突に話しかけられ、俺たちは二人同時に陰キャを発動。男性の勢いに圧され、よせばいいのにペラペラと喋ってしまう。


「Bランク冒険者が二人も……君たちに頼みがあるのだが、話だけでも聞いてもらえないだろうか」

「えーっと、あの、その」

「ああ、自己紹介がまだだったな。私はアグエリ。この商隊を率いている。よかったら、君たちの名前を教えてほしい」

「あのあの、えっと」


 ……そんな感じに、終始男性――アグエリさんのペースで会話が進み、俺たちは気がつけば、村唯一の食堂へと連れ込まれていた。


「……というわけで、本来山道の護衛を依頼していた冒険者たちに逃げられてしまってな。いつまでも村に留まるわけにもいかず、私としても困っていたのだ」


 対面に座ったアグエリさんは、大きなため息をつく。


「そ、そうですか。それは、大変ですね……」

「聞けば、二人は腕利きの冒険者とのこと。是非その手腕で、我らの商隊を守ってはくれないだろうか。当然、報酬は弾もう」


 まくしたてるように話し、こちらに反論する暇を与えず、思考力を奪う話術……いかにも商人らしいやり方だった。

 俺はなんとか理性を保っているが、隣の橘さんは完全に気圧されて、目を回しかけている。

 ここは、俺だけでもしっかりしないと。護衛なんて責任重大なことはできないし、きっぱりと断るんだ。


「そ、そう言われましても。俺たちには護衛なんて大役、務まらな……」

「……お父さん、護衛役の方が見つかったというのは本当ですか!?」


 できるだけ平静を装いつつ返答しようとした時、一人の少女が食堂に飛び込んできた。

 12歳ほどの見た目のその少女は、その赤髪を大きめの三つ編みにし、胡桃くるみ色の瞳を輝かせて俺たちを見ていた。その両耳は、わずかに尖っている。


「カレナか。今、このお二人に相談させてもらっているところだ。どちらも凄腕の冒険者だそうだよ」

「そうなんですね! 冒険者様、どうかお願いしますっ!」


 その直後、目の前のテーブルにぶつかりそうな勢いで頭を下げてくる。


「カレナたち、今、すごく困っていて……王都の皆さんに、一刻も早く品物を届けてあげたいんですっ!」


 食堂中に響き渡るほどの声量から、切実さが伝わってきた。俺と橘さんは顔を見わせる。

 ……この状況で断れるような勇気を、俺たちは持ち合わせていなかった。


「わ、わかりました。よろしくお願いします……」


 どのみち、俺たちも山を超えてプレンティス王国へ行くのだし……そんな理由をつけながら、俺たちは護衛の話を引き受けたのだった。

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