第13話『聖女召喚の噂』
「お、おまたせ……」
やがて試着を終えた
「私としてはビキニアーマーがおすすめだったんだけどねー。露出は少なめにしてって、この子が泣くから」
獣人族の女性店員さんが心底残念そうに言う隣で、橘さんは恥ずかしそうにしていた。
「ど、どう、かな……? おかしくない?」
「えっと、似合ってると思うよ」
「あ、ありがと。
遠慮がちな視線を向けてくれながら、彼女は言う。
ちなみに俺は濃青色のサーコートに、防寒を兼ねた同系色のマントを合わせている。偶然とはいえ、お互いに青色の衣装で統一感があった。
「これならスカートの丈も長いし、大丈夫だよね……」
そのまま会計をしていると、背後の橘さんがそう呟いていた。
……やっぱり、バックプリントが気になるのかな。
自分たちの制服をアイテム収納庫に入れたあと、俺たちは宿屋へと戻る。
その入口に、グリッドさんが立っていた。
「おっ、一瞬誰かと思ったぜ」
彼は俺たちの服装が変わっていることに驚きつつも、笑顔で歩いてくる。
「もう飲み会はお開きになったんですか?」
「お前らの姿が見えないから、途中で抜けてきた。二人とも、ああいう場は苦手そうだもんなー」
からからと朗らかに笑うも、酔っている様子はなかった。彼も色々と気を遣ってくれているらしい。
「それで、二人はいつ頃旅立つんだ? 銀影のグラウを倒したおかげで、旅の資金も一気に貯まったろ?」
「そ、それはそうなんですが……もうしばらく街にいようかと。なにかと準備も必要でしょうし。旅の必需品とか、教えてもらえませんか」
「そうだなー。水や食料に防寒具、どれも数があるに越したことはない。この辺り、夜は冷えるからな」
どこか名残惜しそうな表情をしていたグリッドさんだけど、俺がそう告げると彼は目を輝かせた。
「せっかくだし、買い物に付き合ってやろう。荷物持ちくらいにはなるぜ?」
「ううん、お店の場所だけ教えてくれれば大丈夫。旅に出たら、これからは自分たちでやらなきゃいけないわけだしさ。甘えてばかりいられないよ」
少し考えて、俺はそう言葉を返す。
「言うようになったな。頑張れよ」
それが嬉しかったのか、グリッドさんは俺の肩を何度も叩いてくる。以前と同じ行為のはずなのに、不思議と心地よかった。
そしていつしか、彼に対してタメ口になっている自分に気づいたのだった。
◇
その翌日。俺と橘さんはグリッドさんに教えてもらった店に足を運んでいた。
「防寒着と水は用意したし、あとは……食料? 干し肉くらいしか売ってないから、料理とか無理そうだね」
「アイテム収納庫にいくらでも保存できるから、野菜も買っておいていいと思うけど」
「あ、そっか」
メモを片手に、残念そうな口調で言う橘さんにそう教えてあげる。
何度か使っているうちにわかったけど、あの収納庫に入れたものは時間の影響を受けない。
つまり、肉も野菜もずっと新鮮さが保たれるわけで、下手な冷蔵庫より便利だった。
「それなら、向こうに野菜売り場があったよね。見たことのない野菜ばっかりだったけど、店員さんに聞けば調理方法を教えてくれるかな」
橘さんはわずかに声を弾ませながら言う。
確か以前、料理が得意だと言っていた気がするし、未知の食材に触れるのが楽しみなのかも。
「あ、そうなると調理道具も必要になるよね……買ってもいい?」
続いてそう呟いて、申し訳さそうに俺を見てくる。本人は意識していないのだろうけど、上目遣いになっていた。
「えっ、うん……いいけど」
「やた」
動揺を抑えつつ返事をすると、花が咲くような笑みが返ってきた。
……やばい。すごくかわいい。
「台所用品のお店は、確かこっち」
そんな俺の感情などつゆ知らず、橘さんは小走りで走っていく。
先日、グリッドさんから街の地図を見せてもらっていたし、あらゆるお店の情報が彼女の頭の中に入っているのだろう。
迷いなく進む彼女の背中を追いかけながら、俺はひたすらに感心したのだった。
フライパンやフライ返し、鍋といった調理道具を買い揃え、俺たちは店を出る。
「……恥ずかしかった」
隣を歩く橘さんは瞳を伏せ、俺たちの間にはなんとも言えない空気が流れていた。
というのも、二人で調理道具を選んでいたところ、店員さんに新婚夫婦と間違われたのだ。
この世界の結婚適齢期はよくわからないけど、年頃の男女が一緒に調理道具を選んでいたら、そう間違われるのも無理はないのかもしれない。
「そんなんじゃないし。わたしたちはだだ、合体するだけの関係で……」
調理道具の入った袋が鳴らすガチャガチャという音に混ざり、橘さんの消え入りそうな声が聞こえた。
……ここは、下手なことを言わないほうが良さそうだ。
「あ」
そう考えながら歩いていると、橘さんの足が不意に止まる。その視線は、一軒のお店に向けられていた。
「貸し本屋?」
思わずそう口にすると、橘さんは一瞬俺を見たあと、小さく頷いた。
「……ちょっと、寄ってきていい? す、すぐに戻るから、ここで待ってて」
そう言うが早いか、橘さんは持っていた荷物を俺に押し付け、足早に書店へと入っていった。
その行動からして、書店が気になったというよりは、この微妙に恥ずかしい空気から離れたかったのだろう。
俺は呆れ笑いを浮かべたあと、その場で橘さんを待つことにした。
「――聞いたかい? 聖女召喚の話」
「ええ。王都のほうでは、もう準備に取りかかっているという噂だよ」
適当な壁に背を預けていると、少し離れた場所から女性たちの話し声が聞こえた。
一瞬だけ視線を送ると、木製のバスケットを持った三人の女性が楽しそうにおしゃべりをしていた。
三人とも声が大きく、その会話がおのずと耳に入ってくる。
「この街にも勇者候補が現れたっていうし、本当に魔王復活が近いのかねぇ」
「怖いねぇ。そうなったら、あたしは旦那や子どもたちと田舎に隠れるよ」
「いっそ、王都に行ったほうが騎士団に守ってもらえるんじゃない?」
「馬鹿言っちゃいけないよ。魔王に一番に狙われるのは、王都だって話もあるくらいさ」
冒険者ギルドであれだけのことをしたのだし、俺たちの噂が広まっていても不思議はないのだけど……俺が気になったのは『聖女召喚』という単語だった。
以前、グリッドさんも『勇者と聖女はセットみたいなもの』と言っていたし、何か俺たちと関係があるのだろうか。
どうせ王都に行くのだし、ゆくゆく聖女召喚について調べてみてもいいかもしれない。
「……お、おまたせ」
そんなことを考えていると、大量の本を抱えた橘さんが書店から出てきた。
「す、すごい数借りたね」
「だ、だって、一冊につき1日5イングで貸してくれるっていうから」
「……俺たち、近いうちにこの街を旅立つんだけど」
「あ、明日までには読み上げるしっ」
再び呆れ笑いを浮かべながら言うと、橘さんは顔を赤める。
確かに彼女の読書スピードなら、これくらい一晩で読んでしまいそうだけど。
「その、わたし、攻略本になりたくて」
「攻略本?」
その時、橘さんが遠慮がちにそう口にした。
「違ったかな。元の世界でも、ゲームの本売ってたよね」
「ああ……」
言われて気づく。橘さんが借りていたのは、魔物の生態に関する本や、この世界の歴史書ばかりだった。
「わたし、戦えないから。サポートだけでもしようと思って」
途中から恥ずかしくなったのか、視線を泳がせながら橘さんは言う。
彼女なりに考えてくれていたことに気づき、俺は心からお礼を言ったのだった。
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