第4話『村を襲った犯人』


 火事騒動はその日の夜にようやく収まり、俺と朱音あかねさんは村の代表者の家に招かれることになった。

 ちなみに、希空のあはいまだに怪我人の治療にあたっているらしく、カナンさんもその付き添いだ。


「まさか本当に勇者様御一行が現れるとは。おかげで村は救われました」


 俺たちに飲み物を提供してくれながら、代表者の男性は安堵した顔で言う。


「あの、この村で何があったんです?」

「村の者たちから聞いた話によると、旅の一団が食堂で暴れたと」

「旅の一団?」

「ええ。この村は元々人の出入りが激しい場所なので、旅人そのものは珍しくないのですが……その者たちからは何か、異質なものを感じたと」


 男性はため息まじりに言い、さらに続ける。


「彼らの纏うオーラや、この辺りでは珍しい名前から、当初村民たちは伝説の勇者がやってきたと思ったそうです。その旨を伝えたところ、リーダーらしき赤い鎧をまとった男性が突然暴れ出したと」

「え、赤い鎧の男性……?」

「そうですが……何か?」

「い、いえ……その男性の同行者たちは、どんな人物でしたか?」

「女性が三人……としか。彼女たちは男性を止めようとしていたようですが」


 そこまで話を聞いて、俺はある考えが頭に浮かんだ。

 もしかして、この村で暴れたのはてんじゃないだろうか。

 俺たちとの戦いに敗れて勇者候補ですらなくなった彼らが、山を超えてこの村にやってくる可能性は十分にある。

 そこで勇者の話をされ、怒りがぶり返して暴れた……そんなことがあっても不思議はない。特に、天の性格なら。

 赤い鎧という見た目や、同行者の性別も一致しているし。ただの火事にしては、怪我人が多い気がした。

 しかも、怪我人の多くが火傷ではなく、剣で斬られたような傷を負っていた。

 天のスキルなら、それが可能だ。火事は不可抗力のようなものだろう。


「ともかく、皆さんのおかげで村は救われました。大したおもてなしはできませんが、本日はゆっくりお休みください」


 最後にそう言って、男性は部屋をあとにしていった。


「はー、ただいまー……」


 その男性と入れ違いになるように、希空とカナンさんが戻ってきた。その中でも、希空は明らかに疲労の色が見えていた。


「希空ちゃん、大丈夫?」

「んー、さすがに疲れた。ちょっと休みたい」


 朱音さんが心配顔で問いかけると、希空はふらふらとソファに向かう。


「ノア様、頑張りましたのよ。幸いなことに死者はおりませんし、さすが聖女様ですわ」

「あ、そだ」


 カナンさんは俺たちのほうへ向き直り、嬉々として会話を始めるも……そこに希空がやってくる。


「休む前に……ちょっと触らせて」

「ふひゃあっ」


 なにかと思っていると、希空はカナンさんのケモミミをわしゃっと掴んだ。


「へへへー、相変わらずのもふもふ感……これ最高~。MP回復~」

「ちょ、ちょっとノア様。王宮でもよく触られてましたが……お二人の前ではしたない……ひゃっ」


 カナンさんは顔を赤らめつつ、時折妙な声を上げていた。


「……俺、イマイチわかってないんだけどさ、獣人族って耳を触られたら気持ちいいものなのかな」

「わ、わたしもわからない。今度、調べておくね」

「あー、満足したー。おやすみー」


 俺と朱音さんがそんな会話をする中、カナンさんのケモ耳を好き放題に弄り倒した希空は満足したのか、ベッド代わりのソファに倒れ込む。

 そしてすぐに寝息を立てはじめた。疲れていたのは本当らしい。


「えっと……カナンさん、ちょっといいかな」

「は、はい……なんでしょうか」


 幼馴染の愚行を多少申し訳ないと思いつつ、いまだ息を荒げるカナンさんに声をかける。


「話したいことがあるんだけど……外のほうがいいかな」


 ソファで眠る希空に一度目をやって、俺は扉を指し示す。

 頷いたカナンさんと一緒に、俺と朱音さんは外へと向かった。




 表に出た俺たちは、入口の低い階段に座って話をする。


「そんな……勇者候補だったあの方たちが、村を襲うなんて」

「話を聞いた感じ、感情に任せたものだと思うんだけどね……たぶん彼らで間違いない。俺たちも驚いてるよ」

「同郷の人間がこのようなことをしたと知ったら、ノア様もショックを受けてしまいますわね」

「後々話すつもりだけど……あいつはそんなタマじゃないと思うよ」

「あら、ノア様はトウヤ様が思っている以上に繊細な方ですわ」

「……そうかな」

「そうですわ。今日だって、怪我をした方々を前に心を痛めておいででした」


 カナンさんは当時の状況を思い出したのか、表情を曇らせる。

 俺は普段の軽い感じの希空しか知らないし、うまく想像できなかった。

 でも、この村についてからの希空は、少し元気がなかったような気も……。


「……あの」


 その時、一人の女の子が俺たちの前に立っていることに気づいた。年の頃は、5歳くらいだろうか。


「せーじょのおねーちゃんはいませんか?」

「えっと、今、聖女様は休んでるの」

「そう……」


 少女の近くにいた朱音さんが答えると、その子は残念そうに顔を伏せた。


「……これ、わたしてほしいの。ケガをなおしてくれた、おれい」


 直後に顔を上げた少女の手には、数本の花が握られていた。

 それは、道端に生えていた花を集めただけの、不格好な花束だった。


「わぁ、きれいな花束だね」

「えへへ、せーじょさまに喜んでもらえるように、がんばって集めたの!」

「わかった。渡しておくね」


 無垢な笑顔を向ける少女から、朱音さんは花束を受け取る。


「ありがとう! きれーなひとみのおねーちゃん!」


 すると、満面の笑みを浮かべて女の子は走り去っていった。


「……あれだけ感謝されるなんて、希空ちゃんすごいね。わたしたちは、回復の魔法は使えないし」


 その背を見送りながら、朱音さんが呟く。

 確かにその通りだ。俺たちに回復スキルはなく、戦うことしかできない。

 もちろん実力で切り抜ける必要がある場面もあるだろうけど、今回のような状況だと、全く役に立たない。

 なんとも言えない気持ちになっていると、女性が小さな男の子をつれてこっちにやってくるのが見えた。


「勇者様、息子を助けていただいて、ありがとうございました」


 言われて気づく。どちらの顔にも見覚えがあった。例の火事の家から救出した男の子と、その母親だった。


「あ……もう、外に出ていいんですか?」

「はい。おかげさまで怪我もなく……なんとお礼を言ったらいいか」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「こら、勇者様、でしょ」

「えっへへー」


 男の子から眩しいほどの笑顔を向けられ、俺は恥ずかしくなると同時に、胸の内がほんのりと温かくなった。


 ……確かに俺たちは、希空みたいに回復の魔法は使えないけど。


 俺たちは俺たちのできることをすればいい……そう思った瞬間だった。

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