第3話『男の子を救え』
「え、あれってもしかして煙?」
「い、急いで向かいましょう! 皆さん、しっかりと掴まってくださいまし!」
思わず呟いた時、カナンさんは叫び、黒竜の高度を下げていった。
やがて村に降り立つと、そのあちこちから火の手が上がっているのが見えた。
それに加えて、所々で介抱されている村人の姿がある。
その光景を前に、
「誰か! 二階に子どもがいるんです!」
その時、そんな叫び声が聞こえた。
見ると、村の中央にある二階建ての建物の前で、一人の女性が立ち尽くしている。
俺たちはその女性のもとへ駆け寄るも、建物の一階部分は猛烈な炎に包まれていた。
「あの中に、お子さんがいらっしゃるのですか?」
カナンさんが問うと、女性は涙目のまま、無言で何度も頷く。
二階部分に視線を送ると、立ち昇る煙の中、窓辺に子どもらしき影が見える。
「だ、誰か助けに行け!」
「火の勢いが強すぎる! 無理だって!」
村の消防団だろうか。井戸水で必死に消火活動をする集団から、そんな声が飛ぶ。
あれだけ火が回っていれば、一階を通って助けに行くのは無理だと思う。
……でも、俺たちなら。
「朱音さん!」
「……うん」
俺が声をかけると、彼女はわかっていたように右手を差し出す。
直後にその手を握り返し、俺たちは合体した。
「おお……!?」
突然発生した閃光と衝撃波に、村人たちの視線が自然と俺たちに集まる。これは好都合だ。
「あの子は俺たちが助けます! だから、下がってて!」
「皆さん、安心してくださいまし。わたくしはプレンティス王国第一王女 カナン・ウィル・プレンティスと申します。そしてこちらは勇者トウヤ様と、聖女ノア様です」
俺の言葉に続いて、カナンさんが補足するように紹介してくれる。
「勇者様に、聖女様だって……?」
「姫巫女カナン様が、どうしてこんな村に……?」
その直後、ざわめきと安堵感が周囲に広がっていった。
「勇者様、どうかうちの子をお助けください」
母親らしき女性は胸の前で手を組み、懇願するように俺たちを見てくる。
俺はそれに頷いて、希空に向き直る。
「希空、俺たちは子どもを助けに行くから、怪我人の治療をよろしく」
「……」
「希空?」
心ここにあらずといった表情の希空にもう一度声をかける。
「……はっ。う、うん。オッケー。この聖女に任せたまえ」
彼女は一瞬遅れて我に返り、軽口を叩くも……その声は震えていた。
「カナンさん、希空のサポートをお願いね」
俺はカナンさんにそう伝えると、二階の窓めがけて跳躍した。
木製の窓枠を突き破って室内に飛び込むと、同時に強烈な熱気が襲ってくる。
「うわ……予想はしてたけど、これはすごいね」
『そうなんだ……わたしにはわからないけど、十分気をつけてね』
「わかった。ありがとう」
息を吸い込むと、サウナを一層熱くしたような空気が肺に入ってくる。
階下が火の海なせいか、床もすごく熱いし。長時間の滞在は危険だ。
「おーい! 助けに来たよ!」
力の限り叫ぶも、反応はない。
……少し前までこの部屋にいたはずなんだけど。
「……別の部屋に行ったのかな」
目の前の扉を蹴破ると、煙が一気に室内に入り込んできた。
その先に目を凝らす。長い廊下の左右に、無数の部屋が並んでいた。
どうやらこの建物は宿屋らしい。
『これだけ煙が充満してるし、別の部屋に行った可能性は低いと思うよ。それに、一度でも扉を開けたのなら、この部屋にも煙が入ってきてるはずだし』
朱音さんの言葉を受け、俺は扉を閉じる。そうなると、子どもはどこに行ってしまったのだろう。
『小さい子は怖いことがあると、安心感を求めようと狭いところに入りたがるものなの。たとえば……ベッドの下とか』
続けてそう言われ、俺はベッドの下を覗き込む。
「……いた!」
そこには、床とベッドの間にうずくまり、ぐったりしている男の子の姿があった。見た感じ、4歳くらいかな。
「ねぇキミ、大丈夫!?」
声をかけるも、全く反応がない。息はしているので、生きてはいるみたいだけど。
『きっと、熱でやられちゃったんだね。水を飲ませて、涼しい場所で休ませてあげればきっと大丈夫』
朱音さんのそんな言葉を聞きながら、俺は男の子をベッドの下から助け出し、抱きかかえる。
「それにしても朱音さん、この子がベッドの下にいるって、よくわかったね」
『……わたしが、そうだったから』
そんな消え入りそうな声が聞こえた直後、建物が大きく揺れた。そろそろ限界が近いみたいだ。
「……こうなったら長居は無用だね。早く脱出しよう」
俺は男の子をしっかりと抱きかかえたまま、目の前の窓から外に飛び出す。
僅かな滞空時間のあとに地面に降り立つと、たくさんの歓声が聞こえた。
それと時を同じくして、俺たちがいた建物は轟音とともに焼け崩れてしまった。
本当に間一髪だった。
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