第5話『ニラードの街を目指して』
ルーケン村の事件の翌日。俺たちはニラードの街を目指して移動していた。
「以前ここを通った時は、街道を延々歩いたんだよね。乗り物って偉大だ」
カナンさんがティックと呼ぶ魔獣の背中に揺られながら、俺たちは街道を進む。
四人も乗っているのでその歩みは遅いけど、歩くことを考えたら断然楽だった。すごいぞティック。
「ところでカナンっち、この子もいいんだけど……黒竜ちゃんでぱーっと次の街まで飛んでいけなかったの?」
その時、
心なしか、ティックの歩みがさらに遅くなった気がする。
「ノア様、よく考えてくださいまし。ファニーだって、毎日こき使われたら疲れてしまいますわ。休養も必要なんですの」
「そーいうもんなの?」
「そういうものです。それに、ティックも次は自分がわたくしたちの役に立ちたいと言っていました。召喚獣はパートナーなのですから、信頼関係が大事なのです」
そう言いながら、カナンさんは魔獣の背を優しく撫でた。
「そうだよ希空ちゃん、この子だって、頑張ってるんだから」
珍しく
「な、なんか朱音ちゃんが怖い。あたし、何か失言した?」
「いや、そこで俺を見られても困るけど」
困惑顔の希空を軽くあしらって、俺は朱音さんを見る。
ティックはトラとクマを混ぜたような見た目だし、お気に入りだったりするのかな。朱音さん、クマ好きっぽいし。
……その後も歩みを進めた俺たちは、やがて街道を隔てる巨大な川の前へとたどり着いた。
この川は本来、渡し船があるはずなんだけど……船着き場らしい建物はあるものの、そこに船の姿はなかった。おそらく、向こう岸に行っているのだろう。
以前この川を渡った時は俺と朱音さんだけだったから、合体スキルの身体能力で強行突破したけど……今回はカナンさんや希空も一緒だ。これは船を待ったほうがよさそうだ。
「ちょうどお昼だし、ご飯でも食べながらゆっくり待とうよ」
そんなことを考えていると、朱音さんがそう言って薪を拾い始めた。
俺も彼女に倣って巻きを集め、いつもの調子で火を起こす。
「おお、とーやすごい。おじさんとのキャンプ、役に立ってるじゃん」
その様子を見た希空が感心したような声を出す。
「そ、そりゃ、毎回やらされてたからね。火がつかないと食事もできなかったし、必死にもなるよ」
どこか恥ずかしい気持ちになりながら、俺は生まれたばかりの火を大きくしていく。
「ティックもお疲れ様。ほら、たーんとおあがりなさいな」
その俺の隣で、カナンさんがティックにエサをあげていた。
氷を噛み砕くような、ガリガリという音が周囲に響いている。
「……少し気になったんだけど、ティックって何食べてるの?」
「これですわ」
カナンさんが見せてくれたのは、5センチほどの紅い宝石だった。
「魔力石という鉱石があるのですが、召喚獣は総じてこれを食べるのです」
「ふーん、ペットフードみたいなものかぁ。ところでとーや、肝心のあたしたちのご飯はどうするの? 魚でも釣る?」
一緒になってその宝石を見ていた希空が言い、俺を見ながら釣り竿を振るような動きをする。
「釣り道具なんて持ってないよ……ちょっと待ってて。火が落ち着いたら、アイテム収納庫から食材取り出すから」
「アイテム収納庫?」
俺の言葉に、希空は目をパチクリさせる。そういえば見せたことなかった気がする。
その後、収納庫から取り出した食材を使って、朱音さんが昼食を作ってくれた。
「おいしー。朱音ちゃん、料理もできるんだ」
「た、大した事ないよ。料理って言っても、今回は用意した食材を煮込んだだけだし。パンは王都で買ったやつだよ」
「
言いながら、希空はスープを口に運ぶ。
ジャガイモに似たモルゲの実をメインにしたスープは、どこか懐かしい素朴な味わいだった。
ちなみに、アイテム収納庫の性能を目の当たりにした希空は『まさかの異世界で冷蔵庫! いや、それ以上かも!』と、大喜びだった。
まだまだ内容量には余裕があるけど、何を入れさせられるんだろうか。
「と、ところで希空ちゃんって、料理は……?」
「んー、あたしは、そのー」
「……目玉焼きを炭にするレベル」
「言うなぁー! あの時はたまたま失敗したの!」
言いにくそうにしていたので、代わりに俺が答えてやる。希空は頭を抱え、悶えていた。
「そ、そうなんだ。そういう時もあるよね」
「そうそう。たまたまなの」
「たまたま、歯ごたえ抜群の黒いホットケーキを作ってくれたこともあったような」
「ザクザク食感でよかったろ!」
「食感だけね……味は最悪だったけど」
ふわふわなパンを口に運びながら、当時の記憶を思い起こす。やっぱり、パンはこうでないと。
「むむむ……朱音ちゃん、今度料理教えて。いつか目にもの見せてやる……はむっ」
怒りに任せて、希空はパンを頬張る。直後、盛大にむせていた。
……そんな俺たちのやりとりを、カナンさんはクスクスと笑いながら見ていた。
「ところで船、戻ってきませんね」
そして川のほうを見ながら、思い出したように続けた。
「げほごほ……この川、そこまで急流ってわけでもなさそうだけど。ティックちゃんの背中に乗って、渡れないの?」
「ティックは水が苦手なのです」
「わかるよ。わたしも水怖い。泳げないし」
その会話を聞いた朱音さんが、うんうんと頷いていた。そういえば、そんなこと言っていたような。
「あれ、朱音ちゃん、泳げないんだ?」
「じ、実はそうなの」
「じゃあ、料理を教えてくれる代わりに、あたしが泳ぎ教えてあげる!」
「ええっ、それは悪いよ」
「いーのいーの、あたし、こう見えて元水泳部だから。教えるのも得意なの」
「この世界は水着もないけど、聖女の川流れにならないようにね……」
「着衣泳だって経験ありますぅー。そう言うとーやは泳げるの?」
「もちろん。俺、川泳ぎ得意だからさ」
「あー、それもおじさんとのキャンプ?」
「そう。川泳ぎと川釣りはデフォだったからさ」
「おー、経験生きてるねぇ」
からからと笑う希空を見ていると、ある考えが頭をよぎる。
渡し船を使うとかなりの金額を取られるという話だし、残るカナンさんが泳げるのなら、川幅の狭い場所を探して自力で渡ってもいいかもしれない。
泳げない朱音さんに至っては、また俺と合体すればいいしさ。
「ところで、カナンさんって泳げるの?」
「教養のひとつとして、王家に伝わる伝統泳法を習ってはいますが……実際に泳いだことはありませんわ」
期待を込めて尋ねてみると、カナンさんは川面に視線を送りながら不安げな顔をする。
「伝統泳法……カナンっち、それってどんな泳ぎ方なの?」
元水泳部の
「その、水の中に入りましたら、まず、腰をかがめまして……それから、手をこう……」
「あー……」
カナンさんの動きを見た限り、伝統泳法は犬かきのようだった。
「……船、待ったほうが良さそうだね」
さすが獣人族の伝統泳法……なんて考えつつ、俺たちは船を待つことにしたのだった。
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