第6話『ラブコメ展開、再び?』


「ぼったくりだぁぁ!」


 それから数時間後。ようやくやってきた渡し船の料金を聞いた希空のあが、対岸に届きそうな声量で叫んだ。


「一人800イング。四人で3200イングだね。悪いけど、団体割引はないよ」

「800イングって、王都の宿屋に余裕で泊まれる金額じゃん!」

「嫌ならいいよ。泳いで渡れば?」

「あああ、すみません。支払います。払いますから乗せてください!」


 反対岸に向かって船を漕ぎ始めた船頭さんに、俺は慌てて声をかける。

 今更船に乗らない選択肢はないし、多少は下手したてに出るしかなかった。




 その後、俺たちを乗せた船はゆっくりと川岸を離れ、移動を始めた。

 本当に小さな船で、船頭さんを合わせて五人が乗り込むと、ほとんど身動きが取れなかった。


「……わっ」


 川の流れに緩急があるのか、時折船が揺れる。

 そのたびに背後の朱音あかねさんが俺に抱きついてきて、背中に柔らかいものが当たる。

 もし口にしようものなら大変なことになりそうなので、俺は全力でスルーしていた。


「むむむ……聖女と勇者を乗せる名誉ある仕事だぞ……足元見やがってぇ」

「ノア様、そういうセリフはご本人に聞こえないように言ってくださいまし」


 わなわなと震えながら毒づく希空を、カナンさんがたしなめていた。

 希空ってば、まだ言ってるよ……。


 ◇


 色々とあったものの無事に対岸にたどり着き、そこから再びティックの背に揺られてニラードの街へ向かう。

 ティックの頑張りもあって、なんとか日が落ちる前に街へと到着した。


「さすがに今日は移動で疲れたし、グリッドさんを探すのは明日にして、宿で休もうか」

「うん、そうだね」

「さんせーい」


 皆の同意を取り付けたあと、俺は以前利用した宿屋へと向かう。

 亭主さんに四人であると伝えたところ、一部屋だけ空いているとのことだった。

 ……時間も時間だし仕方ないのだろうけど、なんか以前も似たような状況になったような。


「その部屋、ベッドが一つしかなかったりします?」

「いいや、三つあるよ」


 気になって尋ねてみると、そんな言葉が返ってきた。

 それなら、以前のようなことにはならないだろう。ベッドが三つしかないといっても、さすがにソファの一つくらい置かれているだろうし。


「じゃあ、その部屋に泊まらせてください」

「あいよ。四人で400イングね」


 その場で宿帳に記入すると、俺たちは夕食をとるため、部屋を確認することなく宿屋をあとにした。




 それから、俺たちは宿近くの酒場で夕食を済ます。

 宿にも食堂は併設されていたけど、どうやら朝と昼しかやっていないようだった。


「……おい、聞いたか? ルーケン村の噂」

「ああ。馬を飛ばしてきた奴からな。なんでも、勇者を名乗る男が暴れたそうじゃないか」

「いくらなんでも偽物だろ……それか、魔王の部下が化けてたとかさ」

「さぁねぇ……なんにしても、恐ろしい話だぜ」


 食事を終えて一息ついていると、近くのテーブルからそんな会話が聞こえてくる。

 あの村は商人も多数出入りしているし、この街まで噂が広まっていても不思議はなかった。


「まったく、困ったものですわ。勇者様の妙な噂を流さないでほしいものです」


 勇者オタクとして許せないのか、カナンさんは明らかに不機嫌そうな顔で言う。


「食後の楽しい時間が台無しですわ。ビスケッタでも買って帰りましょう」


 できるだけこの場にいたくなかったのだろうか。カナンさんはそう言って立ち上がると、さっさと会計を済ませて酒場を出ていってしまった。

 ……そんな彼女について宿屋に戻り、あてがわれた部屋に足を踏み入れた瞬間。俺は言葉を失う。

 亭主さんが言っていたように、部屋にベッドは確かに三つあった。

 けれど、そのどれもが小さいのだ。

 以前宿泊した時のような、大きめのベッドを想像していたのだけど……これはどう見ても一人用だ。

 そして例によって、ベッド代わりになるソファなんて置かれていない。

 というか、部屋自体がものすごく狭い。一人用の部屋にベッドを無理矢理詰め込んだような、そんな間取りだ。

 ……最後まで空いている部屋には、それなりの理由があるわけだ。


「そーだなー。あたしとカナンっち、もう一つに朱音ちゃんで……」


 俺が頭を抱える一方、一足先に部屋に入っていた希空は、すでにベッドの割当をしていた。

 当然、女性陣が優先だろう。


「これは……また俺が外かな」


 誰にともなく呟いて、棚に置かれていたブランケットを手にする。


「そういうことになるねー。とーや、ごめん」


 その意図を察した希空が平謝りする中、俺は扉に向かう。


「お待ちくださいまし」


 その時、カナンさんが声をかけてきた。


「え、どうしたの?」

「最近、トウヤ様ばかりが損をしている気がします。勇者様なのですから、もっと堂々となさってください」

「いや、そう言われても……」


 俺以外は全員女性なのだし、どうしても気を遣ってしまう。


「せっかくなので、誰がベッドを使うかゲームで決めませんか」


 続けて、カナンさんが胸の前で両手を合わせながら言った。


「ゲームぅ?」

「はい。先程買ったこのお菓子を使うのです」


 いぶかしげな顔をする希空に対して、カナンさんは細いスティック上のお菓子を取り出す。

 チェロスより細く、プレッツェルより太い棒状のビスケットで、あの白い粉は砂糖かな。


「このお菓子の端っこをお互いに咥えまして、口の力だけで折るのです。その長さが長いほうが勝者という、この国伝統の儀式です」

「伝統の儀式」


 俺と朱音さんの声が重なった。


「はい。その歴史は古く、500年前の文献にはすでに男女問わずこの儀式を行っていたという記録が」

「男女問わず」


 再び俺たちの声が重なった。

 伝統の儀式だかなんだか知らないけど、俺に言わせればただのポッキーゲームだ。さすがにそれは勘弁願いたい。


「別に気にしないでいいよ。俺は外で寝るから。それじゃ」

「ヘイ、待ちな、とーやさん」


 右手を上げ、できるだけ爽やかにこの場を立ち去ろうとすると、突然割り込んできた聖女様に行く手を塞がれた。


「面白そうじゃん。やったらいいよ。あれ、スリル満点だし」

「もしかして、ノア様はこのゲームをやったことがあるのですか?」

「王様ゲームで一回だけねー。女子とだけど」


 笑顔を崩さずに言う。希空は陽キャの権化のような存在だし、陰キャにとっては無縁のパーティーゲームにも率先して参加するのだろう。


「ノア様たちの世界にも、似たような儀式があるのですね。なんだか急に親近感が湧きましたわ」

「うんうん。とーや、これはカナンっちとシンボクを深めるチャンスだね」


 わざとらしく瞳を輝かせ、希空が言うも……そのセリフは棒読みだった。

 着々と退路を塞いでいくなんて……今のお前は聖女じゃない。悪女だ。


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