第7話『まさかのポッキーゲーム』
「それでそれで、どんなルールでやるのー?」
「この儀式は一対一での勝負で、ビスケッタの両端をお互いの口に咥え、食べていくのです。最終的に、相手より多くのビスケッタを得たものが勝者ですわ」
その体を左右に揺らしながら、心底楽しそうに
「食べながら途中で折ってしまう戦術もありますが、どこで折れるかわかりませんので、運任せの勝負となります。一応、おおよその中央がわかるように目印がついていますので、まずはここを目指して食べ進むことになりますね」
カナンさんの言う通り、ビスケッタのちょうど真ん中あたりに焼き目がつけてあった。
儀式用のお菓子……ということはわかったけど、やってることはまんまポッキーゲームだ。
「トウヤ様のために行うのですから、今回の
「あの、主賓って?」
「主催者のようなものですわ。主催者には優位性があって、このゲームの場合、わたくしたち三人に対して一勝でもできれば、ベッドを専有できます」
なるほど。損ばかりしている俺に対しての優遇措置ということらしい。
……そのおかげで、俺は皆と一回ずつポッキーゲームをする羽目になったけど。
「もし負けたら、わたしたちのうちの誰かが外で寝ることになるの?」
「そういうことです。なので、アカネ様も手を抜いたりしないでくださいまし」
笑顔で言われ、俺は困惑する。俺が全敗しない限り、女性陣の誰かが外で寝ることになるなんて。
「……俺、やっぱり外で寝るよ。ベッドは三人で使っ……」
「ええい、ここまで来て逃げるな! 男見せんかい!」
悪夢のようなルールに絶望し、再び扉に向かおうとするも……希空に強引に引き戻された。
ものすごい力だ。こいつ、身体能力強化魔法使ってるな。
「そうですわ。せっかくですし、経験がおありの聖女様が先陣を切ってくださいまし」
「へっ?」
直後にカナンさんから言われ、希空は面食らったような声を上げた。
「い、いいでしょう。聖女のあたしが、お手本を見せてしんじぇよう」
希空は明らかに動揺していた。手にしたビスケッタが、小刻みに震えている。
「聖女様、墓穴を掘ったね」
「うっさい。さっさと咥えんかい」
「むがっ」
口を開いたところに、ビスケッタを突っ込まれた。予想よりしっかり焼いてあって、硬いお菓子だった。
「なん……あたしが……こんな目に……」
希空は何か言いながらビスケッタの反対を咥えていたけど、よく聞き取れなかった。
直後に、必然的に希空と目が合う。
当然のことながら、近い。近すぎる。
「それでは、どちらも頑張ってくださいまし。始め!」
そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、カナンさんはゲームの開始を宣言する。
……これは儀式だ。決してポッキーゲームじゃない。この世界の、伝統的な儀式なんだ。
必死に自分へ言い聞かせるも、そうしたところで恥ずかしさが消えるわけもなく、希空の顔も直視できない。
思わず視線をそらすと、変わらず笑顔のカナンさんと、口元を隠して耳まで赤くした
「……スキあり!」
次の瞬間、目の前の希空が猛烈な勢いでビスケッタを食べ進めていく。
あれよあれよという間に中央の目印である焼き目まで到達すると、勝ち誇った表情で顔を横に振った。
……直後に、ぱきっと音がして、俺の口元でビスケッタが折れる。
「あ」
「あたしの勝ち。これが経験者と陰キャの実力の差だよ。とーやくん」
直前に食べられていた部分も含めて、七割方持っていかれた。完敗だった。
「とーや、完全に固まってたけど、まさか、最後まで来ると思った?」
「いや、その」
「……朱音ちゃんがいるのにするわけないだろ、ばーか」
俺にしか聞こえない小声で言って、希空は離れていった。
「さて、次はわたくしの番ですわね! トウヤ様、負けませんわよー」
一戦目の余韻が消えないうちに、カナンさんとの勝負が始まった。
……はむはむはむはむ。
希空の合図とともに、カナンさんは高速でビスケッタをかじっていく。
その様子は、さながらリスを連想させた。
それこそ、妙に意識しているのは俺たちだけで、彼女にとっては儀式の一環なのだろう。むしろ楽しんでいるようにすら思えた。
「勝負ありー。とーや、少しは戦いなよー」
そうこうしているうちに、ビスケッタの半分以上をカナンさんに食べられてしまった。
これで二連敗。残るは朱音さんだけど……。
「アカネ様、頑張ってくださいまし!」
ぶんぶんぶんぶん。
カナンさんは満面の笑みでビスケッタを朱音さんに差し出すも、当の本人は顔面蒼白。全力で首を横に振っていた。
「ほらほら、あたしもカナンっちもやったんだから、朱音ちゃんだけ逃げるなんて許さないよー」
今にも逃げ出してしまいそうな朱音さんを、希空が背後から羽交い締めにする。
そして俺のほうへ、ぐいぐいと押し出していく。
全然抵抗できていないし、希空のやつ、身体能力強化魔法を使っているのだろう。
「お、お手柔らかにお願いします……」
やがて観念したのか、朱音さんは消え入りそうな声で言い、ビスケッタを咥えた。
こ、こちらこそ……なんて意味不明な返事をしたあと、俺もその反対側を咥える。
「それでは……最終戦、始め!」
カナンさんの明るい声が室内に響き渡るも……俺たちは互いに動かない。
これまでの二人は積極的に攻めてきたけど、朱音さんがそんなことするとは思えない。
かといって、俺から攻めていくのも……俺が勝ってしまうと、朱音さんが外で寝る羽目になるし。
脳内で色々考えるも、二人見つめ合ったままの状況は変わらない。
彼女の色の違う双眼は大きく見開かれ、明らかに潤んでいた。
その時、朱音さんの口元がわずかに動き、サクッと軽い音がした。
「……もう無理ぃ」
続けて、朱音さんは耳から蒸気でも出しそうな勢いで顔を赤らめると、のぼせたようにバランスを崩す。
「ちょ、ちょっと朱音ちゃん、大丈夫!?」
近くにいた希空が慌てて支えるも、その拍子にビスケッタが折れてしまう。
最終的に、その八割ほどが朱音さんのほうへ行ってしまった。
「あらら……これは、勝負ありですわね。トウヤ様、残念ですわ……」
倒れてしまった朱音さんを横目に見ながらも、カナンさんは冷静に判断を下す。
……結局、俺は三連敗。外で寝ることが決まってしまった。
「もしかして、手加減をしてくださったのでしょうか。さすが勇者様ですわ」
一旦放置していたブランケットを拾い上げていると、背後からそんな声が聞こえた。
褒めてくれているところ悪いけど、決してそんなことはない。
……単に恥ずかしすぎて、動けなかっただけから。
心の中で呟いたあと、俺はどこか晴れ晴れとした気分で外へと向かったのだった。
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