第8話『初仕事』
その翌日、宿屋に併設された食堂で朝食をとっていると、グリッドさんがやってきた。
「よーう、お前ら、少しは休めたか?」
「ええ、なんとか」
「そう言う割には、トウヤは目の下にクマができてるぞ?」
「き、気のせいです」
俺たちと同じテーブルについた彼は、笑いながら自身の目元を指差していた。
結局、昨日はほとんど眠れなかった。何度か寝落ちしそうなタイミングもあったけど、そのたびに
すごく嬉しそうな声で『クマさん、はうっ……』って聞こえたけど、どんな夢見てたんだろう。
「二人とも、メシ食いながら聞いてくれ。仕事の話だ」
そんな俺の心中など知る由もなく、グリッドさんは二枚の書類を見せてくる。
「冒険者ギルドから依頼を取ってきたぜ。ゴブリンの討伐と、薬草採取だ。初仕事だから、比較的楽なクエストを選んできてやった」
硬めのパンを口に運びながら、俺たちはその書類に目を通す。
ゴブリンといえば、ゲーム世界では最弱を代表するような魔物だ。俺たちには合体スキルがあるし、よほど気を抜かなければ大丈夫だと思う。
「心配すんなって。所詮はゴブリンだ。森の主を倒したお前らなら問題ないさ」
無言の俺たちを見て不安がっていると思ったのか、彼はそう励ましてくれた。
「少し気になったんだけど、森の主の討伐依頼は冒険者ギルドに出てなかったの?」
並べられた依頼書に視線を送りながら、橘さんが真剣な表情で尋ねる。
彼女の口から『討伐依頼』なんて単語が出てくるなんて、昨日までは考えられなかった。
本を読むことで、この世界の知識をどんどん吸収しているのだろう。
「あー、あいつはさすがになぁ。騎士団案件だ」
「騎士団案件?」
次に、俺と橘さんの声が重なる。
「ああ、プレンティス王国の騎士団に討伐依頼を出すほどの強敵ってことだ。冒険者がいくら束になっても敵わないから、依頼なんて最初っから出ない」
「あの魔物、そんなに強い奴だったんですか……」
「そうだぞ。それを倒したんだから、お前らは自信を持て!」
昨日と同じセリフをもう一度言われ、なんともむず痒い気持ちになる。
自信を持てと言われても、俺の性格上、なかなかに難しいんだよな。
食事を済ませたあと、俺たちは依頼をこなすため、昨日と同じ森にやってきていた。
「討伐するのはゴブリンで、目標数は10体。報酬は1体につき50イング……」
その入口で、橘さんは真剣な表情で依頼内容を確認していた。
俺としてはそこまで身構えるようなクエストではないと思うんだけど、彼女は真面目な性格なんだろう。
「これ、倒した数はどうやって証明するの? 自己申告?」
「いや、ゴブリンどもは帽子を被ってるんだが、倒した証拠にその帽子を持ち帰る」
「あ、確か、ゴブリンは被っている帽子の色によって、強さが違うんだよね」
「その通りだ。アカネ、よく知ってるな」
「ほ、本に書いてたから……」
その知識を褒められ、橘さんは恥ずかしそうにうつむいていた。
「アカネは勉学が得意なんだな。俺は本なんて読んだら、あっという間に夢の中だ」
感心した声色でグリッドさんは言い、森の中へと分け入っていく。俺はその背に声をかけた。
「あの、実際に魔物と出会ってしまう前に、スキルを発動しておきたいんですが」
「お? いいぜ。昨日冒険者ギルドで使ってたアレか。じっくり見せてくれよ」
直後に彼は向き直り、熱い視線を向けてくる。
「そ、そんな期待に満ちた目をされても困りますけど……」
「で、どうやるんだ? 合体スキルっていうくらいだから、抱き合ったり、キスでもするのか?」
「しません!」
興味津々といった様子のグリッドさんに、俺と橘さんはまったく同じ返答をした。
そういえば昨日、この人は俺たちの合体シーンを見ていなかった気がする。
「俺たちのスキルはですね……」
次に手のひらにある紋章を見せ、自分たちのスキルについて簡単に説明する。
「なんだよ。手を繋ぐくらい簡単じゃねーか。早くやってみせてくれ」
話を聞いたグリッドさんはどこか残念そうに言う。
やってみせてくれと言われても……。
俺は橘さんに視線を送る。彼女もスキルの発動条件はわかっているようで、おずおずと右手を差し出してきた。
「よ、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……」
その小さな手を前に、俺は深呼吸をする。
これまでに二度、合体スキルを発動したけど……どちらも非常事態だったし。改めて女の子の手を握るとなると、ものすごく勇気が必要だった。
「ええい、はよやれ」
手を出しては引っ込め、出しては引っ込め……お互いに壊れたおもちゃのような動きを繰り返していると、グリッドさんが俺の背中を押してきた。
「あ」
その拍子に、俺たちは手を繋いでしまう。
次の瞬間、視界が緑色に染まり……気がつけば、いつもの鎧をまとった姿でその場に立っていた。
「おお、すげーな。なんだよその神々しさ。まさに勇者って感じだな」
俺たちの合体した姿をしげしげと眺めながら、グリッドさんは感心しきりだった。
「俺も、まだこの姿には慣れてないんですけどね……」
「喋ってるのはトウヤか。アカネは……その鎧や剣になってるってのか?」
「いや、そういうわけじゃなく……なんていうか、俺の中で声だけの存在になっているといいますか」
『そ、そんな感じ。体は動かないけど、
俺に続いて橘さんが説明するも、彼女の声はグリッドさんに聞こえていないようだった。
「よくわからねーが、見るからに強そうだぞ。特殊な技が使えたりするのか?」
「そ、そうですね。この剣を使った剣術の他に……魔物の索敵とかもできます」
俺は視界の端に浮かぶ半透明のマップを見る。
そこには周囲の森が表示されていて、時折うごめく赤い点がいくつも見えていた。
「はー、魔物の位置がわかるってのか。ゴブリンが近くにいるか?」
「いえ、魔物の位置はわかるんですが、どの種類の魔物がいるかはわからなくて」
「そうなのか。それでも十分便利な能力だな。魔物の反応が近づいてきたら教えてくれ」
グリッドさんはそう言うと、再び森の中へ向けて歩き出す。
俺たちも、急いでその後に続いた。
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