第10話『新たな森の主 前編』


「……ねぇ、二人とも、ちょっと来て」


 不安顔の橘さんについて茂みに入ると、やがて妙に開けた場所に出た。

「何もないけど……どうしたの?」

「なんかね、この辺りで叫び声が聞こえたの」

「叫び声?」


 俺はグリッドさんと声を重ねたあと、耳を澄ませてみる。

 ……確かに、何か声が聞こえるような。


「た、助けてくれーっ!」


 そんなことを考えた矢先、森の奥から一人の男性が飛び出してきた。その顔には見覚えがある。


「……ヨルゲン。お前、こんなところで何やってる?」


 その時、グリッドさんがその名を呼ぶ。それは先日、冒険者ギルドで先輩面をしてきたDランク冒険者だった。

 彼は何かに怯えた様子で、しきりに背後を気にしている。


「グ、グリッドの旦那! 間違ってヤツの縄張りに入っちまったんだ! 銀影ぎんえいのグラウだ!」


 彼がそう叫ぶと同時に、奥の茂みが揺れる。

 そして次の瞬間、全身白い毛に覆われた大猿が飛び出してきた。


「なっ……何故こいつがここに!?」


 俺と橘さんは思わず固まってしまうも、グリッドさんは剣を抜き放ち、目の前の魔物を威圧する。


「グオォォ……!」


 彼の眼力に気圧されたのか、大猿は警戒しながら後ずさる。


「グリッドさん、この魔物は?」

「こいつは冒険者の間で銀影のグラウと呼ばれている魔物だ。三つ首のダンテ――森の主との勢力競争に敗れて森の奥に身を潜めていたはずだが、ダンテが倒されたことで支配圏を広げたんだろう」


 ……つまり、この魔物は俺たちがケルベロスを倒した結果、ここに現れたということらしい。

 不可抗力とはいえ、俺たちにも責任がある気がした。


「あの、高木たかぎくん……」


 その時、たちばなさんも同じ考えだったのか、おずおずと右手を差し出してくる。

 俺は彼女の意思を察し、その手を掴んだ。

 直後に緑色の閃光が走り、俺と橘さんは合体する。


「へへっ、銀影だかなんだか知らないけど、ゴブリンなんかより手応えがありそうじゃん」

『……あまり、調子に乗らないでね』


 合体も四回目となると慣れてきて、ついそんなセリフが漏れる。

 その直後、ため息まじりの橘さんの声が頭に響いた。


「グリッドさん、せっかくなんで、俺たちで倒しちゃいますか?」


 俺は左手に光の盾を展開しながら、グリッドさんに尋ねる。


「急に自信満々になったな。まぁ、ダンテを倒したお前らなら、いけそうだが……」


 じりじりと間合いを詰めながら、グリッドさんは目の前の魔物を睨みつける。

 つられるように視線を送ると、奴の両手両足、首などに弱点部位を示すマークが表示されていた。


『まずは足を攻撃して動きを止めて……って感じかな』


 同じ情報が見えている橘さんが言い、俺はその旨をグリッドさんに伝える。


「それが最善だな。俺らでやる。ヨルゲンは下がってな」

「は、はいぃっ!」


 強い口調で言われ、ヨルゲンさんは四つん這いになりながら茂みの中へ隠れていく。

 それを確認して、俺とグリッドさんは同時に飛び出す。狙うは――奴の足だ。

 一気に距離を詰め、手にしたライオットソードで斬りかかるも……奴の姿はそこになかった。


「トウヤ、上だ!」


 言われて目線を上げると、奴は巨木の上にいた。なんて跳躍力だ。


「くそっ……降りてこい!」


 即座に上空へ向けて光弾――フォトン・ブレイズを撃ち放つも、大猿は軽快な身のこなしで回避していた。

 あのケルベロスと勢力を二分するだけあって、一筋縄ではいかないようだ。


『高木くん、後ろに避けて』


 言われて反射的に飛び退くと、目の前に土埃が舞う。

 どうやら大猿がジャンプ攻撃を仕掛けてきたらしく、地面が大きくえぐれていた。


「危ねっ……おらっ!」


 すかさず反撃するも、寸でのところで避けられ、奴は再び木の上に戻ってしまう。


「さすが猿……森での戦い方に慣れてやがる」


 その動きを目で追うと、大猿は俺たちを挑発するかのように巨体を揺らし、おどけて見せていた。


「あのやろっ……橘さん、攻撃のタイミングとか読めない?」

『木の枝を利用してるから無理。樹木のしなり具合は、木の種類やその日の湿度によっても違うから』


 尋ねてみるも、戸惑いの声が返ってきた。さすがの橘さんでも無理そうだ。

 それならばと、光弾で木の上を狙うも……動きが早すぎて当たらない。


『それ、威力下げて手数増やしたり、チャージできるみたいだけど』


 言われてやってみるも、手数を増やしたところで大したダメージは与えられず、チャージしたところで放つ前に逃げられていた。どうもうまくいかない。


『うーん、他にも遠距離攻撃手段があればいいんだけど。この召喚術……ってのも使えないし』


 俺も視線だけでパネルを操作し、召喚術の項目を見てみる。そこには鍵のマークがついていた。

 たぶん、召喚獣と契約しないと使えないとか、そんなのだろう。

 隣にある『送喚術』という項目も聞き覚えがない。これもゆくゆく開放されるのだろうか。


「トウヤ、奴の攻撃を受け止められるか? 一瞬でも動きを止められりゃ、なんとかなりそうなんだが」

「ど、どうかな……」

『あの盾を使えば、一度だけなら耐えられると思うよ』


 グリッドさんの問いかけに俺が考えあぐねていると、橘さんがそう教えてくれた。


「橘さん、それ本当?」

『うん。さっきの攻撃でえぐれた地面の感じから魔物のだいたいの体重を導き出して、それに落下距離を加えて計算したら、直撃しても盾へのダメージは70~85%で抑えられるはず。枝のしなりのおかげで自由落下じゃないから、かなりのブレがあるけど』

「耐えられるってことがわかっただけで十分だよ。ありがとう」


 彼女にお礼を言って、俺は左手の盾を最大出力で展開した。


 ……よし、やってやるぞ。

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