第二章 恋の三角関係! 魔王封印どころじゃない!?

第1話『新たな旅路……その前に』


 てんたちとの戦いから数日後。

 真の勇者となった俺たちは、国王陛下から魔王封印の命を受け、北の大陸へ出発する……はずだったんだけど。


「げほげほっ……うぅ……」

「た、高木たかぎくん、大丈夫……?」

「うぐぐ、頭がボーっとするよ……」


 極度の緊張状態で戦いを繰り広げたせいか、俺はその翌日から熱を出し、寝込んでいた。


「熱、まだ高いね。体温計がないから、正確な体温はわからないけど」


 たちばなさんが俺の額に手を当て、そう口にする。彼女の手が冷たくて気持ちいいと感じるあたり、かなり熱が高いのだと思う。


「とーや、体調はどうー?」


 その時、部屋の扉が勢いよく開け放たれ、希空のあがやってきた。

 直後、俺の額に乗せられていた橘さんの手が素早く引っ込められた。


「……もらった薬飲んだけど、大して効いてる感じしない」

「そりゃあ、元の世界に比べて、この世界の医療は未発達みたいだしねぇ……魔法がある世界では、何故医療はおざなりになってしまうのか」


 ため息まじりに希空が言って、その右手で俺の額に触れる。冷たく感じることに変わりはないけど、橘さんより体温が高い気がした。


「うわ、あっつ……効くかわかんないけど、聖女魔法かけたげようか?」

「例の回復魔法? お願いしていいかな……」

「任しときなさい。ふー」


 希空は大きく深呼吸をしたあと、神妙な面持ちで俺の胸のあたりに右手を添えた。


「――慈愛の神よ。聖女の名において、この者の傷を癒せ! うりゃあ!」


 いかにもな呪文詠唱のあと、希空は気合を入れる。直後、俺の体を淡い緑色の光が包み込んだ。


「……どう?」

「……げほっ、ごほっ」

「やっぱ無理かー」


 俺が咳き込むのを見て、希空は脱力しながらベッド脇のソファに座り込む。


ひいらぎさんの魔法でも無理なんだね」

「んー、中には治せる病気もあるみたいなんだけど、風邪は無理みたい。使えないなぁ」


 橘さんの言葉に、希空は天井を見上げながらぼやく。

 ちなみに、今の橘さんは前髪をヘアピンで留めていて、常にオッドアイを晒している。

 彼女の中で、何かが変わっているようだった。


「トウヤ様、お加減はいかがですか?」


 やがて控えめなノックのあと、カナンさんが顔を覗かせる。

 今日は何か行事でもあったのか、彼女はドレス姿だった。そのウェーブのかかった金髪は編み込まれ、アップになっている。


「どうにもこうにも、熱が下がらなくて」

「それは大変ですね。お薬は飲まれました?」

「一応……ものすごく苦かったけど」


 枕元の台に置かれた水差しに視線を送りながら言うも、上品な笑い声とともに「トウヤ様、甘いお薬なんてありませんよ」なんて言葉が返ってきた。


「あたしの回復魔法も効果ないし。やっぱ疲れが出たんじゃない?」

「そうかもね……皆には悪いけど、もう少し休ませてもらうよ」


 俺は小さく息を吐いて、天井を見る。

 それにしても、三人の美少女に看病されるなんて、まるでラブコメの主人公みたいだ……。

 ……熱があるせいか、妙なことを考えてしまう。


「……ふと思い出したのですが、乙女のキスで病が治る……なんて話があります」

「キ、キス!?」

「ほう、キスとな」

「はい。古い言い伝えのようなものですけど、勇者様と聖女様なら、あるいは……」


 カナンさん、真顔で何言ってるの。希空、めっちゃ笑顔だし。橘さん、固まっちゃってるし。


「よし、まずは勇者同士でやってみよう。朱音あかねちゃん、レッツチャレンジ」

「ええええ」


 言うが早いか、希空は橘さんの背後に回り込むと、その両肩をがっしりと掴んだ。

 いやー、仲良くなってるようで何より……というか、俺に拒否権はないのかな。

 熱に浮かされながらそんなことを考えたものの、結局乙女のキスは実施されなかった。

 ……安心したような、残念なような、複雑な心境だった。


 ◇


 それからさらに数日が経過し、俺の風邪はようやく完治した。


「最後の最後で、ご迷惑をおかけしました」

「気にするでない。達者でな」


 謁見の間で国王陛下に最後の挨拶をし、俺たちは城をあとにする。


「それでは、参りましょうか」


 旅立つ俺たちを、カナンさんが先導する。どうやら見送りしてくれるようだ。

 ゆっくりと城門を抜けて、真っ白い石畳を歩いていく。

 様々な種族が行き交うこの国の光景も、すっかり見慣れてしまっていた。

 だんだんと近づいてくる正門を見ながら、俺は今後のことを考える。

 国王陛下によると、魔王が封印されているのは北の大陸で、俺たちはまずそこを目指すことになる。

 その封印が解ける前にたどり着ければ御の字。仮に封印が解けていても、目覚めたばかりの魔王なら再封印するのも容易らしい。

 なにより問題なのは、北の大陸へ行く方法だ。

 広大な海が邪魔をして、プレンティス王国から北の大陸へ直接渡るルートは存在せず、オルティス帝国のある西の大陸を経由しなければならないらしい。

 それなら一度ニラードの街に戻って、グリッドさんに海路について聞いたほうがよさそうだ。

 会話ログを見た限り、グリッドさんには船乗りの友人がいるそうだし。

 ……そんなことを考えていると、いつしか正門を過ぎていた。

 前方のカナンさんに視線を送るも、彼女が立ち止まる気配はない。


「あの、カナンさん、見送りはここまででいいよ。王都から離れすぎても悪いしさ」

「……何をおっしゃっているのですか? 皆さんの旅に、わたくしも同行するのですけど」


 振り返った彼女は満面の笑みを浮かべ、当たり前のような顔で言った。


「え、カナンさんもついてくるの?」

「当然です。勇者様と聖女様の旅、姫巫女として見届けねばなりません!」


 カナンさんは胸の前で握りこぶしを作りながら言い、鼻息を荒くしていた。

 姫巫女として……じゃなく、勇者オタクとして、じゃないの……なんて言葉が喉元まで出かかるも、俺は必死にそれを飲み込んだ。


「でも、国王陛下も心配するんじゃ……?」

「この数日で、しっかりと説得しましたわ! 本当に大丈夫ですのよ?」


 そうは言うものの、実際は強引に押し切ったのかもしれない。この人、かなり行動力のある人だしさ。


「わたくし、こう見えて自分の身は自分で守れますし。ファニーの力を借りれば、皆さんの旅もずいぶん楽になると思いますけど」


 そう言いながら、どこからか紫色の宝石を取り出す。


「カナンっち、それは何?」

「ファニーの召喚石ですわ。この子に乗れば、あの山だってひとっ飛びですの」


 希空が問うと、国の周囲を覆う山々を見やりながらカナンさんは言う。


「皆様、離れていてくださいまし」


 そう言うとすぐ、カナンさんは手にしていた宝石を頭上に掲げる。

 光を放って空中に浮遊したそれは、やがて巨大な魔法陣を生み出す。

 ややあって、そこから見覚えのある黒竜が姿を現した。


「うわあ、なにこのドラゴン」


 初めてその姿を目にした希空は目を丸くし、橘さんはへっぴり腰になっていた。

 こんな近くでドラゴンを見たことないし、俺も少し怖かった。


「この子はわたくしの召喚獣で、ファーニヴル竜のファニーですわ。ほら、聖女様と勇者様にご挨拶なさって」


 見た目も巨大な竜の首元を、カナンさんは慣れた様子でさする。彼女の言葉に従うように、ファニーと呼ばれた黒竜は頭を下げた。


「それでは、子のこの背中に乗ってくださいませ。少し狭いですが、力が強い子なので四人乗っても大丈夫です」


 言うが早いか、カナンさんはするするとその首を登っていく。


「ほら、早くしてくださいまし。それとも、またあの山を徒歩で越えられますか?」


 俺たちが躊躇ちゅうちょしていると、カナンさんがどこか焦ったように言う。


「姫様ー! 城にお戻りくださーい!」


 ……その時、正門のほうから数人の騎士が走って来るのが見えた。


「げ、もう気づかれてしまいましたか。うまく出し抜いたと思いましたのに」


 ……何か、王族らしからぬ発言が聞こえた気がした。

 大方、『お父様、最後にお見送りだけ……』とかなんとか言って抜け出してきたんだろうなぁ。


「トウヤ様たち、早く乗ってください! 逃げ……出発しますよ!」


 すごい剣幕のカナンさんに気圧されるように、俺たちは黒竜へと乗り込む。

 最後に橘さんがその背に乗った直後、黒竜は翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。


「わ、わわわ」

「おおおおー、下手な絶叫マシンより怖いぃ!」


 そんな声とともに、両腕にとても柔らかいものを感じた。

 見ると、希空と橘さんが左右から俺に抱きついていた。

 黒竜の動きは不規則だし、何かに掴まりたくなる気持ちもわかるけど……これはこれで、反応に困る。


「まずはあの山を超えましょう! ルーケン村まで行けば、ひとまず安心ですわ!」


 そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、カナンさんは意気揚々と黒竜に指示を出す。


 ――俺たちの旅が、また始まる。

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