第17話 いざ尋常に月札勝負



「秋ちゃん、何したかわかってるの」



 御化はじんわりと怒りを滲ませ秋を問い詰めた。だが、秋は頑なに態度を変えなかった。

 ひたすらに真っ直ぐにこちらを見据る。その姿は幼子のはずなのに、どこか大人びた表情に見えた。


 ただ、玄を視界に捉えると、少し動揺したらしい。彼女の瞳が動揺したように揺れる。



「…なんで玄くんがここに」


「君を追ってきたんだよ、危ないからって。」



 御化にそう言われ、秋は複雑な顔で俯く。

 だが、再び顔を上げた時には、はっきりと言葉を御化に対して口にした。



「玄くんありがとう、心配してくれて…そして、御化ちゃん、私は自分が間違ったことをしたとは思っていないよ」



 きっぱりと言い放った秋に御化はさらに顔を歪め眉間に皺を寄せた。



「…そんな顔をするくらいなら、もう一回月札勝負する?」



 秋が余裕そうに微笑み御化にそう問いかける。御化は秋のその言葉に嘲笑するようにハッと笑った。



「そこまで言うならしてやろうじゃん!!てか、昼間に人形燃やしたこととか、さっき容赦なくボコしてきたこと許してないしぃ?」



 御化は玄に人間くん下がって、結界で守っとくからと言い、玄を後ろに下がらせ、そのときに、御化は玄にそっとあることを耳打ちをした。



「多分勝てないから、いざとなったら人間くんだけでも逃げて久遠さん呼んで、本気で秋ちゃんが暴れたら久遠さんでもやばいから」



 玄はそう言われた瞬間、御化さんはどうなるんだ、という言葉を言おうとしたが、御化はすぐに秋のもとへ行ってしまった。


 対峙する秋と御化。


 玄はその様子をハラハラしながら見ていた。





「人間くんに結界貼ってきたよぉん?

 秋ちゃんは力加減苦手だもんねぇ?」



 まず口を開いたのは御化だった。

 煽るように秋にそういうと、秋は不機嫌そうに顔を歪める。



「ムカツクこと言うよね…」



 秋はそうこぼすと、キッと御化を睨み、

 月札の口上を叫んだ。



「月札の規則を誓い勝負することを宣言する!」



 秋が叫んで一拍後、御化もすぐに同じ言葉を叫んだ。

 2人が叫び終わると同時に、バリアのようなものが2人の体を覆った。

 あれが御化の言っていた月札の結界なのだろうと玄は思い至る。


 結界が貼られると同時に、2人のすぐ近くに札が積まれた山札が浮く。そこから8枚、2人の目の前に差し出された。


 玄は御化の後ろにいたので、彼女の手札が全て見えていた。

 御化の手札は白5枚の赤1枚、黄色2枚だった。


 …手札が見えたとしても、それが悪いのか良いのか玄にはさっぱりわからなかったが。


 札の準備が終わり、

 まず攻撃を先に仕掛けたのは秋だった。



「赤札【大天狗のうちわ】」



 秋がそういうと、秋の手元から札が一枚消えて山札から1枚引かれた。

 すると秋の手元に赤い団扇が現れ、秋はその団扇を手に取ると、思いっきり御化に向かって扇ぐ。

 その瞬間とんでもない竜巻が発生し、竜巻は御化を囲い込むと、そのまま空中へ御化を吹き飛ばしてしまった。

 御化は済んでのところで己の浮遊能力で遠くまで吹き飛ばされるのを防いだ。



「っ御化さん!!!」



 玄が叫ぶも竜巻の音にかき消されてしまう。

 周りの木々が轟々と音を立てて揺れる。

 玄は驚いた、秋が炎以外の何かしらの力を使うことができるのを。


 その頃、飛ばされた御化はべきべきと音を立てる己の結界と秋の先手必勝とも言えるやり方に顔を引き攣らせた。


「っ!?、最初から技アリの赤札使うとかイカれてるわぁ、しかも最悪なのが風…、このタイミングなら炎の方がまだマシなんだけどほんと…


 はぁ、まぁいいや、そっちがその気なら、


 赤札【仙人のくちづけ】」



 御化の手札が消費される。

 すると、御化の結界はヒビなんて最初からなかった言うふうにピカピカになった。

 対して秋の結界がボロボロになる。



「!、損傷の入れ替え…、威力の強い炎を使わなくて正解だった…、


 白札、白札、黄札」



 秋は何をされたかを瞬時に察し、すぐに反撃に出た。

 秋の周囲に火の玉や木の葉が出現したかと思うと、すぐさま御化の方へと猛スピードで飛ぶ。


 御化はそれを必死で避ける、が、秋に避けた先を予測され、黄札で発現した火矢を放たれ結局、結界が傷つくことになった。



「白札、白札、白札!」


 御化も負けじとお札を秋に対して散らすが、秋はひらり、ひらりと避けていく



「あかふ、」


「黄札!」



 秋が二度目の赤札を唱えようとした瞬間、させるかと言わんばかりに御化が先手をとる。

 どうやら御化が唱えた黄札の効果は身体拘束のものらしく、秋はそこから一歩も動けなくなってしまった。


 秋が不愉快そうな顔をすると、御化は得意気にニヤリと笑った。



「絵月札、【機運の舞、凶福招来】!」


「!!」



 御化がそう叫んだ瞬間、御化の足元に巨大な陣が現れた。

 その陣は二つの異なる陣が重なっており、次第にぐるぐると回り始めた。



「邪を招き、福を歓迎す」



 回り始めた陣からは色とりどりの札が発生し、空高く飛ぶ。まるで蝶の舞を見ているかのような光景だと玄は思った。


 膨大な数の札が全て空高くまで飛んだかと思うと、ものすごい勢いで秋に向かって急降下し始めた。

 動くことのできない秋は他の人が見れば誰しももう負けだろうという状況だ。


 しかし、秋は迫り来る札の大群を見据えると、



「赤札【日輪の鳥】、青札」



 そう言い放った。

 すると、秋の背中から真っ赤な炎の翼が生えてきた。その大きな翼を彼女は瞬かせ、炎の羽をお札たちに向かって散らした。


 だがもちろん、それだけでは膨大な札を燃やすことはできない。


 そこで秋が使ったのが青札だった。

 青札を使い、風を起こし、火の粉の範囲を広げる。

 あっという間に火の粉のは広がり、お札の半数は灰となり消えた。



 だがまだ半分は残っていた。



「全て燃やしたと思ったのに…、やっぱ赤札じゃこれが限界か」


「ハハッ、『根本的な相性』による問題がここで来るとか自分運良すぎじゃね?、キタコレ」



 御化の絵月札、【機運の舞、凶福招来】は、

 対人外特攻の凶札と、凶札に比べ、攻撃力は劣るが、命中率は高い福札の二つを使う。


 秋が燃やすこと出来たのは凶札のみだった。



「福を招くから、赤札程度の君の炎じゃ燃えない、しかも君の『種族』なら福を燃やすなんてことは、尚更難しい」



 夥しい数の札が、秋に襲いかかる。

 そんな絶体絶命の状況なのに、秋は口元に弧を描いた。


 紅葉色の瞳が歪む。




「絵月札」




「っはぁ!!?」




 御化はありえないと言わんばかりに目を見開いた。そして思考した。

 なぜ、このタイミングで相手が札を使ったのかと、迫り来る札を避けたいのであれば、先ほどの場面で札をきればいい話だ。



「まさか…あの時赤札と青札を切った後に絵月札が出たっていうの!?、そんなんありかよ!!!?」



 あまりのタイミングの良さと豪運っぷりに目をむく御化だったが、お構いなしに秋は術を発動する。




「【送火や御霊の内に燃え盛る】」




 玄は次の瞬間、己の見た景色を信じられなかった。あれほど真っ暗で不気味だった森が色とりどりの葉によって染め上がる。

 その光景はいっそ、森が燃えているようにも見えた。


 だがそれだけだった。秋は迫り来る札を燃やしたり、避けたりすることはなかった。

 結局、秋の結界はボロボロになり、指先でちょんと叩けば今すぐにでも壊れてしまいそうな様相となる。


 しかし秋は涼しい顔をしていた。


 玄は秋は結局何をしたのだろうと思った。

 まさか、周囲の景色を変えただけではあるまい。

 ちらりと御化の方を見ると、御化は険しい顔をしていた。



「白札」



 秋がそう言うと、手札から1枚札が消費される。


 そこで、玄はあるおかしいことに気づく。


 秋は白札を使う時、木の葉による攻撃や火の玉による攻撃しか使わなかったはずだ。

 なのに、秋の手にある、【矢】はなんだ。


 玄はそれに見覚えがあった。


 秋が黄札を使った時に使った技だ。


 だが秋が消費した札は白札だったはず。



 ここまで考えて、玄はやっと秋の絵月札の効果に気づいた。

 それと同時に、そんな反則技のようなことをしていいのかと思った。



「色札の順位を繰り上げるのか…!!」



 そう、秋の絵月札の効果は、

 白札を黄札に、

 黄札を青札に、

 青札を赤札に、

 赤札を絵月札へと昇格させるというものだったのだ。


 つまり、秋は今、絵月札を3枚、赤札を8枚持っているということとなる。


 とんでもないことだった。

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