第4話 しめ縄くぐって正式採用

 しめ縄をくぐった玄は、そこでみた景色に

 ほぅ、と息を吐き出した。


 目の前には豪勢な和装建築がそびえ立っていて、周りの木々は青々と茂っており、さらに美しく彩られた提灯が旅館を照らし出し、より一層美しさを掻き立てている。



「すっご…」



 ここは本当に実際に己が目に映している場所なのだろうか、夢ではないのだろうかと、もう一度気が迷った玄だったが自分は夢でこんな美しい景色を想像するイメージ力などないと思い直した。


 ぼんやりと手を引かれながらあたりを見渡してみた。


 しばらく見ているうちは綺麗だな、と思うだけだったが、よくよく見てみると、おかしかしな景色だということに気づいた。


 美しい旅館の窓から顔を出している客の肌の色は青白く、所々鱗が浮いており、そこら辺を散歩していたらしき客の瞳の色は白眼の部分が真っ黒である。


 思わず目が合いそうになった玄は思いっきり目を逸らした。相手はもちろん不審そうにした。

 気を逸らしていることが伝わったのか、秋の手がより一層力を入れて玄の手を握りしめて来た。



「ほら、こっちだよ!絶対、ぜーったい手を離しちゃダメだからね!」



 ぐいぐいと低い身長で無理やり高い身長を引いているせいか玄はフラフラとした体制になりながら秋についていった。



「着いたー!、あ、ねぇ、靴脱いでね!

 汚すと岩ちゃんが怖いから」



「え、あ、ぅん…?」



 旅館の中に入ると、外側と同じく内装もとても凝っていた。至る所が豪勢な飾りで彩られているが、派手すぎず、だが飽きさせないようなふうになっている。


 電飾の木枠も丁寧な木彫りが施されており、素人目の玄から見てもどれもこれもが貴重なものであることが感じられた。


 ずんずんと奥の方まで容赦なく入っていく秋に不安を感じた玄は思わず秋に問いかけた。



「あ、秋ちゃん、この道本当に大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫、久遠ちゃん一番奥の部屋にいつもいるから」



 何枚もの襖をくぐり抜け、何通りもの道を突き進んだ後、ある一枚の襖の前に彼女は止まった。その襖には美しい月富士の絵が描かれており、今まで流し目で見ていた襖の絵たちの何倍も綺麗な絵だと玄は思った。


 そんな絵を見ている玄を尻目に秋は思いっきり襖をスパァンと引いた。


 玄は、せめて心の準備をしてから引いてくれない!?!、と叫んだが秋は、関係ないと言わんばかりに玄を襖の中に押し込んだ。



 中にいたのは和装のでかい男だった。とにかくでかい。座っているのに170以上はある玄の胸元までの座高がある。立てばゆうに2メートルは超えるであろう。



「(でかい人だ…)」



 サラリとした藍の髪をおかっぱのよくにしているのかと思いきや、前から後ろにかけて短く刈り上げにしているという一風変わった髪型をしていた。


 瞳も同じく藍色であり、そして何より雰囲気が彼も人ではないことを示していた。この男も秋と同じで人ならざる魅力を放っているような男だったからだ。



「久遠ちゃん、玄くんです」



 ぺいっと乱雑に押し込まれてぐぇっと醜い

声を出した玄に目もくれない秋に、


玄は仲良くなったと思ったけどもしかしてそこまで仲良くなっていないのか?


と認識をちょっと改めそうになった。




「そうだなァ、おめェは秋だけどなァ」



「久遠ちゃんは私のユーモアを理解してくれるから好きよ」




 玄からしてみたら意味がよくわからない会話をしている二人をどういう反応をすればいいかもわからず眺めていると久遠がチラリとこちらに視線を移した。




「おっと、そんじゃァ秋はしばらく席を外してくれやしないか?玄としばらく話をする」




 そう久遠が言うと秋はいいよ、と言って出ていった。

 そうして二人きりなった部屋に静寂が広がった。気まずい空気に耐えきれなくなり先に口火を切ったのは玄の方だ。


 最初に玄がした行動は正座をして頭を下げることだった。



「先程は無礼な言葉をかけてしまい、も、申し訳ありませんでした!」



 そういうとまさか謝られるとは思ってもなかったと言うふうな態度で体をびくりと震わせた久遠が驚いた顔で思い切り玄の方へ顔を向けた。



「エッ!?まァじでそれ言ってる?!」



「ほ、本当のことを言ってたのに迷惑かけたのは自分ですし…引越し代などもそちらが持ってくださったのにあんな態度…すいません」



 そう深々と頭を下げるとぶんぶんと髪を振り乱しながら久遠は叫んだ。



「いやいやいや!こっちが配慮してなかったせいだろォ!?頭あげてくれや、な?

それに口調もそんな固くなくていい、もうちょっとゆるくて構わんよ」



 そう言われて仕舞えばおずおずと頭を上げる以外することができなくなってしまった玄は頭を上げる。


 相手の態度を窺う限りとりあえず電話口での態度で内定を取消しにされることはなさそうだと思いほっと肩の力をやっと抜いた。



「そそ、力は抜くに限る」



 にこ、と笑う久遠にどこか実家のような安心感を覚えた玄は不思議な気持ちになる。



「さてさて、ここに来たということは、お前はウチの従業員になることに対して覚悟を決めたと言うことでいいんだな?」



 今なら引き返せるぞという厳かな基調で久遠から言葉を放たれた言葉をゆっくりと噛み砕きながら玄はしっかりとからの目を見据え、


「はい」


 そう答えた。


 そしてしばしの沈黙の後…



「よ、かった〜〜!!!」


 へなりと床に横になり安堵の声を漏らす久遠に前は今日何回目かわからない驚きの感情に襲われた。



「えぇ!?」



「いやァな?だっていくら失礼なこと言われたからってお前の世界のことを配慮してなかったのはこっちなんだしよォ」



 文句言われて従業員断られたらどうしようかと、と言われた玄はそんなことない、と言った。



「ま、お前さんがうちに勤めてくれるってなら嬉しい限りだ、秋も喜ぶだろうしな」



 そう話したところで久遠はここに勤める上での注意事項を玄に切り出した。



「あー、そんで、まァ、お前はめでたくここに勤めることが決まったわけだがな」


「はい?」


「…お前、家族はいるか?」


「はい、もちろん」



 そう聞かれそう答えると、目の前の男はきっと目を細め、声を低くしてあることを玄に伝えた。



「今から説明することは、旅館での注意事項だ。」



 そう言って彼は説明を始めた。



「まず第一に注意することは、あのしめ縄だ」



 久遠がいうには、あのしめ縄はいろんな世界にいる旅館にとってのお客さまたちをで迎えるための世界の狭間を渡り、この旅館がある異空間へ導くための門のようなものらしい。


 それだけを聞くとものすごく便利なものと思うかもしれないが、注意事項もあり、それは、異なる世界に属すものが異なる世界へ行くと、元の世界には戻れなくなるという点である。




例えば、Aの世界から来たAさんとBの世界から来たBさんがいたとする。

AさんとBさんが手を繋ぐ、もしくは体のどこかをお互い掴みつつしめ縄をくぐろうとする。


そして、Aさんが先にくぐるとする。


その場合、なんとAさんはAの世界に帰れるが、BさんはBの世界には帰れず、Aさんの世界に属するという判定をしめ縄からくらい、Aさんと共にAの世界へと転送されるという。


ならもう一度しめ縄をくぐればいいと思うかもしれないが、もう一度しめ縄をくぐったところで、その先にあるのは旅館だ。そして、Aさんが再び旅館側から潜ったとしても、たどり着くのはAの世界なのだ。


ちなみにしめ縄を先にくぐったのがBさんだった場合、これと逆のことが起こる。



 理解できたか?という久遠からの問いに、頭から湯気が出そうになりながら玄は返事をした。



「えっと、つまりこの旅館側から複数人であのしめ縄をくぐると、元の世界に戻れないってことですか?」



「まァざっくり細かいこと気にせず解釈するとそういうことになるな」



 とんでもないじゃないかと玄は頭を抱えそうになった。

 それじゃあ元の世界にいる親や友達に会えなくなってしまう、なんて恐ろしい。



「てなわけだから気をつけるんだぞ?まァ、気をつけることや本仕事が始まってから教えることとかはまだまだあるけどな、その気をつけることっていうのが二つ目の注意になるが」



「どういうことですか?」



「お前の世界にもなかったかァ?

 人ならざるものが、人の子を連れ去るって話」



 それらは一般的には総称として神かくし、なんて呼ばれているよなァと言葉は続いた。


 人ならざるものは、人に惹かれやすい。

 それが憎悪、好意、興味、奇異、どれであろうと惹かれてしまうのだという。



「実はな、ウチの従業員に人はいないんだ。」



 お前が人間第一号てことだなァと久遠は笑いながら玄に言ったが、玄は言われたことがあまりに驚きすぎてそれどころではなかった。


 自分以外の人間が、いない?



「ど、え?!人が、僕しかいない!?」



「旅館の客の中には人も結構いるけどなァ、従業員に関しちゃァお前さん一人しかいねェんだわ」



 けたけたと笑う久遠と比例して玄の顔はどんどん引き攣っていった。


 職が安定したと思ったら今度は命の危険があるかもしれないなんて!!!


 そう強く思ったのが久遠にも伝わったのか、久遠はさらにケラケラと笑い腹を抑えた。



「別にお前しか人間がいないからってみんな取って食ったりしねェよ」



「そ、ですか…、え、でも神かくしって…」



「それは外から来るタチの悪い客だな、でもまァ、さっき言った通りお前以外の奴は全員人外だから、ここに身を置く限りお前は俺たちの庇護下にある。

 だが、それでも万が一があるからお前なりにも意識を持って欲しいってことだ。」



 あまりに衝撃的な話が多すぎて頭がパンクしそうだった。

 一通りの話が終わり、そう締めくくれられると、久遠は徐に近くにあった鈴を手に取り、鳴らした。



「お前の分の鈴もやるよ」



 鳴らした後、玄の方に鳴らされた鈴と別の模様が刻印された鈴が手渡された。

 白鷺が刻印された綺麗な鈴だった。

 陽の光を反射して、キラキラしている様に玄は、ほぅ、と見とれた。



「俺がここに同じ模様の鈴をもってる。

 俺が鳴らせば連動してその鈴も鳴る。手軽な呼び出し鈴ってとこだな」



 そう言い終わるや否や、スパンっと思いっきり襖が開かれた。

 襖を開けたある人物に、玄は思わず目を奪われた。


 だってその人物は全裸だったのだから。

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