第34話 我ら楽器の擬人化なり
あの後パルカにこってり怒られた玄たちは、なるべく静かな声を意識して話をしていた。ひそひそ、ひそひそと、まるで密談をするように会話をする。
陰からその様子を見ていたパルカはこれなら大丈夫だろうと安心したように元いた場所に戻っていった。全員で完全にパルカが元の場所に戻ってくれたことを見届けると、ほっと息をついた。ニコニコしていた人が突然真顔になり淡々と話すのは誰であって怖い。パルカの怒り方はそういう怒り方だった。もう一度怒られるのは全員嫌だったから、完全に彼女が戻るまで誰も口を開かなかったのだ。
パルカが戻り、最初に口を開いたのはインレイだった。
「いやー、驚かせて悪りぃ悪りぃ、特にお前、お前のその様子だと、音に慣れてない感じだったろ?」
けらけらと笑い、ジャラジャラと体につけられた大量の装飾品を揺らしながらそう言ったのは、先ほど喉からありえない音を出したインレイだった。
起きた最初は喉から正常な音が出せていなかったが、しばらく経つと、普通に話せるようになったみたいだ。彼は厳つい見た目に反して、からりとした性格をしているみたいで、そんな彼の態度に、玄は好感を抱いた。
「いえ…大丈夫ですよ。
皆さんは、結局どういう方なんですか?それに、先ほどのインレイさんの声は…?」
彼の明るい雰囲気に玄自身もリラックスしつつ、そう言って、あらためて疑問をぶつけると、玄と秋以外の四人は顔を見合わせる。
そして、少し話した後、レジェロが前に出てきた。そして、事情を話すね、と口火を切ると、まず一言目にして、とんでもない事情を投下してきた。
「聞いて驚いてね、オニーサン!、私たちね、本当は楽器なの!」
「…は?」
言われたことが理解できなかった。
それはそうだろう、だって目の前の彼らはどこからどう見ても人間にしか見えない。
確かに髪の色や目の色は派手だが、別の世界から来た人間だと言われればそれで納得してしまう。
ポカンとした顔をした玄に、レジェロの隣にいたクレモナは頭についた大きなリボンを揺らしながら盛大に顔を覆った。
ベッドにいるインレイに関しては声を押し殺しながら爆笑しており、アニマはおろおろした顔をしている。
発言をした当の本人は小さな胸をむんっと張ってすごいだろうと言わんばかりの態度だ。
そんな彼女の態度をクレモナは睨みながら咎めると、説明の補足を促した。
「おいレジェロ、説明が足りないだろう」
「えぇ?、足りないも何も、これが全部じゃない。…なによ、そんな何こいつみたいな顔しないでよクレモナ!」
「…はぁ…、玄さん、ちょっとこれを見ていてくれ」
レジェロの意味がわからない、という雰囲気に、ため息をついたクレモナは、自身の胸に手を当て、何かを唱える。
すると、彼の体が光の粒子となって消えていく。そして、完全に粒子の塊となった次の瞬間、粒子は形を変えていった。
完全に光が収まると、そこにクレモナの姿はなく、玄にとって割と馴染みのあるものが鎮座していた。
「…ヴァイオリン…?」
玄は思わずと言ったようにこぼした。
その発言を聞いたかのように、ヴァイオリンは玄がそう発言し終わると再び光の粒子となり、形を変えた。
そして今度は、人の形をとる。
先ほどと同じように光が収まると、そこにはヴァイオリンではなくクレモナが立っていた。
彼は呆然とする玄を目の前に、口を開く。
「…今見た通りだ。
俺たちは楽器だ、人の形をとった、な。
さっきのインレイの声は、ちょっとした誤作動だ。深刻なものじゃない」
信じられない、と言いそうになり、玄は口を無理やり閉じた。
彼らに対して、信じられないなんて言えなかったからだ。
いくらありえないと思ったところで、彼らの発言を、信じるしかないだろう。
だって今、目の前で、人が楽器となり、楽器が人となったのだから。
「…理解、しました」
そう色々と考えながら玄が言葉を絞り出すと、目の前にいた彼らはほっとしたような顔をした。
どうやら玄が信じられないとパニックを起こしたりするのを心配していたらしい。
玄からすれば目の前で起こったことなので疑うも何もないと思った。
それにこんな人外魔境な旅館で働く覚悟を決めているのだ、それくらいでパニックを起こしていたら心臓がもたない。
ふう、と少し深呼吸をし気持ちを落ち着かせると、玄は続けて質問をした。
「ところで、クレモナさんが楽器ってことは、他の皆さんも楽器なんですか?」
「えーとね、アニマちゃんだけは人間だよ、それ以外のジーヴォ様の近くにいるやつは基本的には楽器かなぁ」
気になったことを質問した玄に返された答えに、少し玄は驚いたが、なんとなく納得してしまった。
言い方は悪いかもしれないが、アニマというこの女性はクレモナ、レジェロ、インレイらの三人と比べると、容姿がかなり平凡だ。比べて見てみると、かなり違和感がある。三人にはあるものが、彼女にはない。そんな違和感を感じてしまうのだ。
「なるほど、アニマさん以外の方はみんな楽器なんですか」
玄が納得したようにそうこぼすと、アニマは頷き、玄のその言葉を肯定した。
「はい、そうです。
えっと、私とジーヴォさん以外のみんなは、『カナデビト』と言って、楽器が人の心を宿した存在なんです。」
まるでこちらでいう付喪神のようだと玄は思った。
付喪神というのは、物が大事に扱われ、長生きすることで妖怪化するというものだったはず、と脳内から昔ネットで見た記憶を掘り起こした。
先程見たヴァイオリン状態のクレモナを思い出す。彼は大きな傷こそなかったが、新品のような感じではなかった。使い古され、良く手入れがされたものという方がしっくりくる見た目だった。
そこまで思い出した玄は、再び、インレイ、レジェロ、クレモナの方を向いた。
クレモナはさっき見た通り、ヴァイオリンのカナデビトなのだろう、インレイは、起きた時の喉の音からして、エレキギターっぽいと玄は予想した。見た目のイメージも入っているが。
レジェロに関しては、こちらはインレイと違い、完全に見た目での予想だが、彼女はピアノではないかと予想する。服や髪色が白と黒で統一されているからだ。
「…インレイさんはエレキギター、レジェロちゃんはピアノですか?」
「え、正解です!なんでわかったんですか?!」
「オニーサンどーして?!」
「へぇ!お前見る目があるじゃねぇか!」
玄の発言に驚いた三人だったが、クレモナはなぜ玄が二人の楽器名を当てることができたのか気づいたのだろう。インレイとレジェロを改めて見たあと、彼は目を細め、なるほど、というように首をかすかに動かした。
「って、こんな話をしている場合じゃありませんよね、問題の宴について話し合わないと」
「うげぇ、俺あいつに吹き飛ばされた話なんてしたくねぇし」
はっとしたように話を軌道修正したアニマに、インレイはつまらなさそうに口を尖らせた。もう少し雑談をしたかったみたいだ。口を開き、話を中断させようとした彼だったが、そんな彼を黙らせたのはクレモナだった。
彼はぎろり、とインレイを睨め付けると、どかり、とアニマの近くに座った。
まるで、邪魔をされぬように、いつでも彼を睨めるように。
玄は意外だった。クレモナはどちらかというとこの宴の実現に乗り気ではなさそうだったのに。
玄のはてなマークが頭に浮かぶ様子を見た秋は、ため息をつきながらそっと、鈍いよねぇ、と呟いた。
「お前は少しでも我慢をするという感情を覚えろ、人の身を得て何年経つと思っているんだ」
「ちっ」
彼の言葉にインレイは気に入らなそうに舌打ちをした。険悪そうな二人に挟まれたアニマは冷や汗をかく。なんとか雰囲気を和らげようと、声を震わせながら、彼女は宴についての意見を言い始めた。
「こ、こほんっ、えっと、まず私たちのすべきことは、協力者を増やすこと、だと私は思います。
神在月の宴…、この宴は非常に多くの方が観客として参加したそうです。従業員も旅館客も関係なく、皆等しく、壇上の者が奏でる美しさに見惚れ、豪勢な食事を食べ、それを酒の肴とし、盛り上がる。
宴を再現するには、まず多くの人員を動かすことが必要なのではないかと思います」
「なるほど、確かにそうですね…」
玄はアニマの意見を聞き、ある人物もとい人外が頭に思い浮かんだ。
豪勢な料理を酒の肴に…
玄は自分の口角が上がるのを感じた。あの人以外に適任はいない、と。あの人に頼んだところで、了承してくれるかは別だけれど。
「玄くん」
「なに?秋ちゃん」
思案していた玄の制服の袖を秋はくいっと引っ張った。そして、いたずらっ子のような顔をし、玄の耳に唇を寄せる。
玄は突然の秋の行動に動揺したが、秋が発した言葉に、そんな動揺は吹き飛んだ。
「今、きっと私と同じこと思ってるでしょ」
「!」
ふふ、と秋は笑みをこぼすと、場にいる全員の顔を見渡し、その場に言葉を落とした。
「私と玄くん、適任の協力者を知ってるよ」
黎明戯境〜就職先は自分以外の従業員が全員人外の旅館でした〜 鏡坂なぎ @tikuwadonnhaoisii
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