第11話 お昼ご飯と自己紹介


 三人が食堂に着くと、そこには既にご飯が並べられていた。


 ここで食べるのが初めてだった玄はとりあえず先輩である海の隣に座ると、海は嬉しそうに微笑んだ。


 目の前のご飯は、とても美味しそうだった。



「唐揚げ、ですか」



 どうやら今日のメニューは唐揚げらしく、揚げたてなのか、ホカホカの湯気が立っている。付け合わせの漬物と海藻のサラダも美味しそうだ。白米と豚汁のセットもなんだか目に馴染んで、玄はなんだか嬉しい気持ちになってしまった。



「まだみんな来てないわね…、そうよ、気になってたのだけど、結局どうして久遠さんと一緒に来たの?」


 玄がご飯をまじまじと見ていると、海が疑問そうに聞いてきた。

 食堂までの道中もずっと気になっていたらしく、玄と久遠をちらちら見ながら歩いていたことを玄は思い出し、

 あぁー…と、どう説明しようかと言葉に詰まっていると、玄の隣にいた久遠が説明を始めた。


「鈴を鳴らしたのは御化だった。理由は、こいつに悪戯を仕掛けるためだったらしい。まァ、俺も玄も、見事にあいつの悪戯に引っかかっちまった」


 そう言うと、海は目をキラキラさせて玄を見た。今の話のどこに目を輝かせる要素があったのか疑問に思っていると、


「まぁ!私、御化ちゃんに悪戯されたこと、まだないのよ!玄くんに先越されちゃったわ!」


 そう曇りなき目でにこやかに言われ、

 玄は悟った。


 海先輩、久遠さんたちに悪戯の対策されたこと知らないんだな、と。


 ちらりと久遠の方を見ると、久遠は目で必死に、海にバレないように、と訴えていた。



「えーと、そ、そうですね、先を越しちゃいました」



 玄はその目線に応えるため、適当に話を合わせることにした。

 正直あの悪戯に関しては全くもって嬉しいとも感謝しようとも思っていなかったが、海があまりに羨ましそうにしていたため、本当のことは言えなかった。



 しばらく話しているうちに、ぞろぞろと他の従業員たちも入ってきた。

 他の人たちをよく見てみると、見た目から人外とわかる人もいれば、人間と遜色ない見た目をしている者もおり、多種多様だ。


 ただ、皆に共通して言えるのは、玄のことを興味深そうに見ているという点だった。



「(めっちゃ見られるな…)」



 それはそうだ。なぜならここに人間は玄しかいないのだから。


 そのうち人の流れが止まり、食堂の席が全て埋まり、みちみちになる。

 だが、蓮太郎や食堂の人たちはまだいなかった。



「食堂の皆さんは?」


 そう久遠に問いかけると、


「食堂の方は今忙しいからな、いつも食う時間をずらして食ってんだ。」


 という答えが返ってきた。


 確かに、この人数のご飯を作るのも大変だが、その後の後片付けとかも大変だろうし、食べる時間をずらすというのは妥当だな、と玄は思った。



 玄の質問に答え終わった久遠は全員が座ったことを確認し、立ち上がり、声を張り上げた。



「皆、座ったな!いつもならここで既に飯を食っているが、今日は皆に知らせがある!!」


「俺の隣にいるこの『人間』は新たな旅館の従業員である玄だ!」



 ざっと、幾つもの視線が玄に刺さる。

 玄は緊張しながら、久遠と同じく立ち上がり、自己紹介をした。



「し、白鷺玄です!まだまだ知らないことばかりですが、教えてくださると嬉しいです!よろしくお願いします!!」



 しぃん、と静まり返った食堂に、玄の自己紹介が響く。

 あまりに静けさが続いたため、何か言ってはいけないことを言ったか!?、と玄は心配したが、徐々に皆が騒ぎ始めたため、心配は杞憂となった。



「人間?」


「人間だ」


「人間の従業員?ほんとに?」


「でも耳も尻尾もツノもない、耳も尖ってない。」


「化けているのでは?」


「術の気配はしないぞ」



 …。



 ひとしきりざわざわした後、また静かになった。皆が視線を交わし合う中、一人、すっと立ち上がった者がいた。

 その者は小さな男の子のような見た目をしており、腕には狐の人形、顔にはモノクルをつけ、頭には大きな狐の耳がついていた。尻尾もある。



「にんげんさん!しつもん、です!」


「な、何でしょうか!」


「こら、小太郎、人間さんじゃなくて、玄、だろう?」



 久遠に注意された少年___小太郎はやってしまったというように口を押さえた後、もう一度頑張って話し始めた。

 そのようすがなんだか可愛らしく、玄はほっこりする。



「に…、げんさんは、ほんとうに、にんげんですか?」


 そう恐る恐ると言ったふうに玄に質問する小太郎。


「はい、にんげん、ですよ」


 そんな小太郎のゆっくりとした喋り方に合わせて答える玄。


 玄の答えに一斉に食堂は騒がしくなった。



「人間だ!本当に!!」


「え、初めてじゃないか?こんなこと」


「どうしよう、裏方だから人間と関わったことないよ!」


「人間って柔らかいって聞いたんだけど、私、近づかない方がいいかな!?」


「人間のお客様の扱いはわかっても、人間の同僚の扱い方なんてわかんねぇよ!!?」



 そんな多種多様な反応の中、小太郎は顔を輝かせて玄の答えに喜んだ。



「ぼく、にんげんさんの、げんさんが、ぼくの、どうりょうになって、くれるの、すごくうれしいです!よろしく、です!」



 玄は小太郎の言葉に胸がぎゅんっと締め付けられる感覚がした。


 どうしよう、この旅館に来てから小さい子にときめくことが増えてしまった、自分は変態ではないはずなのに!!!


 そう思いつつ、玄はこんなに小さい子まで旅館の従業員をしているのか、と少し驚いた。


 まぁ、この子も見たところ人間ではないから自分より年上の可能性は大いにあるか、と玄はそう考える。



「よし、じゃあ小太郎、質問はもういいな?」


「はい!」


 そう言って、満足した小太郎は席についた。


 久遠は未だにざわついている皆をひとしきり見ると、手を打った。

 パンっと乾いた音が全体に響くと、皆はさっと座ったので、玄もそれに合わせて慌てて座った。


「皆、驚く気持ちや戸惑う気持ちもあるかもしれないが、これはもう既に決まったことだ。だからここは色々飲み込んで、ただ、玄が従業員になってくれたことを歓迎してやってほしい」



 久遠はそう言い切ったあと、席に座って、

 では、いただきます!!と叫んだ。


 話の切り上げ方が唐突すぎないかと玄は思ったが、皆もそう思ったらしく、ざっと見渡してもぐもぐと美味しそうにご飯を食べているのは先ほどの小太郎と、玄の隣に座っている海だけのように見えた。


 玄は少し皆に申し訳なく思ったが、ここに勤めることは決まってしまったことなのだし、めげないで行こう!、と自分に言い聞かせ、口の中に唐揚げを放り込んだ。


 唐揚げを食べた感想としてはただただうまいというのが感想だった。


 サクッとした衣を噛むと、溢れ出てくる鳥の肉汁。ハフハフしながら、白米をかきこむ幸せ。さっきまでの申し訳なさが全て飛んでいくレベルで美味しい。


 美味しそうにご飯をかきこむ玄を見た久遠はホッとしたように笑みを浮かべ、彼もご飯をかきこみ始めた。


 玄たちのその様子を見ていた他の人たちも、皆タイミングはバラバラではあるが、ご飯をかきこみ始める。




 ご飯を夢中で食べていると、玄はふと隣が気になって海の方に目をやった。


 そしてあるおかしいことに気づく。


 海の唐揚げの皿の付け合わせのキャベツが異常に多いことに。



「え゛、ぅ、え?!多っ!?」


 玄の視線に気づいた海がどうしたのかという顔をした後、何を疑問に思っているかに気づいた。


「あー、私ね葉っぱ系の野菜が大好物で、いうも多めによそってもらっているのよ」


 そう玄の疑問に答えた後にもしゃもしゃと山のように盛られているキャベツを食べる海に、玄は、な、なるほど…と返し、価値観の違いの他にも、食の違いも結構あるなぁと痛感した。


 そうこうしているうちに玄や海を含め、皆お昼ご飯を食べ終わり、またもや久遠の挨拶でお昼ご飯の時間は締め括られた。



 ちなみに玄が食堂を出る時も、皆珍しそうに玄を見た。

 玄は自分は珍獣か何かなのかと思いながら食堂を出て行った。


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