第10話 おばけじゃなくてみかです



「いてて…全身がぁ…!」


「おめェの自業自得だろ」



 投げ飛ばした御化に対し、そう返した久遠に玄は激しく頷き同意する。

 そしてこの御化という人物…もとい幽霊はかなり厄介な人物ということも頭にインプットした。


 そう思っていると、いきなり、御化の首がぐるりとこちらへ向いた。

 あまりに勢いよく首をこちらに回す様子にビビった玄と目があった御化はにたり、とニヒルに笑い、玄に向かって唐突な自己紹介をした。



「ってか、やっほーやっほー、人間くぅん!挨拶まだだったよねぇ!自分は柳田御化って言うよん!ちな、多分本名じゃない!本名はねぇ、忘れちった!!」



 そうけたけた笑いながら自己紹介した御化を見て、玄はえぇ…と思い軽く引いた。

 自分に記憶がないことをどうしてそうヘラヘラしながら言えるのか。

 しかもさっきまで自分が怒られていた原因の相手に。


 今まで出会った中でも特大でイカれていると思われる人物にどう対処すべきか玄は頭を悩ませた。

 御化はそんな玄の心情を知ってか知らずか会話を一方的に続ける。



「いやぁ、引っ越し以来だよねぇ!君と会うの!どうだった?自分の脅かし!!人間ってことだから結構手加減したんだけど、どうだった!?」



「あれで!?!?」



 玄は秋と久遠の目の前で涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を晒すという醜態を晒されたのに、アレで手加減していたなんて、と驚いた。

 ぶっちゃけ死ぬほど怖かった、そう御化に伝えると、御化は嬉しそうに飛び跳ねて喜んだ。


 その姿が偽物の秋の喜び方と一緒だったため、脅かしただけでなく、秋に化けていたのもこの人だったのか、と玄は察した。


 そこまで考えて、玄は少し引っかかる部分が出てきた。


 廊下を歩いていたあの時、玄の引っ越しを手伝った御化のことをベタ褒めしていたのは最初は秋だと思っていたが、今、その時の秋は御化だと判明した。

 と、いうことは…



「(この人自分で自分のことベタ褒めしてたのか…)」



 そのことに気づいた瞬間、玄はこの人に対して哀れみというか、なんとも言えない気持ちを少し抱いた。

 とはいっても脅かしたことは許すつもりはないが。



「いやぁ、そこまで驚いてくれたなら、おばけ冥利に尽きるねぃ!」



 そんなことを玄が考えているとはつゆ知らず、御化は上機嫌にそう言うと、空中にふわりと浮かんで先ほど玄と自身が出てきた空間の隙間に手を突っ込んだ。すると、



「えいっ」



 何かを思いっきり引っ張った。

 ガシャリと音を立てて、それが空間の歪みから落ちてくる。玄はなんだなんだと思いそれを見ると、ひぃっ!?と情けない悲鳴をあげた。



「そ、それって、」



 恐る恐るそれを指差した玄に、御化はにこやかに答えた。



「そんだよぉ、人間くんを追いかけ回してたマネキンちゃん!どおよ?結構秋ちゃんに似てない?」


「似てない」




 苦い顔をして即座にすっぱりと否定する秋。

 当然である。これと似てると言われたら誰でも否定したくなる。

 秋はスタスタとマネキンに近づき、手を翳した。


 すると、マネキンはごうごうと音を立てて燃え始めた。



「ぁぁぁぁ!!!???」



 御化は悲鳴をあげた。

 久遠はその様子を見てざまぁみろ、と呟いた。玄はどうしていいかわからなかったが、正直その様子を見てスカッとしたので、秋を止めることはしなかった。



「やめてよぉ!!??」


「やめても何もないでしょ?こんな気持ち悪いもの、燃やした方がいい」



 あっけらかんと言い放つ秋に、御化はギャーギャーと文句を垂れながら秋を殴っていた。しかし、実体がないためか御化の拳は秋の体をすり抜けるだけだった。



「ひどいよ!?!秋ちゃんの頼みを聞いて折角人間くんの引っ越しの手伝いしたのに!!!?わざわざ動くための器まで作って手伝ったのにぃぃ!!!」


「なるほどね、その器を改良したのがあのマネキンってことか。」


「そこじゃない!!もっと別のところ聞いてよ!!!!」



 びーびー喚く御化をガン無視して秋はマネキンが燃える様を見ていた。

 だがあまりにも御化が喚くため、秋は仕方なしにお札を手に取って御化の頭を撫で始めた。



「よーしよし」



 御化はそうしてほしいわけじゃない、火を止めろ、と叫びながらも秋からの撫でを受け入れていた。

 秋は御化を撫でながら、疑問を彼女に投げかけた。



「なんで私の真似したの?しかも話を聞く限りそんなに似てないし」


「え?、理由…?、

 あー…、んーと、それが知りたいのぉ?、知りたいなら、マネキンを燃やすのをやめてくれたら話…」



 御化が言い終わる前に、マネキンがさらに盛大に燃え上がった。呆然とする御化の目の前で、マネキンは灰となり、燃え尽きた。


 秋はあちゃーと言う顔をした。

 どうやら火加減を間違えたらしい。


 御化はぷるぷると震えだし、



「あー!!!!!!、

 もうしーらない!!!!秋ちゃんの

 ばーかばーか!!!!!

 教えてやんない!!!!!」


 と叫んだ。御化はそう言い終わった瞬間、ふわっと宙に浮くと、凄い勢いでどこかへと飛んでいってしまった。


 秋はポカーンとした後に、御化ちゃんの反応って面白いねと言い笑い出し、久遠はため息をついた。



「くっそ、まだ言いたいことは残ってるって言うのに…」



「なんか、やばい人ですね…、」



「やばいというか…うん、やばいな…うん」



 そう言い久遠は遠い目をした。

 その様子を見て玄はこの人結構苦労人なのか…と思った。



「あいつ、旅館の常連とか従業員に結構似たような悪戯を一回は仕掛けるんだ。だから、玄もいつか仕掛けられると思って、対策してたんだが…」


「えっ、他の人もあんな目に!?」



 驚く玄に久遠は頷いた。

 久遠曰く、玄の前に旅館に来た海の時は御化の悪戯を防ぐことができたが、海以前の従業員、例えば蓮太郎などは御化の悪戯に引っかかり、酷い目にあったそうだ。


 御化の言い分としては、


 あれは悪戯に過ぎないから、


 らしいが、久遠や他の者からすればあれは

 悪戯の度を超えているとしか思えないため、毎回必死に御化を止めようとするが、

 なかなか成功しないらしい。


 じゃあクビにすればいいと言う話だがそうもいかない。


 久遠が言うには、御化は結界術や仙法に精通しており、この旅館の存在維持に一役買っているらしい。


 そのため御化がいなくなると術の維持をする者が久遠一人しか居なくなり、相当な負担がかかる、みたいだ。


 玄は久遠の説明になるほど、と言った。


 玄のその言葉を聞いた久遠は、まるで意外だ、と言う顔をした。



「お前、術とか馴染みのない世界から来たんだろ?よくまぁ、ここまで理解できるな。」


「ははは、まぁ…」



 空想のだったらめちゃくちゃそういうのたくさんあったんで、うちの世界、とは言いにくかった。


 それに玄は、あの苦しみに満ちた就職活動の頃を味わったからのも適応力を身につけた原因の一つだろうなぁ、とも思った。


 あの苦しみの期間の中で、大体のことは許容できるようになったと言ってもいい。



 すると急に玄の鈴から鐘のような音が鳴った。

 なんの音だろうと玄が思っていると、久遠は着物の隙間から懐中時計を取り出した。



「あー、もう昼飯どきかぁ」


「もうそんな時間ですか」



 久遠は玄に昼飯を食いに行こうと言い、食堂まで案内し始めた。

 秋の方はどうやら、一応『お客さま』の立ち位置にあたるため、二人とは別室で食事を取らねばならないようだった。


 秋は不満そうにふくれっ面になった。



「別に、そっちで食べることだってよくあるじゃん…今日は玄くんもいるし、そっちで食べたいんだけど」


 秋がそう駄々をこねると、久遠は、


「でもお前、今日は保護者であるあいつが旅館に来てるんだろ?」


 と言った。その言葉を聞いた秋はハッと目を見開いたあと、とぼとぼと、戻る…と言いながら帰って行った。

 玄は秋がいなくなったことに少し寂しさを感じた。

 そんな玄を見た久遠は彼を励ました。



「そんな落ち込むなって」


「す、すみません」


「飯食ったらどうせ秋はまたこっちに戻ってくる」



 そういうと、久遠は歩き出した。玄は急いで久遠の後をついて行った。

 道中、玄はずっと気になっていたことについて聞いた。


 秋の正体だ。



「秋ちゃんって、何者なんですか?」



 久遠にそう問いかけると、明らかに彼は口をもごつかせた。

 どうやら答えられない事情があるらしい。



「うーん、別に答えられないわけではないんだがなぁ…本人から話してもらった方が俺はいいと思う」



 久遠は申し訳なさそうにそう返した。



「そ、うですか…

 あ、あともう二つ聞きたかったんですけど、」


「なんだ?」


「御化さんは、どうやって僕の世界に?」


「あー、あいつが幽霊なのは見てわかったろ?」


 玄は彼女の透けた足を思い出した。

 確かに、あれはどこからどう見ても幽霊だったと思い、激しく頷いた。


「どうやらしめ縄の判定ではあいつはどの世界にも属さないって判定らしくてな…、行きたい世界があれば、その世界に属する人物の名前と住所を大声で叫びながら飛び込んだら、そいつの近くにしめ縄ごと行けるらしい」



 へぇ、と思った後に、

 玄は、普通に自分の元住所晒されてんなぁ…と思った。プライバシーもクソもないなぁと。


「んで、もう一つは?」


「いや、なんで秋ちゃんに化けてたんだろって、あんまり似ていませんでしたし」


「多分適当だろ、んで、秋のフリしてたのに似てなかったのはワガママ期の秋の真似をしたからだろうな」



 玄は、え?、となった。

 ワガママ期とはなんだろう、と。



「えーと、そのワガママ期って?」


「秋は昔、さっき秋に化けた御化みたいになってた頃があったんだよ。御化が秋にあった時がちょうどその頃だったな。その時の印象が強いから、あんなことになったんだろ」



 化けている間は、印象の強さに術が引っ張られるからな、と付け加えた久遠の話をひぇ〜と思いながら玄は聞いた。

 大人びた秋ちゃんがあんな風だった頃があったなんて…、と玄は意外に思った。



 そんなことを話しているうちに、二人は厨房の前を通りかかった。


 そこには海がいた。

 どうやら、玄のことをずっと待っていたらしい。



「玄くん!」


「海先輩!ずっと待ってたんですか?」



 玄がそう聞くと、海は、うん、と頷いた。

 そして、横にいる久遠を見てびっくりしたような態度を取った。



「えっ、久遠さん!?どうしてここに?」


「詳しいことは飯の席で話す」



 そう言って久遠は海の背中を押して、厨房の向こう側にある食堂の方へ行った。


 ちら、と厨房を玄が覗くと、慌ただしそうに動く厨房係の人たちの姿が目に入った。

 中には蓮太郎の姿もあり、忙しそうにしている。



「玄、行くぞ!」



 しばらくその様子を見ていた玄だったが、久遠に呼ばれ、見るのを中断して二人について行った。



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