第3話 秋という女の子

「どういうことですか、騙したんですか!!」



 玄は怒り心頭で電話口に向かって怒鳴った。


あの後、何度も言われた住所とこの場所の住所を確認した。だが、いくら確認したところで、住所が示すのはこの場所だった。


そのまま、玄は衝動のままに久遠に電話をかけた。


 電話口の久遠はまぁまぁというふうに宥めたが、玄の怒りは治らない。



「ここが旅館!!?こんな廃屋、誰も住めないし泊まれない!!!家も解約したし、どうしてくれるんですか、この詐欺師!!!!」


【人を詐欺師とは、酷いことを言うなァ】



 一通り怒鳴った後、妙に冷静になった玄は無言で電話を切ろうとしたが、

 待て待て待てと止められた。

 ふざけんなと思い切ろうとしたが、



【人の話は最後まで聞くもんじゃないかい?】



「…は?」



 電話が切れないのだ。電源ボタンを長押ししてもスマホの電源すら切れない。




「どういうことなんだよ…?!」



【ふむ、このままじゃ旅館が詐欺師というとんでもねェ誤解を浴びせられちまうねェ、


 秋、ちょっとこっちおいで】




 切れない、どうして、ふざけんな、おい、

 パニックになってブツブツ言葉を垂らしながらスマホをいじっていると、どこか聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。




【『ねぇ、白鷺玄、お話聞いてちょうだい』】




 キィンと脳みそに響く声、その声を聞くと、脳みそが冷水をかぶったかのように冷静になった。さっきまであった怒りがすうっと引いていくのを感じる。玄は自分でも驚いていた。あんなに怒り狂っていたのに。



【落ち着いた?】



「き、みは」



【落ち着いたみたいよ、久遠ちゃん】



【いやァ、秋ありがとなぁ、でも『それ』もう使うなよ】



 電話口の声が秋という少女から久遠へと変わる。玄は怒りは収まりつつもまだまだ消えない警戒心を心に抱いていた。



「…なんですか、あなた達は」



【だァかァらァ!、俺は旅館の支配人だって言ってんだろ!】



「信じられませんよ!第一、なんで僕に教えられた住所はこんな廃屋なんですか!」



【大事なのは廃屋じゃねえよ!その中にあるしめ縄くぐりだ!】



「は?」



 何言ってんだこいつ、と心の底から思った。

 その口ぶりからして要するにこのオンボロの廃屋に入れということか?

 そもそも人の所有地かもしれないのに?



【とにかくしめ縄くぐりを探してくれ、それからなら警察に通報でもなんでもしてくれていい】



「ちょっ」



 ぶつっ!つーつー…



 切れた。

 途方に暮れた玄は肩をガックリと落としながらどうせ帰る家もないし、もうどうにでもなれの精神でしめ縄を探し始めた。



 ______




 ぎし、ぎし、



「こわいって、怖すぎるって」



 ゆっくり歩くだけで軋む床にそこらじゅうに生えた苔とカビ。

 思わず土足で上がってしまったが、これを素足で歩く勇気は玄にはなかった。

 あと何かが出そうな雰囲気を醸し出しまくっていたためスマホのライトをつけてそろりそろりと探索していた。



「ひぃ、ひぃ、こ、こういう時って何すればいいんだっけ?下ネタ叫んだらいなくなるんだっけ、あれ?」



 怖さで使い物にならなくなっていた頭がついにとんでもないないことを思考して口に出し始めてしまった。

 立て続けに起こる苦行に脳が許容量を超え始めたともいう。



 探し始めて20分ほどが経った後、



「あれか…?」



 ある部屋の中心で佇む、かやの輪くぐりの輪部分が縄になったような、いやに小綺麗な見慣れないものが目に入った。


 あれがしめ縄なのだろうか?


 改めてよく近づき、そのしめ縄をまじまじと見た玄は息を呑んだ。

 なぜならしめ縄の向こう側の景色が本来あるべき姿とは違ったからだ。


 しめ縄の向こう側には豪華な旅館屋敷が見えたのだ。



「うそだ…、もしかして、あれが?」



 自分で自分の目が信じられない光景を目にして、呆然と言葉を口にした。

 目を擦っても、頬をつねっても、目の前の景色は変わらなかった。


 しばらくそこで呆然と佇んでいると、突然向こう側の景色がぐにゃりと歪んだ。

 するとそこから、一人の少女が出てきた。



「ッハぁ!?」


「あ、いた」



 あまりに衝撃的な出来事に玄は後ずさったが、少女がガッと玄の服を掴んだのでそれは叶わなかった。

 少女は玄の服が伸びるのにも関わらず、ぐいぐいと玄のことを引きずった。


 ぽかーんと割と強い力で引っ張る少女を見ながら、玄はぼんやりとした頭で考え込んでいた。



 これはCG、否、引っ張られている感覚があるから違う。


 これは夢、否、こんな現実味のある夢あるか、それに夢なら自分はここ一ヶ月夢を見続けていることになる。おかしい。


 これは幻覚、否、この目の前の少女とは初対面の上、いくら就活で疲れたとは言え、見たこともない少女を生み出す幻覚を見るようなこと己はしない。



 これは、現実?



「ねぇ、私、君が来るのがあまりにも遅いから迎えに来たんだよ」



 和装の、紅葉の瞳に黒柿色の髪を靡かせ、玄より何回りも小さな少女は『どうだ、すごいだろう』と言わんばかりに玄の顔を見て言った。

 そんなこと知ったことない玄は、



「は、ぁ?」


 来るのが遅い?、何が?


 と、口に出すのも億劫で心の中でそう呟いた。するとまるで目の前の少女は心をよんだかのように、顔を顰めた後、大した反応じゃないじゃない、せっかくここまで来たのに、と言った後、



「君、結局けーさつに通報しなかったでしょ、ってことは、旅館で働くことを受け入れる準備ができたってことでしょ?」



「ち、がう、ちがう違う違う!!!」




 今度は何が違うっていうのよ、という顔をした少女に玄は慌てた。自分の知らないところで勝手に話が進みすぎている、そもそもまず、こんなCGみたいなことができる存在がこの世にいたこと自体が玄からしたら衝撃すぎることなのだ。



 というか、根本的にそもそもの疑問、



「なにあれ!!!?」



 あの部屋の中心にでーんと構えてある少女がいましがた出てきた、諸々の根源、あの謎のしめ縄、そしてその中身、あれはなんなのだと考え、玄はとりあえずそのことを勢いに任せて聞いた。



「何ってしめ縄」


「中身!!!!!」



 聞き方も悪かったけどそういうことじゃない



「旅館」


「違う!!!!」



 違うそうじゃない



「うるさいなぁ、何が違うっていうの」


「なんで、しめ縄の景色と周りが違うんだよ!!?」



 そう玄が叫ぶと少女は妙に納得した顔をした。そして玄の顔をまじまじと見た後、

「もしかしてここ、こういう術とかない感じ?」、と聞いた。



「じゅ、術?」


「うん、えっとね、」



 そして少女は玄に驚くべき一言を言った。



「君が勤め希望としている旅館はありとあらゆる世界の者が来る旅館なんだよ、もちろん、人も人以外の存在も泊まりにくる、ね」


「…は」



 玄は一瞬思考停止した。

 脳が情報を処理できなかったのだ。

 人と、人、以外?



「私は秋、電話口で話したことがあるよね」



 くすくすと玄の反応を見ながらおもしろそうに笑った少女はそう言ったあと、あんぐりと口を開けている玄に対してさらに追い討ちをかけた。



「い、やいやいや!、いきなり言われても」



 そう言って信じられないという反応をした玄に対して呆れたような反応をした秋が重い一言を放った。



「正直、君に従業員になる以外選択肢はないと思うよ、久遠ちゃんから聞いたけど、もう家ないんでしょ」



 ぐっさりその一言は玄に刺さった。



「う、」



「ふふ、面白い反応するね」



「そ、れでも、いきなりそんなこと言われても、」



 しどろもどろ言葉を絞り出すと、「まだ認めないの」と秋は口を尖らせた。

 むぅと少し間があった後、秋は徐に手を出すと、



「えいっ」


「!!!??」



 ぼんっと小さな音を立てて手の上に火の玉を出したのだ。そしてその火の玉の中に近くにあった木の枝を放り入れると見事に燃えた。


 最も、問題はその後だ、なんと彼女は出した火の玉を、徐に口を開けると、それを口の中に入れたのだ。



「えっ、はっ、ちょ」



 火傷!!水、みず!と玄が叫ぶと、秋はいたずらっ子のようにニコッと笑い、口を開けた。



 そこには火傷一つなく、歯並びの良い歯が並んでいた。


 玄はもう信じるしかなかった。

 信じるというか、脳が情報を処理するのを諦めたと言った方が正しいだろう。







 __________________








「ところで、君、元々どうだったの?

妖怪とか信じてた?」



「…オカルトとかは、結構面白いと思ってましたけど、」



 玄は妖怪などの存在を根っから信じていないわけではない、ゲームや漫画で出てくる度、実際にいたら面白いだろーなと思う程度には存在に対して好感的である。


だが、盲信的に信じているわけでもない。


存在している根拠がないから存在してないとは思ってるけど、いたらいいなーくらいに思う人間である。


 最近読んでた小説でも人外がわらわら出てきたのを覚えている。



「ていうか、なんか最近読んだ異世界モノとかでも異世界に行って働くとかあったな…」



「あーね、よく聞くよ、その言葉、

 特に魔法や呪術が発達してないトコだと特にね」



 しみじみと秋はそう言った。

 どうやら世界にない事象だからこそ人々は好き勝手想像するらしい。


 例えばこっちの世界だと魔法がない分転生したら魔法でチートするとかあるが、魔法がある世界だと、化学の力でチートするらしい。例をあげると、花火を使って世界革新起こしてみたとか。



「化学とかそんな便利じゃないんだが…」



「君のところで発達している小説をもし魔法使いが読んだらきっとおんなじようなことをぼやくと思うよ」



 そう秋と会話していると、徐に彼女は立ち上がって玄を見据えた。



「さて、こんな感じでちょっとした世界の違いとか説明したけど、少し、君に質問させて。


玄くんは人とそれ以外の違いは分かる?、まぁ、たいした違いなんてそこまでないけど」



 そういって玄を見つめる彼女に突然質問され、玄は考え込んだ。


 人と人外の違い、見た目がそっくりな人外もいれば、動物じみた人外もいるだろう。


 だが彼女はそんな答えは望んでない、と玄は思った。

 この少女はこちらが思っている以上に、こちらを面白がって、無邪気に考えている、

 それが短時間で秋、この少女に抱いた印象だ。


 そう思うと、玄はある違いに気づいた。



「…価値観?」


「わ、正解正解!」



 嬉しそうにニコニコ笑いながら玄に対して花丸あげちゃうと秋は言った。



「育った環境で価値観が決められるなら、世界ごと違う環境で育った物だと余計違いが出てくる。

でもね、それでも誰かと交わるっていうのは心地よいことなんだよ。 


 特にそこまで価値観の違いがある存在と関わるのはとても面白くもあるの。


 だからこそ、私ね、玄くんが従業員になって、あの旅館で過ごしてくれたら、もっとあの旅館は楽しくなると思うんだ!」



「またその話に戻るの!?」



 だめなの?とちょっと期待するような目で玄を見つめる彼女に、玄は知らず知らずのうちに胸が締め付けられる気持ちになった。


 前に書いた通り、玄の心は就活で荒みきっていたし、いきなりこんな状況に立たされて心がキャパオーバーしそうになっている。

 しかしそんな玄でもわかった。わかってしまう、この少女の楽しそうな顔と声を聞くと。


 本当にこの少女は玄に旅館で働いてほしいのだ。それでいて本当にただ楽しくなるという曖昧な理由だけで玄を必要としているのだ。その傲慢さはいっそ清々しい。


 もしこれらの話が全部本当ならば、玄を必要としてくれる場所があるとするならば、



「…あの、さ」


「ん?」


「…久遠さん、まだ待っててくれてる…?」



 そう言った玄にキョトンとした顔をした後、破顔した少女は「もちろん!」と返した。


 そうして彼女は玄の手を引いて、そして玄は彼女の手に引かれて、しめ縄をくぐった。




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