第8話 恐怖体験の始まり始まり


 厨房の方へと戻る道中、玄は秋と手を繋ぎながら話をした。


 玄の手をぎゅっと握る秋の手はひんやりとしていて心地いい。



「秋ちゃん、どうして久遠さんの部屋にいたの?」



 玄が疑問をぶつけると、秋は不満そうに唇を尖らせる。そして、むぅとぶすくれた顔をしながら秋は久遠の部屋にいた理由を話し始めた。



「久遠ちゃんが、玄くんと話すとき、席を外してくれって言ったでしょー?、だから秋、しばらく席を外してたでしょ?」


「うん」


「それなのに!!、玄くんとのお話が終わったと思って久遠ちゃんのお部屋に行ったらだぁれもいないの!!、びっくりした!!、秋ももっと玄くんと話したかったのに!!」



 そう言う理由で鈴を鳴らして自分を呼び出したのか、と玄は納得した。

 そして思った以上に秋という少女が自分のことをよく思っている事実に内心少し照れた。


 そしてマジマジと秋を見る。


 黒柿色の髪はサラサラとしており癖知らずと言わんばかりのストレートで、長いまつ毛に彩られた秋を閉じ込めたような赤い瞳。

 大きくなれば、相当な美人に育つであろうポテンシャルを秘めている。


 秋ちゃんが大きかったら惚れてたかもなぁと思いながらも、イエスロリショタ、ノータッチの精神を貫こうとも玄は決意した。




「なるほどね…そういえば、秋ちゃんって僕の世界にしめ縄潜って僕のこと迎えにきたけど、僕と同じ世界出身なの?、秋ちゃんは」


「ううん」


「えっ」



 秋はあっけらかんと衝撃の事実を話した。秋の返事を聞いた玄はギョッとし、叫んだ。

 当たり前である。秋の言葉が正しければ、秋は元の世界に戻れないということになる。



「ど、え!?、秋ちゃんじゃあどうやって…!?、まさか複数人でしめ縄を潜ったの!?」


「うん」


「えぇっ!?」



 さっきの秋の返事から冷や汗が止まらなくなった玄は、


 どうしてこの子はそんなとんでもないことをしておきながらケロッとしているんだ!?


 と、焦りに焦りまくっていた。




「も、元の世界に帰れないってことだよね?なんでそんなにケロッとしてるの…?!」



「秋には保護者がいるから」




 彼女が言うには、自分がどの世界に行ったとしても、最後に保護者と一緒にしめ縄をくぐれば元の世界に戻れる、ということだった。


 玄は久遠と話した時のセーブデータの話を思い出した。

 なるほど、データを上書きされたらさらにそこから上書きし直せばいいってことか…と納得した。

 それにしても、なんと言う荒技なんだと玄は思う。

 久遠さんにその方法話したら、なんか言われそうだな、と玄がぽつりと呟くと、秋はそっと目を逸らした。どうやら既に何か小言を言われていたらしい。



「僕の世界には誰と来たの?」


「え?玄くん、もう会ってるじゃない」


「…へ?」


「玄くんのお家の荷物を旅館に運びに来た運び屋さんがいるでしょ?」



 そう言われて玄は思い出した。

 玄の旅館就職が決まって大家に引っ越しの連絡を入れた数日後に来た、あの変な引っ越し業者のことを。






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 時は遡り、玄の家に引っ越し業者が来た日。


 今日は旅館と提携している引っ越し業者が来る日だな、と思っていた玄は、ピンポーンと玄関の呼び出しボタンが押された音を聞き、ドアを開けた。

 そこにはどこの会社かわからないマークの帽子を目深に被り、口元しか見えない怪しい男がいた。

 あまりの怪しさに咄嗟にドアを閉めようかと玄は思ったが、男が、


「旅館と提携してる引っ越し業者の者です。白鷺玄さまのお宅はこちらであっていますでしょうか?」


 と言ったので、とりあえず詐欺などではないことがわかり、ホッとした。



「はい、そうです、あってます。」


 そう返事すると、男の方もホッとしたような態度をとった。


「では、お荷物運ばせていただきますね、既に梱包は済んでいるとお聞きしたのですが、」


「えぇ、こちらです」


 そうして玄と男は引っ越し作業を始めた。


 しかし、男を家の中に入らせて、荷物を運び出している途中、男はキョロキョロし始めた。玄はそんな男の様子を疑問に思い、どうしたのだろうと思った。すると男は徐に口を開き、



「あぁ、確かに、これはこれは…」


 と言った。

 正直玄は、はぁ?、と思った。次になんだこいつとも思ったがなんとか堪え、男と共に引っ越し作業を続けた。








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 大体の引っ越し作業が終わり、荷物も全てトラックに運び終えた男と玄。


 ふぃー、と疲れからくるため息を吐きながら肩を叩いてた玄を男はじっと見つめていた。そんな男の様子に、玄はものすごく居心地の悪さを感じた。目深に被った帽子のせいで、男の目線が見えないというのも恐ろしかった。


 するとふいに男は目線を玄から外し、トラックに乗った。


 玄は突然の行動に一瞬驚いたがまぁ、荷物も運び終わったし、妥当な行動といえば妥当かと思い、すぐに驚きを消した。


「では、これで、荷物は確実に旅館にお届けいたします。」


「よろしくお願いします。」


 これで男ともお別れか、そう思った玄だったが、男が最後に、窓から顔を覗かせてこう言った。







「お隣の方、明日あたり大怪我して病院に行くと思うので、お気をつけてくださいね」







 そう言い残し、意味がわからず唖然とする玄を置いてトラックは走り去って行った。










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「そう言った次の日、本当にその人病院に行く羽目になったんだよ、しかも僕の通報で。」



 自分の退去日が一日でも遅れていたら…そう考えただけで少しゾッとする心地に玄はなった。

 ちなみに秋には耳汚しになるため話していないが、隣人が病院に行く羽目になった原因は二股をかけていており、それがバレ、刺されたかららしい。玄からしたら完全に自業自得である。



「秋ちゃんが言ってる人ってこの人のことでしょ。」


「そうだよ!、その人も面白い人でね、あ、あと、優しいんだよ!いつも秋のふざけにノッてくれるの!」


「へぇ…正直そういうふうには見えなかったけども…」



 秋の中の印象は、ノリが良くて爽やかなお兄さんという印象だが、玄の中のあの引っ越しの男に対する印象は、不気味の一言に尽きる。

 大体、なんで隣人が刺されて、さらに玄の通報によって病院に行くことが分かったのだろうか、正直本当に怖い。

 隣人が怪我した次の日、玄は怖くて夜、布団に頭からくるまりながら寝た。



 そう思い返していると、ふと、おかしいことに気づき立ち止まった。









 この廊下は、こんなに長かっただろうか?

 海と話していた時は、もうついていたはず。



 秋の一人称は【秋】だっただろうか?

 いや、【私】だったはず。



 そして…今握っている秋の手は、こんなに冷たかっただろうか?

 いや、旅館へと導かれた時の秋の手はもっと熱かった。





 嫌な予感がする。脳みその奥でガンガン警報が鳴っている。横を見るな、と。


 握った時あれほど心地いいと思ったいた手は今は氷のように冷たく、背筋に鳥肌が走る。


 今横を見たら後悔するぞ、そう、頭の中の己が言っている。



 分かっている、分かっているのに、隣を見てしまう。


 まるで、首が勝手に動くみたいに。


 ギギギとブリキの人形みたいに首が横を向く、そこには、




「げぇ、ンく、ゥン?」


「っひゅっ」



 かたかたと音を立てるマネキンのような人形が秋と同じ髪、秋と同じ着物を着て、玄の手を握って立っていた。









 __________________





 その頃、久遠は仕事部屋で旅館の事務作業をしていた。その時、スパンっと襖が開き、ある人物が中に入ってきた。


 その人物が誰かを確認すると、久遠は藍色の目を丸くした。



「ん?おい秋、お前、玄と一緒に旅館案内に行ったんじゃなかったのか?」



「…何言ってるの、久遠ちゃん」



 本当に、何言ってんだこいつという目で久遠を見つめる秋。

 久遠はギョッとした。



「い、やいやいや、お前さっきまでここで俺と玄に説教されてたろ!?」


 そう言ってさっきの出来事を秋に話すと、みるみるうちに秋の顔は歪んでいった。

 そして、


「久遠ちゃん、玄くん今どこにいるの!?」


 と、叫んだ。


「はぁ?」


 その言葉に、今度は久遠が狼狽えた。


「どこって、お前と一緒に」

「あれは私じゃない」



 秋は口調を荒立てて言葉を続けた。

 久遠はなおさら疑問だという顔になった。



「はぁ?、お前以外に、誰が鈴の結界を解けるって」


 そこまで言って久遠はハッとした。

 そして、改めて鈴を確認する。




 __鈴の結界に解かれた跡はない。





「結界を解いたら、もう一回結界を編み直さないといけない。それが、『あの子』の仕事だから」



「でも面倒臭いから解かないまま結界の中にある鈴そのものを操って玄を呼び出したのか…ァー!、やられた!!」



 だから玄の話に出てきた鈴は控えめに鳴っていたのか、と久遠は納得した。



「そんな芸当ができるのは、この旅館で久遠ちゃんか、私の保護者か、あの子だけ。」


「そうだなァ、というか、ちゃんと確認しとけばよかった…!、秋に結界を解かずに鈴を動かすなんて器用なことできねェよなぁ…!」


「久遠ちゃん、叩くよ」



 ぎろりと秋に睨まれ、久遠は口をつぐんだ。

 秋はイライラしているのか、爪を噛みながら話した。



「というか、私そんなことしない、私、その鈴に興味ないし。」



 会いたかったら呼び出さずに自分から会いに行く、そう言い放った秋に久遠は確かにこいつはそういう子だ、と頷いた。


 あの時話した秋は少々幼稚さが目立っていた。だが、良く考えたら秋は見た目や普段の言動こそ子供らしいが、中身の年齢は…



「はァー…なんで気づかなかったんだ…」


「あの子の腕が、それだけすごいってことだろうね。」



 認識阻害、幻術、変化、思考低下…

 なんの術を使われたか、頭に浮かべてみたが、多すぎて見当もつかなかった。



「…待て、でもあいつは今、見張り役の仕事をしていなかったか?」


「あの子のことだから、短時間だけこちらへ来て動くくらい、造作もないと思う」



 そうこうしているうちに、

 秋は襖に手をかけ、またもやスパァンッと開いた。



「おい、どこに行くんだよ!」



 久遠の問いに、秋は顔に不敵な笑みを浮かべ答えた。



「どこに行くって?…決まってるでしょ」






 ____________玄くんを助けに行くよ。

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