第26話 玄の月札
「久遠さんの力の一部…」
まじまじと札を見つめる玄は、久遠にそう言われたとしても、まだ実感が湧かなかった。
頭の中で、故郷で見た異世界転生のアニメを再生する。
主人公やヒロインたちは、剣や魔法を使い、堂々と敵と戦っていく。
最後には、自分を馬鹿にした奴らをコテンパンにしてハッピーエンド。
それをいつも、おとぎ話みたいに、現実味がなくて薄っぺらいなぁと思いながら見ていた。
だが、今、自分の手の中には、それが現実となるかもしれないものがある。
手が、震えた。
今湧き上がってくる感情が、興奮なのか、恐怖なのかわからない。
わからないけど、今自分の心臓が脈打つのを感じる。
「あァ、そいや、まだ玄は月札でどんな技使うか登録してなかったよな、今するか?」
「ぇ、あ、そう、ですね」
興奮がおさまらず返事をしようとした声が震える。久遠は玄を心配そうに見つめたが、玄は大丈夫だと久遠に念押しして言った。
その言葉にとりあえず納得した久遠は玄の札に手を伸ばすが、札を守るように取り囲む結界に阻まれる。
一体どうするのだろうと思いながら見ていると、彼は結界を大きな手で覆うようにした後、
「権限執行」
と唱えた。
すると、札を囲っていた結界と、玄自身を覆っていた結界がシャボン玉のように弾ける。
そのまま、久遠は札の山を手に取り、何かを確認するような動きをした後、玄の目の前に出されていた札を山札に戻し、彼に渡した。
「ほれ」
あまりにもなんてことないように渡してくる久遠に、本当に大丈夫なのかと聞いた。
玄も今日来たばかりの上に御化から月札について少し説明を受けただけで、そんなにこれについて詳しいわけじゃない。
だがそんな自分でも、目の前で起こったことは通常の月札であり得るはずがないということくらいはわかった。
久遠はそのように心配する玄に大丈夫、大丈夫、と軽く言う。
あまりに軽く言うので、逆に心配になってきたが、そう言うなら納得するしかない、と玄は諦めた。
「よし、とりあえず札を触りながら登録するぞォ、まずは白札からな。
使いたい技を想像してみろ、もし威力が強すぎたら白色以外の色になる、そんで、弱すぎたらそもそも月札の色が変わらないから、それを目安にしてみな」
久遠にそう言われ、玄は山札から札を一枚取り出す。
ひっくり返してみると、月札の色がついてある部分は真っ黒だった。
「(何の登録もしてないと、黒色になるのか)」
新しく知ったことを頭の片隅に入れながら、玄は白札として登録する技を想像した。
しかし、急に想像しろと言われてもすぐにできるはずがなく、札を持ったまま固まってしまう。
うんうんと頭を悩ませるが、中々いい技が浮かんでこない。
そこで、玄は他の人物の技を参考にすることにした。
御化はお札を飛ばすもの、秋は火の玉と木の葉による攻撃だった。
それを思い出し、玄は今度こそ技を創造しようとチャレンジした。
目を瞑り、必死に頭の中でなんらか技を使う自分を思い浮かべる。
だが、どうしてもうまくできない。
「結構難しいですね」
難しい顔をしながらそうこぼすと、久遠は気を張らず、漠然としたものでもいいから頑張ってみな、と言う。
玄はとにかく、札を持つ指の先が白くなるほどに力を入れ、自分がかっこよく戦うところを頭に浮かべた。
すると、徐々に札が白色に変化する。
「あ、できました!」
嬉しそうに札を見せる玄を久遠は褒めながら、
「とりあえずどんな技か把握するために使ってみな」
と助言をした。
玄は言われた通りに、白札、と唱えると、
札はなんと、神楽鈴へと形を変える。
神社で巫女さんが舞を踊るときに持っているやつだ…と玄は思いつつ、そのまま神楽鈴をしゃん、と鳴らすと、小さな衝撃波のようなものが鳴らした先へ飛んだ。
「っうお!」
「よし!、そんな感じで次の札もやってみな」
成功したことに感動したのもつかのま、玄は指示されるまま次の札に取り掛かった。
そのまま、白札、黄札、青札の順で着々と技の登録を終えていく。
そして最後に、赤札と絵月札が残った。
玄は赤札になる予定の札をまじまじと見ながら、久遠に、
「赤札って、なんか技名とかつけた方がいいんですか?」
と、聞いた。
御化と秋の月札を見ていた限り、二人は技名を叫びながら勝負をしていた。
なので自分も何か名前をつけた方がいいのだろうか、と思ったのだ。
久遠は顎に手を当てながら答えた。
「別にどっちでもいいけど、つけてない奴はあまりいないな、ほら、やっぱみんなキメる時はかっこよくキメたいだろ?」
「んー…」
そういうものなのか、と思った。
だがしかし、どうせするならかっこよく、というのは理解できた。
小さい頃、テレビで見ていたヒーローの真似をして技を叫んだりしたのを思い出す。
あれの延長線か、と思うとしっくりくる。
玄はしばらく考えた後、思い浮かんだ技名をつけた。技を登録するときよりも、すんなりと思いついた。
「赤札【月夜の白鷺】」
手に持っていた札が赤く染まる。
「へぇ、なかなかいいじゃないか、お前、月が好きなのか?」
「えぇ、はい
昔から、この考えは変わってるってよく言われたんですけど、夜空で一番輝いているのは、星じゃなくて、大きな月だと思うんです」
「…!」
久遠の質問に対する玄の答えに答えに、久遠は目を見開いた。
そして、懐かしいものを見るように目を細める。
久遠のその反応を、微妙だと思ってそうしたと思った玄は自虐的な態度をとった。
「変わってますよね」
「…いや、いい考えだと思うぞ」
玄は久遠の言葉を慰めだと思ったが、久遠は心からそう思って言った。
玄には伝わらなかったが。
そんなことを話しながら、玄は最後の札に手を伸ばした。
「絵月札…どうしましょうか」
「別に、そこまで深く考えなくて、も、
ァー…秋の例があるから多少は考えた方がいいな」
「どういうことですか?」
久遠の言葉に引っかかりを感じた玄は、その話を詳しく聞きたくなり、問い詰めた。
久遠は複雑な顔をしながら答えてくれた。
「秋の絵月札は、秋の力じゃない、いや、正確には秋の力量は参考にしてる、のかァ?」
久遠の言葉に、玄は余計に頭がこんがらがってしまった。
意味がわからないと目を回す玄に、久遠は、もう少し詳しく話すな、と苦笑いしながら説明した。
「秋はな、絵月札の技を考える時、自分の力に由来するものじゃなくて、札そのものに干渉するものでもいいか俺に聞いてきたんだ。俺は前例があまりないから、できねェだろって思いながら了承した、そしたら…」
「できちゃったんですか…」
「あァ…」
頭を抱えながら言う久遠に、玄は同情した。
確かに、そんなことを考える人はあまりいないだろう。だが秋は思い付いた。そしてそれを実現できるほどの力も持っていた。
久遠は本気で秋ができるはずがないと思っていたのだろうが、秋はできてしまった。
その時彼はどれほど腰を抜かしたのだろう。
「いやァ、マジであのときびっくりした、本当に。あの後月札の調整とか結界の調整とかもろもろする羽目になったしなァ…」
久遠は遠い目をしながらため息をつくと、今はこの話はあんま関係ないな、と無理やり話を切り替えた。
「札が了承したら、ある程度干渉する技でもいいらしい。
だが、これに関しては力量によるからな、できない可能性もある。
まァ、そんときゃ、普通に御化みたいに相手に攻撃する技でもいいだろう。
とにかく、俺から言えることは、肩の力を抜いてがんばれ、としか言えないな。」
玄の肩をポンと軽く叩きながら久遠は彼を応援した。
玄はその応援を聞いた後、再び、最後の札と向き合う。
絵月札は、月札の中で最も重要な札だ。
御化のように、相手を攻撃する技でも、秋のように札に干渉する技でも、どちらにしろ、勝負において切り札のようなものとなるだろう。
だが玄は、久遠の話を聞いた時点で、秋のように札に干渉する技にしようと決めていた。
理由は単純、そちらの方が強いと思ったからだ。
秋は札の位を上げる技を使っていた。
なら自分なら、何を使う?
彼女の技は、ゲームで例えるなら自分自身にバフを重ねてかけるようなものだろう。
なら、デバフはどうだろうか。
月札において、何が起これば相手にとってのデバフになるのか。
そこまで考えたとき、玄の頭にふと、月札の内容が思い浮かんだ。
「(あ、これならデバフになるんじゃ…)」
そう思った瞬間、札が黒色から、月夜に舞う白鷺と寒白菊という、玄の部屋の襖と似た美しい絵に変わる。
久遠は楽しげに笑いながら、何を思い浮かべたんだ、と玄に聞いた。
玄は呆然としながら、
「相手の札が全部白札になれって…考えました…」
と答えた。
「おォ…中々えげつないな…」
思っていた以上にえげつない内容に久遠は口元を引き攣らせる。
だが、玄は久遠以上に今びっくりしていた。
まさか絵月札として登録できるだなんて期待していなかったからだ。
札に却下されると思っていた。
玄が驚きで固まる横で、彼が手に持っていた絵月札を久遠は何かを確認するようにじっと見つめる。
「ふむ、実際に月札をやってみないとわからないが、大体効果時間は四分ってとこか?」
「えっ、わかるんですか?!」
玄は驚いた。
見ただけでそんなことがわかるのか、と
久遠はなんでもないように笑うと、
一応旅館の管理者だからなァ、と言った。
管理者だからといって、ここまでできるものなのだろうか。
玄は久遠のその様子に、改めてこの人は人ではないのだな、と思った。
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