第29話 おまじないは幽霊産
その後、玄と御化は二人で並んで仲良く…というわけではないが、同じ風呂に入りながら話をしていた。
玄は御化と話をしながら、まじまじと彼を見つめた。
黒いふわふわのウルフカットに、きりりとした黒目。程よく鍛えられた肉体。
どこをとっても美青年だ。先ほどの美少女の少女成分はどこにもない。
そう思うと、玄の頭には先ほどの御化の裸体が頭に浮かんでしまう。玄は慌てて顔を振り、脳内から御化の裸体を追い出した。
そんな玄の様子を、御化は変なものでも見るかのように見ていたので、玄はなんとか誤魔化すために、御化に質問を投げかけた。
「幽霊でもお風呂って入るんですね、服とかどうしてるんですか?」
玄のそんな質問に、御化は案外事細かに答えた。昨日の秋と御化の月札騒動の時から思っていたが、彼女…いや、彼はどうやら、質問されたことについては丁寧に答えるタチらしい。日頃の態度はふざけているとしか言いようがないけれど、御化のこういうところは好感が持てるな、と玄は思った。
「幽霊ってか、こういう魂剥き出しよ〜みたいな奴らって俺含めて清いものとか水気が多いものとか大好きなんだよねぇ、お風呂とかその最たる場所じゃん?だからしょっちゅう入ってるよん。
服に関してはこう…念的な?
変われ〜って強く思ったら理想の服になるよん、ちな、裸になってるのは入ってるって気分に浸るためね。
俺幽霊だからさ、お湯の感触とか全然しないから気分だけでも入ってる感だそっかなって」
「今、お風呂に浸かってますけどその、浴槽の床とか透けたりしません?」
「気合でなんとかしてる」
「気合」
やけにカッコつけた顔で玄からの追加の質問に答えた御化の返答に、思わずオウム返しをしてしまう玄だったが、これは仕方ないだろうと思う。
気合ってなんだ、気合って。
気合で諸々のことをなんとかする幽霊なんて聞いたことがない。
が、実際目の前にはそれをやってのけてる幽霊がいるので、玄は深く考えることをやめた。
その後、もう少し話したあと、御化がざばっとお湯から体を起こすと、玄にそろそろ朝食の時間だから出なぁい?、と言う。それを聞いた玄は、御化と一緒に出ることにした。
脱衣所に出て、御化と一緒に服を着替えている最中、玄が服を着終わって横を向くとそこには既に服を着終わってフルーツ牛乳を取り出す御化がいた。
御化は脱衣所のベンチにコト、とお札で透けないように持ったフルーツ牛乳を置くと、じっとそのまま牛乳を見つめる。
一体何をしているのだろうと御化を見ていると、なんとみるみるうちにフルーツ牛乳が濁っていく。そして、最終的に、フルーツ牛乳は泥水のように変色してしまった。
「な、」
「はーうまうま!ごっちそうさまぁ」
御化は心底幸せそうな顔をしながら手を合わせた。玄は未だに状況を飲み込むことができなかった。
「牛乳が、腐った!?」
そう言い放った玄を失礼だなぁ、と顔を膨れさせ、不満げに言いながら御化は咎めた。
「もぉ、人間くんたら、さすがの俺でも腐ったものを飲み食いしようだなんて思わないよ。」
「いや、ちが、だって、牛乳が」
御化と泥水のような色になってしまったフルーツ牛乳の間で視線を彷徨わせると、御化が堪えきれないというように吹き出した。
そのまま黒い瞳に涙を浮かべ、体を揺らして笑い続けるものだから、玄は余計意味がわからなくなる。
「はーははは!!そのリアクション、人間くんほんっとウケるんだけど!
これがね俺の食事の仕方なんだわ。
食べ物から生命力や新鮮さ、そういう清いエネルギーみたいなものを吸収することで、食べたり飲んだりできない代わりに、食事を行うってわけ!味もなんとなくわかるよん」
そう説明して、腐った牛乳を備え付けの洗面台に流す御化。
玄はそれを聞いて、なるほど、と思う。
仏壇や地蔵さまにお供え物をするのと似たシステムか、と納得した。
地蔵や仏とは程遠いけどな、この人、とも思ったが。
そのまま瓶入れのようなカゴの中に瓶を突っ込むと、御化はそのままふわり、と浮いて廊下へと出ていった。玄も慌ててその後を追う。
そのまま御化を追いかけると、食堂に着いた。食堂にはまだ蓮太郎たちが料理を並べている最中だった。
忙しそうに動く彼らを見て、玄は早く来すぎたか、と申し訳なく思ったが、それとは反対に、御化はそのまま蓮太郎に突撃していく。
ひょい、と空中で体を前のめりにしたかと思うと、蓮太郎の面前に飛び出した。
「んばぁっ!!」
「おぉ御化、もう来たのか」
変な掛け声とともに飛び出してきた御化に驚く様子もなく、蓮太郎は対応した。
御化はそんな彼の様子がお気に召さなかったのか、ムッとした顔になる。
対する蓮太郎は涼しい顔だ。
「蓮太郎さんつまんないよん!!反応薄すぎ!!」
「お前も懲りないよなぁ、てか、今日は男の姿なんだな」
「いやぁ、どしよ、しょーみ戻ろっかなぁとか思ったり?女の子の方がウケがいいんだよね」
そんな会話を交わす中、蓮太郎は食堂に入ってきた玄に気づいた。
手に持っていた皿を置いて、玄に挨拶をする。
「おはよ」
「おはようございます」
彼からの挨拶に、玄が返す。
ふと、視線を蓮太郎が置いたお皿に移すと、朝食が皿に乗っていた。
今日の朝ごはんは白米と味噌汁、鰆のゆず味噌掛け、サラダの四種だった。
玄は思わず、唾を飲み込む。
すごく美味しそうだったからだ。
「お前、今日が初仕事だろ?たくさん食えよ〜、モノ食わねぇと元気なんて出ないんだから」
そんな気持ちを察知した蓮太郎がそう言うと、御化も玄に近寄り、顔を覗き込んできた。そして、透過防止のお札を手に貼り付けてぐるぐると手全体を覆ったかと思うと、そのまま玄の髪に手を伸ばす。
「へぇ、初仕事、ねぇ…、
じゃあ初仕事の人間くんに、先輩でもスーパー幽霊でもある俺がおまじないをしてあげるよーん!動かないでねん」
「な、何をする気ですか」
手をわきわきさせて近づく御化に思わず身じろいだ玄だったが、そんなのお構いなしに、御化は玄の髪に触れる。
そのまま、玄の横髪をかき集めたかと思うと、集めた髪を三つ編みにし始めた。
あみあみとひたすら三つ編みをする御化だったが、編み終わりが近づくと、最後に赤い結い紐を取り出した。そして、器用に三つ編みの最後をキュっと結ぶ。
「うぃ、かんっせい!」
この場には鏡がないので、詳しい自分の姿はわからなかったが、御化によって、右横の髪だけ三つ編みにされたことだけは把握できた。
玄は三つ編みに手を伸ばすと、編み込まれた部分を触った。かなり綺麗に編まれており、手触りもいい。ただ、紐が蝶々結びで可愛くされているのが不満に思った。
成人男性の蝶々結びってキツくないですか、と問いかけるも、御化も蓮太郎もニヤニヤ笑いながら似合っているとしか言わない。
二人の様子に玄は不安になったが、せっかく結んでもらったものを解くのも少し申し訳なかったので、仕方なくそのまま過ごすことにした。
しばらく待っていると、徐々に食堂に訪れる者が増え始める。15分もすれば、食堂の席が全て埋まった。
今回、玄の隣に座ったのは御化と海だった。
ちなみに海は先ほど来た。
さらに、彼女はついさっき起きたばかりのようで、頭には昨日結んでいたツインテールは存在しておらず、彼女の長くグラデーションのかかった美しい髪が背中を流れている。
しかし、前髪の三つ編みだけは健在していた。
玄は寝ぼけて三つ編みだけ結んでしまったのだろうか、とそんな海を少し疑問に思った。
「玄くん、それに御化ちゃ、いや、今は御化くんかしら、おはよ〜、ふぁあ…まだ眠たいわ…」
「海ちゃんじゃんおはよ」
「海先輩、おはようございます」
そのまま寝落ちしてしまいそうな海を二人でなんとかフォローしながら、昨日ご飯を食べた時と同じく、久遠の掛け声で皆、食事を始めた。
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