第5話 先輩と案内と


「っー??!!?」



玄は悲鳴をあげそうになった。なぜなら目の前の全裸の人物は女性だったからだ。

首から変な音がするんじゃないかという勢いで玄は目線を逸らした。

近くにいた久遠は頭を抱えた。


だがしかし、目の前の彼女はそんな二人の様子をものともせず、にっこりと笑って元気よく話し始める。



「久遠さん、お呼びでしょうか!」



そんな彼女の様子に呆れた久遠は部屋の中に置いてある服入れまで素早く移動し服を取り出すとそのまま彼女に投げつける。



「お呼びだがおめーはまず服を着ろ、服を」



「わぷっ」



しばらくすると、するすると服が擦れる音が聞こえ始めた。そろそろいいか、と玄は思い、ちら、と彼女の方を見ると見たらアウトな部分は概ね服で隠れたため、ほっと胸を撫で下ろした。


そして、改めて彼女をまじまじと見る。


上の方に髪を二つに括ったキラキラの金糸のような髪の毛。よくみると、髪色は毛先にかけて赤くグラデーションがかかっている。


そして玄が何より目を引いてしまったのが、特徴的な前髪だ。彼女は前髪を三つ編みにして顔の真ん前に垂らしていた。


あとなぜか髪の毛が全体的に濡れている。

シャワーでも浴びていたのだろうか?


あまりにヘンテコな髪型と様子に玄は何か言った方がいいのだろうかと考え、言葉を絞り出す。



「あの、なぜ、服を…?」



「こいつ服着るの慣れていないんだ」



久遠からそう返され、今度は玄が頭を抱えた。服を着るのに慣れてないってなんだよ、どこかの民族か何かか、てか民族以前に人外か、と、内心荒ぶっていた。


そのうち彼女は完全に着替えを終わらせ、久遠と玄に向き合って座った。



「改めまして!久遠さんお呼びですね、何をしましょうか?」


「よ〜ォ、うな、呼びつけていきなりで悪いが、人を紹介したい。ここにいるこいつは人間で、名前は玄、ここの従業員になる奴でお前の後輩だ」



そう久遠がいうと、ピシャーンと稲妻が落ちたかのように海という少女が固まった後、絞り出すような声で、


「後…輩…?!」


と言った。そしてふるふると震えながら玄の方を振り返った。



「ど、どうも?」



玄が話かけると、海はガバッと顔をあげ、瞳をキラキラさせながら、叫んだ。



「に、んげん…?しかも、私の後輩…??!

っ後輩くん、私、私先輩、先輩よ!!何か困ったことあるかしら?!」



「っうぇ!?!」



瞳に光を宿したかと思えば、玄の手をガバリと掴み、意気揚々と迫った。


突進する猪の如き勢いに玄はたじたじである。そんな様子もお構いなしに、彼女は興奮が抑えられないとでもいうように頬を朱く染め、捲し立てる。



あなたどこからきたの?

家族はいる?

好きな食べ物は?

ここのご飯はもう食べた?

好きな散歩スポットとかある?

人間の同僚は初めてだから何か変なところがあったら言ってちょうだい!


などなどなど…



玄は目をぐるぐるしながら言われたことに一つ一つ丁寧に答えていった。


途中見かねた久遠が海を止めようとしたが、玄が目線で構わないという意志を送ったので海からのマシンガントークはしばらく続いた。



全ての質問に答え終わりぜぇはぁと息を切らしそうになってきた頃、さすがに、と言ったふうに久遠が間に入った。



「おい、海、あまり新入りを困らせるんじゃない、早く案内してやれ」



「あっ、ご、ごめんなさいね!私ったら、嬉しくって」



ころころと愛らしく笑う彼女を見ると、さっきまでの会話の疲れも吹き飛ぶ…訳ではなく、普通に玄は、「ちょっと待ってくださいね」と、少し休みをもらってから海と共に旅館を回り始めた。



海と共に部屋を出た玄は、彼女からより詳しい旅館事情について聞くことにした。



「あの…、久遠さんからここの旅館での大まかな注意事項は聞いたのですが、細かいことまでは聞いていなくて…もしよければ、この旅館のことを教えてもらっても構いませんか?」


「いいわよ!!あと、そんな堅苦しくなくていいから!」



久遠と話した時は旅館で過ごす以上、最低限知っておかなければならなかったことだったが、彼女から話されることは旅館の中の人間関係や、細かな決まり事、そして今まで起きた面白いことだった。その一つ一つが非日常で面白く、玄の心をくすぐった。



「あ、あとね、あんまり旅館の中を汚したり、散らかしたりしたらダメよ!岩さんに怒られちゃうから!」



「いわさん?」



岩…と呼ばれる人物に玄は心当たりがあった。秋が岩ちゃんについて少しだけ言及していたからだ。


そういえば秋ちゃんも汚したらダメだと言っていた気がするなぁと思った玄はよほどその人は綺麗好きなのだろうと思った。しかし、



「ううん、岩さんは綺麗好きじゃないわ」



「えっ」



まさかの返答に玄は驚いた。

汚したら怒られるみたいなこと言われてるのに当の本人は綺麗好きではない…?


えっ、つまりそれって自分は汚すけど他人には汚されたくないタイプの人…?


そんな人、理不尽すぎではないか?


頭の中ではてなマークを浮かべる玄を知ってか知らずか海は会話を続けた。



「うちの従業員で、一番お掃除が得意なのが岩さんで、本人の好き嫌い関係無しに、適材適所でその役割、掃除人に収まってるの。


 でも、岩さん本人は別に綺麗好きでも、掃除好きでもないから、自分の仕事が増えるのをすんごく嫌がるのよね。


 それで、汚したら岩さんの仕事が増えるから怒られるって訳。」



「あぁ、なるほど…」



最初に自分が考えてたタイプの理不尽な人ではなかったが、こちらもこちらでかなり理不尽だな…というのが玄の感想だった。


だが自分の仕事が増える面倒さはなんとなく理解ができた。


確かに好きでもなんでもないことを仕事にしている以上、なるべく仕事量を抑えたいと思うのはなんら不思議ではない。


しかも他人のせいで自分の仕事が増やされるようなことがあれば、他人を責めたくなってしまうという気持ちもわかる。


しかし仕事として任されたのであればある程度は許容するべきでは?とも玄は思った。


そんな個性が強い岩さんの話をしているうちに、旅館内の厨房に当たる場所に二人は着いた。



「あらもう着いたのね、まだ話したいことがあるのに…」



「そうですね…」



玄はいつのまに着いたんだ、と思い、自分が感じている以上に歩いている時間が気にならないほど海の話に夢中になっていた事に気づく。

そもそもの話、彼女の声自体が心地よかった。まるで人魚が話しているかのような聞き心地だったのだ。


そんな人魚のような声で喋る海は、唐突に厨房と思わしき場所に掲げられた暖簾に頭を突っ込んだ。

その行動にこちらが目を丸くさせているのにも気づかず、彼女はすぅと息を吸うと、



「こんっにちわーーー!!!!」



と、厨房中に響き渡るのではないかというほどの大声で挨拶をかました。


元気でいいなぁ、と玄は思ったが、

仕事中の人に大声で声をかけてもいいのか、とも少し心配になった。



そして、ふと、このタイミングで秋に言われたセリフを思い出した。



___価値観の違いを楽しむ



玄はすっと頭が冷えるような心地になった。


自分は今、何を感じた?海先輩の行動に、何を思った?


ここは玄以外の従業員は全員人外なのだ。

玄の中の常識が通用するはずもない。


国違えば文化は丸ごと違う。


つまり人間ではなければ人間の文化どころか最低限の常識すら通じないのは当たり前である。


だから、普通仕事の作業をしている人には静かに話しかけるという常識の真反対をいったとしてもここではなんらおかしくないのだ。


それに彼女と初めて会った時だって、あんなことになったのだ。

そういえば、久遠から聞いたが、彼女は服を着るのに慣れていないと言っていた。


そうして常識の相違を認識した玄はふともう一度秋に言われた価値観の違いから起こる楽しさというセリフを思い出した。



______やっていけるだろうか、自分に。



今こうしたふとした場面でも相手との常識の差を感じてしまう自分が楽しさをこれで覚えることができるのだろうか、と少し不安な気持ちになってきたところで、暖簾から頭を戻した海がこちらを向いた。



「玄くん!蓮太郎さんがお料理つまんでいいって!」



「あ、はい…」



頭を横に振り、先ほどまでの考えを振り払う。


もうここの従業員になってしまったのだ。

今更後戻りはできない。今不安がったところで、もしかしたらいつかもっと大きな価値観の違いに戸惑うことがあるかもしれないし。


それにあの時、秋に対して頷いた時は不安なんてものはなく、ただただ期待と興奮が胸の中で踊っていたのだ。

きっとこれから楽しいことが待っている。

そう期待した。



そんな期待を抱いた自分はまだちゃんと胸の中にいる!

こんなことで不安を感じてどうする!



そう自分を鼓舞しながら、海に連れられ玄は一歩を踏み出し暖簾をくぐり厨房の中へ入った。





厨房の中は外の旅館と違い、そこまで和風な雰囲気ではなかった。

どちらかと言うと、大正や明治の頃のような、わかりやすく言うと、「レトロ」な作りをしていた。


ガスコンロやオーブンはもちろん置いてあるし、水道もシンクだし、壁紙もモダンな模様が刻まれている。

外が和風建築なため、中身も江戸時代の頃くらいのように釜とか置いてあるのかなと思っていた玄は、あまりの意外な作りにびっくりし、思わず心の声を漏らした。



「外と雰囲気が違う…」



「あー、だよなぁ、見た人みーんなそう言うからなぁ」



「!!??!」



急に声が聞こえ、そちらを振り返ると、男性が立っていた。


 髪は若草色で、マッシュのツーブロックという髪型をしており、着ている和服の色は、海の青に金の刺繍が入ったものと違い、濃い緑色に目玉をデフォルメしたような模様が刻まれていた。


さらに、彼は頭には布巾を被っていた。


そして特徴的なのが目だ。

彼の目はなぜか両目とも閉じられている、が、なんと額にもう一つ目がついていたのだ。



「あぎゃぁ!?」



変な声を出し飛び跳ね腰が抜けた玄をけらけらと笑いながら彼は玄に手を差し出した。

そして人好きそうな笑顔を浮かべると、



「驚かせて悪かったなぁ、

俺はこの旅館の料理長の三池蓮太郎だ。

お前さん、その様子を見るに旅館の新人だろ、しかも人間の」



そう言いながら蓮太郎と名乗った彼は腰を抜かした玄が立ち上がるのを手伝った。

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