第19話 思ったより怖くない


 音がした小屋の方を三人が向くと、そこには小屋そのものを破壊し、今にも出てこようとしている巨大な【ソレ】の姿があった。


 ソレは大きく、真っ黒な羽毛のような毛で体を覆っていた。足は鳥の脚に見える。これだけ聞くと、ソレに異常性はないように思える。


 だが、問題は羽毛から見える部位のことだった。


 まずソレの体には無数の口のようなものがついていた。


 口はどれも黒い液体を垂れ流し、舌のようなものを突き出しそこらにあったであろう虫や植物や動物を口の中へ放り込み、むしゃむしゃ食べている。


 さらに、人間の変色した四肢がめちゃくちゃな状態でその生物とも言えないソレの毛から突き出ていた。

 また、ソレの首と頭の部分は人間の形をしていたが、首は異様に長く、顔の部分は濁った錆色の髪の毛に覆われ見えない。

 ただ、顔と思われる部分から黒い液体を垂れ流し、それが地面にポタポタと溢れている。


 最も悍ましいのはソレの体の下部分に生えている牛の乳のようなものだった。


 ソレは到底生物の皮膚とは思えないほど濁った色をしており、牛の乳が出るであろう部位からも黒い液体を出している。


 しかも、他と違い、その部分から出た液体のみ、うぞうぞと蠢いている。端的に言ってとても気持ち悪かった。




「っぅ」



 玄はあまりの恐ろしさと嫌悪感に吐き気がした。

 御化のお札を握っているのに、だ。

 御化の方もやはりこれの姿に嫌悪感を感じるのか、不愉快さを隠さず顔に出している。


 そんな中、秋だけが何も気にせずにそれに近づく。



「夕日くん、大丈夫?」



 ソレの名前は夕日というらしい。

 夕日は秋の言葉に反応して、うめき声を上げ秋に擦り寄った。

 秋は黒い液体が付くのも気にせず夕日の頭を撫でてあやすような仕草をする。



「ぅ゛ぅ」



 撫でられていることをお気に召したのか、もっとしてくれと言わんばかりに頭を擦り付ける夕日。それに比例して黒い液体まみれになる秋。

 玄はあまりの光景に夕日から秋を引っぺがそうとするが、御化に首根っこを掴まれ止められてしまった。




「御化さん離してください!!、秋ちゃんがばっちいことになってます!!!」



「気持ちはわかるよ、人間くん、でもね、今君が行ったら確実に夕日にぶち殺されるからやめな」



「夕日くんそんなことしないよ!、ね!!」



 脅かすように言いつつ目がこれは冗談じゃないと語っている御化に対して、黒い液体まみれになりながら秋がプンスコ怒る。しかし全然覇気はなく、まるで幼い子供に注意するかのように2人に言い放った。


 同意を求められた夕日は、賛成の意を込めたのか、ぐるると唸る。



「ほらね!、返事もしてるよ!!」



「…本当だ」



 夕日のその様子に御化は目を丸くする。

 玄は何もわからなかったが、とりあえずあの化け物にこちらを襲う意志などがないことがわかり、それだけでもかなりホッとした。



「本来なら返事すらままならないのに…、てか、秋ちゃん、さっき言ってた暴走じゃないってどういうこと〜?」



 玄は御化の言葉に確かに、と同意し、

 秋の元へと向かっていた道中での御化の言葉を思い出す。

 あの時、夕日は暴走していると御化は言っていたが、今この場で秋は暴走ではないと言った。


 玄もその点が気になり、秋の返答を待った。


 秋は皆の顔を交互に見て、口を開いた。



「夕日くんは元の姿に戻れなくなっただけだよ」


「元の姿?」



 玄の疑問そうな声に秋は、うん、と頷いた。


 話によると、ここの従業員の中には人に近い姿に化けて働いているものもいるのだという。

 夕日もそのようにして働いている従業員の一人で、暴走状態になると自我を失い暴れて元の姿…今の悍ましい姿になってしまうのだが、今回はどういうわけか、暴走状態ではないというのに元の姿に戻ってしまい、そのまま戻れなくなってしまったらしい。



「暴走したって勘違いされて小屋に押し込まれる前に、夕日くんに大丈夫?って確認したら大丈夫って言うから放っておいたんだ。


 私も、小屋にいれられる前になんとかしてあげたかったけど、どうすればいいかわかんなかったから。


 でも、元の姿に戻ったことで夕日くんの中にある穢れが山から漏れちゃってたから、どうしようかなって思って。


 ほら、お昼とか、今とか、玄くんの体調と気分、悪くなっちゃってるでしょ?

 これ、夕日くんから出てる穢れの影響なんだよね。


 それに一人はやっぱ寂しいかなって思ったし。


 とりあえず離れの庭まで連れ出して久遠ちゃんに診てもらおうと思ったんだ」



「なるほど…だから結界を解いてほしいって…、っそれなら最初にそれを言ってよ〜!!秋ちゅあん!!!」



 御化が張り詰めていた空気を解き、元のふざけた雰囲気に戻る。

 そして改めて秋の行動を咎めたが、秋はふくれっつらをして御化に言い返した。



「だって聞かれなかったんだもん」


「はぁ!!?」



 子供らしい喧嘩のようなものをし始めた2人を、夕日と玄はおろおろしながら眺めていたが、そのうち、夕日は2人の様子を見るのに飽きたのか、玄へと興味を示した。



「ひょぇ…な、なんですか?」


「…」



 いくら敵意はないとわかったとしてもやはり怖いものは怖かった玄は少し身構えてしまった。


 すると玄が怯えていることがわかったのか、夕日は動きを止めゆらゆらと長い首を揺らすと、徐に体に複数ある口のうちの一つから舌をうにょーんと伸ばしたのだ。

 玄はとんでもなくキモい…と思いつつ頑張って喉まで出かかったその言葉を抑えた。


 夕日の舌は何かを探すように周囲をふらふら彷徨うと、急に茂みの中に舌を突っこんだ。


 そしてその茂みにいたであろうリスを舌でぐるぐる巻きにして捕らえた後、玄に差し出した。


 差し出されたリスはかわいそうなくらいピクピクと震えて、表情は死を覚悟しており痛々しい。



「…」



 首をゆらゆらとゆらし、受け取って!と言わんばかりにぐいぐいとリスを差し出す夕日。緊張しているのか、興奮しているのかわからないが、ぼたぼたと落ちる黒い液体の量が増える。


 玄はどうしていいかわからなくなり、口喧嘩している二人に助けを求めたが二人は喧嘩に集中しているのか玄の視線に気づかなかった。



「…ぁ、りがとう…、でも、リスはいらないなぁ…」



 どうにでもなれ!!と、玄が恐る恐る申し訳なさそうに言うと、

 夕日は、わかった、と言うふうに首を縦に揺らすと、そのままそのリスを己の体についている口の中に放り込みむしゃむしゃと食べてしまった。


 玄は喉から変な声を出してまたまたドン引きした。


 夕日はそんな玄の反応になにを思ったかはわからないが気に入ったらしく、すりすりと体を寄せてくる。

 だが夕日が近づくとともに息がしづらくなる上に気分と吐き気が悪化するので夕日がこちらへ近づくのに合わせて玄も後退した。


 最初に思った時より怖くないが、いかんせん見た目がアレすぎて視界にあまりいれたくないというのもある。



「あ、秋ちゃん…御化さん…」



 二人はまだ喧嘩していた。玄はあの二人どこまで喧嘩するつもりなんだ!?と困り果て顔を覆った。


 気分としては幼児を三人相手にしている気分だ。


 もうどうしよう…と玄が思っていたその時、



「玄、秋、御化!!」



 久遠が走ってこちらへと向かってくるのが視界に入る。


 玄は本気で天の助けが来たと思い、久遠の方へ駆け寄った。

 秋と御化と夕日も久遠が来たことに気づき動きを止める。


 久遠は、大きな体を揺らしながらぜえぜえと息を切らした。


 そして四人の元へと辿り着くと、

 まず第一に、



「こんのあほども!!!!!!」



 と怒鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る