第24話 飲めや歌えもほどほどに



 玄が絶体絶命の場面に直撃する少し前、


 皆が美味しいご飯とともに、酒も嗜み始めた頃に、かくいう玄も、久遠に薦められるまま酒を飲んでいた。

 久遠が選ぶ酒は日本酒のようなものから異世界のものであろう酒もたくさんあり、そのどれを飲んでも喉が蕩けそうなほど美味しい。



 そこからさらにしばらく経った頃には、食堂にはすっかり酒の匂いが立ち込めていた。



 玄はそこまで酒が強いというわけでもないため、普段はセーブして飲むのだが、美味しい酒とご飯と賑やかな場の雰囲気にすっかり呑まれてしまい、お酒を次々かぱかぱ飲み、酔っ払ってしまった。


 隣にいた久遠も酔っているようだったが、飲んでる量が玄と比べ物にならないほど飲んでいる。先程一升瓶を空にしたというのに、今度は樽酒を開けようとしている。本来なら誰かしら止めた方がいいのだが、誰も止めない。


 近くにある面子で唯一酔っていないのは目の前にいる夕日と秋しかいなかった。とはいえ、夕日は夕日ですっかり料理の虜になり、周りが見えていないようで、大皿を次から次へと空にしていく。

 机一個にのっていた全ての大皿を空にすると、別の机へと移動して行った。


 夕日の隣にいた秋は、最初は皆とともに酒を飲もうとしたが、久遠に「その見た目で飲むのはアウトだろ」とストップがかかり、リンゴジュースをちびちび飲んでいる。




「あきちゃぁ〜ん」



「玄くんお酒臭いよ」




 一人でちまちま飲んだり食べたりする秋を見ていた玄はなんだか彼女が可愛くて、それでいて可哀想に思えてきて、秋の隣まで行き、彼女にダル絡みし始めた。

 秋は酒臭いのがお気に召さなかったらしく、そっと玄から距離を取る。


 だがそんなことお構いなしに玄は秋を構い倒した。


 秋の小さな触り心地の良い頭をわしゃわしゃと撫でる。秋の髪は見た目通り指通りがよく、これだけ乱雑に撫でているというのに、指に全く絡まない。


 秋は玄が引かないことを思い知ったのか、玄の好きにさせた。顔は不機嫌そうだが。




「ぶへへぇ、秋ちゃーん、ありがとなー、僕をここに連れてきてくれてー」



「…ぇ」




 唐突なお礼に思わず秋は動揺した。

 玄はそんな彼女に気が付かず、相変わらず頭を撫で続ける。

 だが、秋の方もボサボサになっていく髪を気にも止めず、赤い瞳をゆらゆらと揺らし、玄の酔って赤くなった顔を捉える。




「秋ちゃんが来なかったら、きっと僕は幻覚だと思って、あのまま帰ってた…きっと、ここに来れてなかった…他の人にも会えてなかった」



「…」



「だから、秋ちゃん、連れてきてくれてありがとう。なんか、秋ちゃんって、神様みたいだ、導きの神様、ほんとうに、ありがとう」




 きっと、玄は今自分が何を言っているかなんてわかっていないのだろう、アルコールに酔って赤くなった顔と、回っていない舌がそれを物語っている。

 だから玄はわかるはずもないだろう、この言葉を聞いて、秋が何を思ったかなんて。


 目の前の秋の顔は、頬に派手に朱が差し、瞳に負けないほどに耳まで真っ赤になっていた。


 金魚のように口をはくはくさせ、何か言いたげにしたと思うと、言葉を飲み込むような仕草をして、黙り込む。


 そして、しばらくして、少し気持ちが落ち着いたのか、深く長いため息をついた。


 息を吐ききった彼女は、意識が半分どこかへオサラバしている玄の頬を小さな両手で覆う。



「ん〜?」



「…玄くんは、これを聞いても、覚えてないかもしれないし、今だって聞こえてないかもしれない」



 独り言のように、秘め事を話すように、小さな声で、ゆっくりと優しく、幼子をあやすように言葉を紡ぐ秋。玄はそんな秋を焦点の合わない目でぼんやりと見つめた。




「ねぇ、玄くん、私が本当は君よりもずぅっと年上なんだって…頑張れば、もうちょっと違う姿にだってなれるって、知ったら君はどんな顔をするのかな、もしかしたら、びっくりしちゃう?」




 頬をむぎゅむぎゅとマッサージするようにこねくりまわすと、玄は心地良さそうに声を漏らす。どうやら秋の言葉は全く聞こえてないようだった。


 それに気づいた秋は、安心したように言葉を続ける。




「大切なものは、大事にしまって、

【隠してしまえばいい】だなんて、あんなこともう一回したら、師匠に怒られちゃうのに…


 …玄くんって、不思議だよね、なんか私、初めて会ったのに、もうこんなに玄くんのことが気に入っちゃった」




 ふわり、と秋が笑う。

 それは玄が見たことのある秋の笑顔の中で、一番綺麗で、一番大人びた笑顔だった。

 赤い瞳にはどこまでも深い慈愛が宿っていて、ずっと見つめていたら呑まれてしまいそうだ。


 その瞳が、笑顔が、妙に頭にこびりついた玄は、少し酔いが覚めてしまった。


 吹き飛んでいたもう半分の意識が戻って来る感覚がする。



「んぇぇ…、あ、きちゃん?何して…?」


「っふふ、なんでもないよ、ただ酔ったおバカな玄くんのほっぺをいじってた」



 先ほどのマッサージをするような動きとは打って変わり、乱暴に玄の頬を引っ張る秋。玄はあまりの痛さに叫び、サッと秋から離れる。



 秋ちゃん、痛いよ…と恨み言を吐いた玄だったが、頬をつねられ、酔いが少し覚めたおかげで今周りの状況がどうなっているのかを把握することができた。



 一言で言うなら惨状だった。



 料理や酒がそこら中に飛び散っている。なんならゴミや、何故か衣服もそこらへんに放られていおり、周りの者は酒を飲んでいるか、酔い潰れてひどい体勢で寝ているかの二択だった。


 知り合いがどうなっているか気になった玄は、あたりを見渡して探してみた。


 海は椅子にぐったりともたれかかりながら寝ていた。

 御化は一升瓶をぼたぼたとこぼしながら机に突っ伏しており、

 夕日は相変わらず残ったご飯をずっと食べている。

 一番酷かったのは久遠だ。酒樽を乱暴に持ち上げ、直飲みしていたのだ。もちろん、綺麗に飲めるはずがなく横からダバダバと酒が溢れていく。



「ひはははは!!!!」



 溢れた後の惨状を見た久遠は何がおかしいのやら、酷い顔でゲラゲラと笑う。

 玄は引いた。秋の目をそっと塞いだ。

 もう既に見てしまったので、意味がないことは重々承知だが。



 蓮太郎や岩、小太郎はいない。



 秋に聞くと、蓮太郎は片付け、岩は一人で飲みたいと言い、どこかへ行き、小太郎は自室に戻り、もう寝たらしい。


 秋から話を聞いている間に、なんと久遠は二樽目に手を伸ばした。

 周りの者も酔っ払い、皆盛り上がって久遠を止める気配はない。




「秋ちゃん、あれ止めた方がいいと思う?」



「止めなきゃお酒飲んだ人全員岩ちゃんに殺されると思うよ」




 秋は玄にそう言い残すと、そのままどこかへと立ち去ってしまった。


 秋の言葉を聞いた玄は久遠の元へ吹っ飛んで行った。酔いは一気に覚めた。海に案内された時のように岩の怒りを味わうのはもうごめんだったからだ。

 急いで久遠の元へ駆けて行った玄は樽を開けようとする久遠を必死に止めた。


 だが久遠の力は強く、中々酒樽から離れてくれない。




「久遠さん!!もう飲むのやめましょう!!岩さんに怒られます!!」



「岩ァ?はっ、あいつのどォこが怖いってんだ!!まだまだ飲んでやらァ!!」



 何をどうしようとも玄は久遠を止めることができなかった。

 普通に考えて、身長2メートルの男に身長170の男が敵うわけないのだが、どうやら玄も少し酔いが残っていたらしい。

 そんなこともわからないほど、冷静な判断ができなくなったいた。


 そのうち、少し取っ組み合うように玄と久遠は酒樽を奪い合うようになった。


 久遠は酒樽を奪われるのが本当に嫌だったらしく、なかなか諦めない玄に痺れを切らした。



「なかなかやるじゃねぇか、玄!!なんだァ?、そこまで諦めねぇなら月札でもやるかァ?!」



 久遠のその言葉を聞いた玄は驚いた。



「あ、え、僕でも月札できるんですか!!?」



「あァ、できるぞォ、なんだ?知らなかったのかァ?」



 聞いてません!と言う玄に、久遠は少し考え込み、月札のことを教えてやる代わりに樽を寄越せ、と取引を持ちかけてきた。



「俺は酒が飲めるし、お前は月札ができるようになる、一石二鳥だろォ?」




 久遠がドヤ顔でそう提案してきた時、正直玄はぐらついた。

 あの時や秋や御化のように、自分がかっこよく戦う姿を想像してしまったからだ。

 了承しようかしまいか、ぐらぐら悩んでいたその時、部屋にある声が響いた。




「ほぅ、まだ飲むつもりなのか」




 ぴしり、と音がしそうなほどに玄と久遠は固まった。

 ハスキーで、ドスの効いたこの声。


 久遠も玄も、この声の主を知っている。

 だが、二人の予想が当たっていれば、今この場で一番会いたくなかった人物が後ろにいることになる。


 全力で振り返りたくない。だが、それだと後が怖い。

 隣にいる久遠は、先ほどの赤い顔とは打って変わり、真っ青になっている。


 色々考えたのち、玄は意を決して、後ろに振り返った。


 そしてすぐに後悔した。


 そこには背後に般若を背負った岩が立っていたからだ。




「よぉ〜、よく振り返ったな、玄、後3秒振り返るのが遅かったらこうしてたところだ」



 そう言った直後、久遠の腹に岩の見事な右ストレートがヒットする。

 久遠はそのまま膝を床に突き、空になった酒樽の方まで這って行き、そのまま酒樽に顔を突っ込んで酒樽ごとばたりと倒れた。


 どうやら腹の中身が出そうになり、これ以上部屋を汚すまいと酒樽に顔を突っ込んだらしい。



 そして、前の話の最後に戻る。



「おい、これはどういうことだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る