黎明戯境〜就職先は自分以外の従業員が全員人外の旅館でした〜
鏡坂なぎ
戯境旅館へようこそ
第1話 就活失敗人間と和風なチラシ
「またかぁっ!!!!」
紙に書いてあった文を読んで思わず机に叩きつける。
かなり勢いをつけたというのに、紙はまるでダメージなんてないみたいにひらりと舞い、音も無く床にはらりと落ちる。
その紙には、こう書かれていた。
【不採用通知】
壁が薄いため騒音が隣の部屋にまで聞こえたのか、声がうるさいと言う感情をがっちりと込めたドンっと壁を叩く音が隣人の部屋から聞こえた。
だが、そんなこと、部屋で頭を抱えてのたうち回っている彼の耳には入っていないし、
彼自身、より重大で大変困る局面にあっているため、隣人にまで気などまわっていなかったのだ。
______やばい、本当にやばい
手に叩きつけじんじんと痛む手をさすりながらどばどばと滝の様な冷や汗を流し頭を抱えたこの青年。
彼の髪は日本人らしい焦茶色で、少し長いが、程よく切り整えられおり、通常ならば清潔感のあるザ、好青年の髪型に見られていただろうが、このときはその髪はボサボサになっていた。
それほどまで、青年の心は疲弊しきっているのだ。
この精神的に疲れ切ってしまっているこの青年は、どこにでもいる普通の一般人である。
ただし、『就職に落ちまくっている』という言葉がつくが。
それはそれはもう落ちに落ちまくっているのだ。
また、疲弊もあるが、青年の心が理不尽な怒りに埋め尽くされているのも、彼の心の疲れを倍増させている原因だろう。
「っていうか、就職に落ちた奴に様付けなんてするな!!!なんだよ白鷺玄様って!?
不採用通知のくせに!!!!煽ってんのかちくしょーーー!!!」
玄は自分が就職試験に落ちまくる理由なぞわからなかった。正確にはいくつか心当たりはあるのだが、それでもここまで落ちるとは思っていなかった。
小中高特に問題も起こさず、大学も留年することなく卒業することができた。
そんなどこにでもいる典型的な一般人なのである。
だが、どういうわけか、玄は、ひたすらに、ただひたすらに就職で不採用をくらいまくっていた。
ちなみに今回で面接試験に落ちたのは50回目となる。書類選考も含めると150回以上となるだろう。
そして、今の季節は4月…そして、彼が大学を卒業したのが、先月の3月である。
普通、就職先は大学卒業までにどうにかこうにかして内定をもらっておかなければ、危ういというか、アウトなのだ。
つまり、本当に後がない。
もっと言えば、後がないどころか、現在進行形で後がない道を落ちて、崖から落ちているようなものだ。
「もう…頼むから本当に…どこでもいい…!とにかく働ける場所、どこかにないかなぁ…?」
ブラック企業が聞いたら即採用しそうな言葉だったが、玄はすでに巷でそこそこブラックなことで有名な会社に履歴書を送って既に落ちている。
つまりブラック企業すらなぜか平凡な玄を不採用にしたのだ。
意味がわからない、なぜ自分はこんなに落ちるのだろう。
玄は怒りや悔しさを通り越して疑問と呆れの境地に至っていた。
机にがっくしとつっぷしながらうんうん呻いていると、そんな玄の汚いうめき声をを断ち切るように、玄関からガタンという音が聞こえた。
「ん…何…?」
ずるずると玄関へ向かうと先ほどの音は郵便物の音だったことに玄は気づく。
普通気づくのに、気づかないとか…とあまりの己の疲れように玄は心の中で自分を嘲笑した。笑うしかなかった。
ズルズルと体を引きずりながら玄関まで行き、とりあえず何が来たのだろうと紙の束を手に取った。
届いた紙の束の中には、お店の特売や広告などがあった。
「お店の特売、後で行くか、えーと、ピザや寿司の広告…そんな金ないってのに、くそ、うまそうだな、この写真…、このチラシ食ったら寿司の味しないかな…?車検の広告ぅ?僕車なんて持ってないのに…」
いらないチラシばかりで、逆に気が滅入ってきてしまった。
玄は内心、疲れ切った心を少しでも気分転換でもできたらいいのにと思っていた。
だが、それなのにこれでは逆効果ではないか。
玄は自分の判断を後悔した。どうせ残りもゴミ同然のものばかり、そう考え、まとめてゴミ箱へぐしゃりと放り込む。
だが、放り込んだことによって重なっていた紙がずれたのか、見慣れないチラシが目に入った。
「なんだ、これ」
それは和風テイストでデザインされているチラシだった。
紙の背景は濃い真紅で染められ、金や黒、はたまた黄色といった色で飾りを彩っている。文字の書体は一瞬、明朝体で印刷されているかと思ったが、よく見てみると、ちゃんと筆で書いた字のようだった。
手間も何もかもをかけられて丁寧に作られたチラシに玄は一瞬心を奪われた。
そしてハッとして首を緩く振り、意識を正面に戻すと、ようやくチラシの内容を読み始めた。
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思わずといった内容に玄の目ん玉は飛び出るんじゃないかというほどに見開かれた。
「え、この紙、なんて書いて、は?」
ありえない、その一言が心の内を占めた
こんな好条件な職場なんて、普通ない。
詳細をよく読んでみたが、
福利厚生もしっかりしている。
そして何より生活全てがあちら持ちというのが玄にとって最も魅力的なメリットだった。
このアパート、本当に隣との壁が薄く、騒音がとてもひどいのだ。
テレビの音が少し大きければ聞こえるし、洗濯機の音も時たま聞こえる。
足音などは、どすどすと夜中も音を立てられて、慣れるまでは寝不足に悩まされた。
今でもたまに寝れない時もある。
1番最悪なのは隣人が恋人を連れ込んだときだ。一晩中賑やかな音が聞こえたせいでその日はふらふらしながら大学に行った。
なので、住み込みというのは、玄にとって、リラックスできないこのアパートから出るまたとない絶好のチャンスだった。
「旅館従業員かぁ…、別に人に言っても全然恥ずかしくない職業だよな、うん」
旅館で働く自分を想像してふへふへと妄想していると、玄はあることに気づいた。
この広告、事前連絡などの要項が書かれていなかったのだ。
「…どういうことだ?いきなりぶっつけで行けってことか?準備とか用意とか、何かしなきゃいけないこととかないのか?いや、そんなわけないよ、ね?」
よくわからない時はちゃんと就活元に聞くのが一番だということをこの就活で知った玄は、繋がるか否か、という一抹の不安を胸に、広告に乗っていた電話番号に連絡することにした。
ぴぽぴぽと、番号をスマホに打ち込むと、
しばらくしてプルプルという電子音が聞こえた。
とりあえず繋がったことに玄はホッと胸を撫で下ろした。
ぷつ、と音が鳴り、あちらと繋がったことがわかり、さらにどきどきと緊張によって高鳴る胸を抑えながら、震える声を絞り出した。
「もしもし、」
数瞬の間を起き、返答の声が返された。
が、
【…だれ?】
「!!??」
普通、その声の主があまりに幼い少女とは思わないだろう。
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