第16話 秋追えば幽霊に当たる



 山に足を踏み入れた玄は、月明かりだけを頼りに道かどうかも言い難い山道を歩いていた。辺りはしぃんとしていて玄の足音のみが響く。

 歩みを進めるたびに恐怖は大きくなり、頭の中の冷静な己が引き返せと警報を鳴らす。


 だが玄は歩みを止めなかった。


 秋を追わなければ、ただそれだけを考えていた。

 ざくざくと草をふみしばらく歩いたが、秋の痕跡はどこにも見つからない。


 一瞬もしかしたらあれは己の見間違いだったのだろうか、と玄は思ったが、すぐに首を振り考えを直す。

 あれは確かに秋だった。


 早く、早く見つけねば、と焦り、汗をダラダラと垂らし、歩みを早めようとしたそのとき、玄は自分の足元にお札のようなものが落ちていることに気づく。


 そして改めて周囲を見渡してみると、あちこちにお札が散らばっていた。

 中には焦げついたかのような痕跡があるものもある。


 もう一度、玄は足元のお札を見た。

 お札は山のさらに奥深くへと続いており、

 玄はこれは秋の痕跡に違いないと考え、お札を辿ることにした。


 お札を頼りに道を辿ると、道の先に人影があることに玄は気づき、慌てて駆け寄った。


 だがその人影は秋ではなく、別の人物だった。



「ん?えっ、人間くん?」



 この旅館で玄を人間くんと呼ぶのは今のところ一人しかいない。

 人影の正体は御化だったのだ。

 御化は真っ黒な瞳を丸くして玄を見つめた。


 玄は肩を落としてガッカリした。



「何ぃ〜?めっちゃガッカリするじゃん、失礼すぎじゃん」



 御化はけたけたと笑いながら心底面白いと言わんばかりに言い放った。



「す、すみません…」


「謝りたいんだったらこれ外してよん」



 そう言い、御化は徐に後ろを振り向くと、

 ほれ、と玄に背中を差し出した。

 その背中にはお札が貼ってあった。


 玄は言われた通り、べり、とお札を剥がすと、お札は剥がした瞬間に燃え始め、思わずお札を手から離してしまった。


 そんな玄の様子を気にも止めず、御化は

 やっと動けるー、と喜んだ。




「もっ、燃え…!?、どういうことですか!?」



「んー?、とりま歩きながら説明してあげるから着いてきなよ」



「ぁ、でも僕は、」



「君、秋ちゃん追いかけにきたっしょ」




 御化にそう言われた瞬間、玄は固まってしまった。御化は玄のその様子に、バレバレだねぇとこぼすと玄を手招きし、歩き始める。


 玄は一瞬迷ったが、他に選択肢はないと思い、御化に着いて行くことを決めた。




「御化さんは秋ちゃんを見ましたか?」



「見たっつーか、あのお札を自分に貼っつけたのは秋ちゃんだからねぇ」



 その言葉を皮切りに、御化は起こったことを話し始めた。



 まず、この山の奥にはある小屋があり、今の時期はその小屋にある従業員を閉じ込めているのだという。

 なぜ閉じ込めているのかというと、その従業員はある一定の期間で暴走状態に入るらしく、暴走が収まるまでの間、小屋に閉じ込めているらしい。

 その間、小屋に誰も近づかないようにするためかつ、それが小屋から出ないよう結界を貼るために、見張り兼結界師として御化が動いているということだった。


 そして、秋がこの山道に入った理由として、その暴走している子に会いに行くためだと、御化は玄に話した。




「なぜ秋ちゃんはその子のところに…?」



「んー、しらね」



「そんな…」



「ごめんて、まぁただ、秋ちゃんが会いに行くと、あの子の暴走が少しマシになんだよね。だから久遠さんも秋ちゃんが会いに行くの黙認してるし。」



「久遠さんも認知済みなんですね」



「でなきゃこんなことできないっしょ」



 はは、と乾いた笑みを浮かべそう言い放った御化に、これはもしかしてその例の従業員について決めるときになんか色々あったんだなと察した玄は咄嗟に話題を変えた。



「そういえば、なぜ御化さんにお札が?それにたくさん散らばっていましたし」



「あー、あれね」



 御化が言うには暴走状態になった子に会いに、今まで通り秋が来たのだという。

 だがなんと、秋はあの子を閉じ込めている結界を外せと言い出したのだ。


 御化が秋と関わってきた今までそんなことを言われたのは初めてだった。


 もちろん、御化は拒否した。


 すると秋は、なんと急に月札をしましょ、と言い始めたのだ。



 そのことを聞いた瞬間、玄はちょっと待て、と御化を止めた。



「月札?」


「あー、人間くん知らないかぁ、まぁ人間くん今日来たばっかりだしね、久遠さんも初歩的なことしか教えないよねぇ、


 この旅館ではね、客や従業員が何かを争う時は、月札っていうのをすんだよ


 月札で使うのはこういうやつ。」



 御化が出した手のひらには、可愛らしいお化けの絵が描かれた小さな花札のようなものがあった。



「うちの旅館で喧嘩とか何かを争うときは、まず口上を唱えて、結界を張ることからはじまんの」


「口上?」


「気軽に言ったら結界貼って今から喧嘩する判定食らうから今は言えないけどね。


 なんで結界を張るのかって言うと、

 これは自分の身代わりみたいなもん。


 まず月札の基本ルールとして、相手の結界を制限時間内に壊すか、相手の結界を自分の結界より傷つければ勝ちってルールがあんだよね。


 んで、月札が始まったらこの札を使って勝負すんの。


 これの仕組みは、まず札は1人49枚あって、それぞれ札には赤、青、黄、白、そんで絵月札っていう5種類があんの。


 絵月札は1枚しかないけど、

 赤は5枚、

 青は9枚

 黄は10枚

 白は24枚、それぞれある。


 喧嘩する奴は手札として初期札8枚、

 49枚の山札から配られる。

 加えて、まぁ、『根本的な力の相性』みたいなのとかは仕方ないけど、

 元来の力量による差を無くすために、引いた札によって仕掛けていい攻撃の威力とかレパートリーとかが決まってて…


 まぁ、数が少ない札ほど威力が強いと思ってればいいよ。」



「…まとめると、

 絵札、赤、青、黄、白の順で強い攻撃が

 打てるけど、強い札になればなるほど

 その札を引く確率も低くなるってことですよね?


 でもそれだと強い札を引くまで引き続ければいいのでは?」



「あー、それも言うから、とりま聞いてて。

 てか理解力いいねぇ、人間くん、自分感心しちゃう。


 えーと、そんで引き続けるって話だっけ?それは月札の仕組み上、無理。


 8枚の札が手元にあるときはちゃんと

 攻撃をしないといけないってルールもあるんだよねぇ。

 札の破棄とか基本的に出来ないし。


 そうそう、月札には絶対守らないといけない四つのルールがあってね、



 其の壱、

 相手を殺すべからず


 其の弐、

 札の攻撃以外の破棄を禁ずる、

 また、破棄目的の攻撃も禁ずる


 其の参、

 勝ち負けを潔く認めるべし


 其の四、

 制限時間は二刻とする



 あ、ルール破ればいいとか考えたらだめだよん、口上唱えた時点で月札のルールに同意したとみなして破ったらペナルティあっから」



「なるほど…ん?、でも、ペナルティって誰から食らうんですか?それに、なんで口上を唱えたら結界が自動的に張ることが…?」



「詳しい仕組みは自分もよくわかんないけど、久遠さんが言うには口上の時点で、【この旅館そのもの】と契約を結んだ扱いになるって言ってた。結界の提供とペナルティはこの旅館からとも言ってたね、ペナルティの内容は、まぁ、其の時々によってまちまち」



「へぇ…すごい…」



「でしょー、考えた人頭いいよねー、

 しかもこれ、結構面白いんだよ?頭使うし」



 月札についての解説を話し終わると、御化は秋と何があったかの話の続きをし始めた。



 御化の最初の様子から既に察せられるが、御化は秋との月札に負けたのだ。


 あの大量の札は勝負の時の残骸らしい。


 負けた御化は秋に後ろを向けと言われ、月札のルール通り、負けを潔く認めるために御化は後ろを向いた。


 すると秋は地縛の札というお札を御化に貼り、それで身動きが取れなくなった御化を尻目に秋は走り去っていったのだと言う。




 そんな感じで月札や今までの経緯の話を話しているうちに、2人はいつの間にか目的地に着いていたらしい。


 終わりなどないと思っていた山道が急に

 ひらけたのだ。


 ひらけた場所は程よく整備されているらしく、今までの道のりほど荒れてはいなかった。その場所の中心に、例の小屋はあった。


 玄は目の前に現れた古い小屋を視界に入れた瞬間、顔を下向けた。

 吐き気を催したからだ。



「ぅ゛」


「…人間くんは見ない方がいいね、これ持ってて」


 御化が玄の手にあるお札を押し付ける。

 そのお札を受け取った瞬間、玄は少しだけ息が吸いやすくなり、ほっと胸を撫で下ろした。


 もう一度、玄は頑張って顔を上げると、

 小屋の前に秋が立っていた。




「…遅かったか」



 御化は思わず顔を顰めた。

 小屋に貼った結界が既に破壊されていたからだ。

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