第23話

「ついに来たわね」

「ついに来ちゃったね」


 そんなわけで、二人は遊園地にやってきた。


 西部劇や江戸時代、SFや中世など、テーマの異なる7つのエリアからなるファミリー向けテーマパーク、セブンスハイランドに。


「でも、どうしてセブンスハイランドなの? 遊園地の定番ならDで始まるネズミの国だと思うんだけど」

「うふふふ。すぐに分かるわ」


 意味深な笑みを浮かべる佳子と共に、ウキウキで手を繋ぎながら最初のエリアである現代モダンエリアに入っていく。


 こちらは雑居ビルやチェーン店が立ち並ぶ、現代的な街並みのエリアである。


 一見すると地味な場所だが、パトカーに囲まれた銀行が体験型のアトラクションになっていたり、歓楽街でショーをやっていたり、スラム化したり、大災害にあった後みたいに壊れている場所があったりと、これで色々見どころがあるらしい。


「遊園地なんて中学校の修学旅行以来だよ! ワクワクしちゃうな!」

「私も同じよ。一人では行く機会もないし、行く気にもなれないものね」

「あ! 見て見て佳子ちゃん! お面ライダーだ! ラオウにクラフト、ファントムもいるよ! 懐かしい! あっちのはオーガかな? 他にも色々! 映画みたい! イベントでもやってるのかな?」


 倒壊したビルのセットを背景に、歴代のライダー達がビシッとポーズを取っている。周りには子供連れの家族が集まり、撮影会を行っていた。


「うふふふふ。そうかもしれないわね」


 やはり佳子は意味深に笑うのみだ。


 ちょっと気になる反応だが、それよりも裕太はお面ライダーが気になった。


「ねぇ佳子ちゃん。僕も写真撮ってきていい?」

「もちろんよ。お願いしたら、一緒に撮ってくれると思うわ」

「本当!?」


 本当だった。


 勇気を出して声をかけると、ライダー達は愛想よく頷き、喜んで一緒に写真を撮ってくれた。


 裕太は別に特撮オタクというわけではないが、オタクの一般教養程度にはニチアサ枠を嗜んでいる。


 懐かしのライダー達に囲まれて一緒にポーズを取っていると、童心にかえった気分だ。


「あ~楽しかった! ごめんね、付き合わせちゃって!」

「いいのよいいの。私もお面ライダーは見ていたし。ちいちゃな子供と一緒になってはしゃいでいる佑香ちゃんはショタ味があって可愛かったわ」

「うっ。言わないでよ、恥ずかしい……」

「だからいいのよ。それがいいんじゃない」


 ホクホク顔の佳子である。


 そこから少し歩くと。


「わ! わわわわ! 佳子ちゃん佳子ちゃん! あれ、あれ見て! カワキュア! カワキュアもいるよ!」


 お面ライダーと並ぶニチアサの代名詞であるカワキュアが、ズラリと並んでポーズを取っていた。やはりこちらも色んなシリーズのキャラが集まっているのだが。


「でも、なんで黄色枠だけなんだろう……」

「うふふふふ。なんででしょうね。不思議だわ」

「その感じ……。絶対知ってるでしょ! 教えてよ!」

「え~。どうしようかしら? それより、折角だからあの子達とも記念撮影をして貰ったら? 好きなんでしょう? カワキュア」

「べ、別に、好きじゃないよ。普通だよ! 普通にちょっと見てただけ!」

「恥ずかしがらなくたっていいじゃない。私の前で見栄を張る必要はないのよ?」


 なにもかも、全てズバッとお見通し。


 そんな目をして佳子は言う。


「う……。そりゃ、どっちかと言えば好きだけど……。むしろこっちがメインまであるけど……。でも、小さな女の子に混ざって写真撮って貰うのは恥ずかしいよ……」

「いいじゃない。今の佑香ちゃんは誰が見たって完璧に可愛らしい女の子なのだから。それにほら、大きなお友達だって沢山混ざっているじゃない」


 佳子の言う通り、カワキュアと戯れる女児達を遠巻きに、大きなカメラを構えたおじさん達が囲んでいた。


 そこはかとなく、犯罪臭を感じてしまう。


「むしろちょっと怖いんだけど……」

「まぁそうだけれど。こんなチャンス滅多にない事だし。行きたいのなら行くべきだわ。折角のデートなのだし、佑香ちゃんには楽しい思いをして欲しい。後でああすればよかったなんて後悔は欲しくないわ。恥ずかしいなら、私が代わりに頼んであげてもいいのよ?」


 そうしてくれたら助かるのだが。


 裕太にだって見栄はある。


「じ、自分で言うよ!」


 というわけで、同じように声をかけ、女児に混ざって記念写真を撮って貰った。


 イベントコンパニオンの割には、カワキュア達は妙に気さくだった。


「可愛い~!」

「それ、なんのキャラですか?」

「〇ーゼンメイデン……は違うか」

「え~! 私服!? 全然見えない!? 超かわい~!」

「えっと、あの、ど、どうも……」


 カワキュア達にちやほやされてタジタジの裕太である。


 恥ずかしくなり、そそくさと退散した。


「えへへ、なんか褒められちゃった――イダイ!?」


 いきなりお尻を抓られ飛び上がる。


「なんで抓るの!?」

「だって佑香ちゃん。私以外の女にチヤホヤされてデレデレしているんだもの。そんなの浮気よ。嫉妬するわ」


 佳子はぷくっと頬を膨らませ、プイっとそっぽを向いた。


 勧めたのは佳子なのに、そんなの罠じゃん!


 でも、そんな所も可愛らしい。


「で、デレデレなんかしてないよ! 僕は佳子ちゃん一筋だから! オタクとして反応しただけで、下心なんか一切ないから!」

「当たり前でしょ。私以外の女に欲情するなんて絶対ダメ。そんな事したら……」


 凄まれて、裕太はゴクリと唾を飲む。


 佳子ならば、本気でチンコを捥ぐとか言い出しそうだ。


 ところがだ。


「……泣いちゃうんだから」


 不安そうに佳子は言った。


 予想外の反応に、裕太の胸がキュンとする。


 紐パンの中で、正直者の裕太もピクリとした。


「もう! 好き!」


 好きすぎて、裕太はギュッと佳子の腕に抱きついた。


「佳子ちゃん可愛すぎ!」

「ゆ、佑香ちゃん!? だ、だめよこんな所で!? 恥ずかしいわ!?」

「平気だよ。今の僕は女の子の佑香ちゃんだもん。こんなの女の子同士のスキンシップだよ」

「そ、そうかもしれないけれど……。ふ、不意打ちでそんな風にデレられたら、ドキドキしてしまうわ……」


 真っ赤になって佳子が照れる。


「変な佳子ちゃん。痴漢は平気なのに、これはダメなんだ?」

「だ、だって……。エッチな事は沢山しているけれど……。こういう普通のイチャラブはあまりしてこなかったでしょう? しかもこんな人前で……。恥ずかしいわ……」

「ふ~ん。嫌ならやめるけど?」

「嫌じゃない! 嫌じゃないわよ! もう、意地悪言わないで!」

「あはははは!」


 ささやかな仕返しに裕太は笑う。


「もうっ! でも、そんな所も大好きよ……」


 佳子はむくれると、幸せを噛み締めるようにウットリした。


 と、不意にその目が丸くなり、裕太の背後を凝視する。


「鬼、鬼龍ちゃま!? そ、それに、輪島のお兄様も!?」

「え? うわぁっ!?」


 振り返って裕太はギョッとした。


 歓楽街を模したセットを、強面のヤクザにしか見えない一団が肩で風を切りながらノシノシと歩いていた。


 見覚えのある風貌は、大人気ヤクザゲーム、竜の徳五のキャラのようだが。


「好きなの? 竜の五徳」

「好きよ、大好き! 全シリーズ遊んでいるわ! あ、あ、あぁ……。なんてハイクオリティーなのかしら……」


 キラキラと、目を輝かせて佳子は言う。


「そう言えば新作出てたし。ゲームのプロモーションなのかな? 折角だし、佳子ちゃんも記念撮影して貰えば?」

「む、無理よそんな!? 私みたいなパンピーが鬼龍ちゃまや輪島のお兄様に話しかけるなんて、恐れ多すぎるわ!?」

「じゃあ、僕が代わりに言ってくるよ」


 裕太にとっては貴重な男らしさの稼ぎどころだ。


 二つ返事で佳子に告げると、パタパタとヤクザ御一行に声をかける。


「すみませ~ん!」

「なんだ、てめぇ」

「ひぃっ」


 白スーツを着たオールバックの大男に凄まれたらそりゃ怖い。


「あかんで、鬼龍ちゃ~ん。相手は堅気や。優しくしたり」

「……そうだな。記念撮影か?」


 コクコクと頷き、佳子を指さす。


「ぼ、僕じゃなくて、あっちの子と……」

「いいぜ」

「記念撮影、大歓迎や!」

「いいって佳子ちゃん!」

「で、で、で、でもぉ……」


 緊張する佳子の手を引きヤクザ一行に引き渡す。


 カメラ役は裕太が引き受けた。


「ほら佳子ちゃん! スマイルスマイル!」

「ひ……ヒヒヒヒヒ……」


 引き攣った笑みを浮かべる佳子の背後で、ヤクザ達が腕組みをしたり、玩具のドスを舐めたりと、思い思いのポーズを取る。


「ありがとうございました!」

「礼ならいらねぇ」

「ほなさいなら」


 別れた端から別の客に呼び止められ、撮影会が始まった。


「……まさかこんな所で、あんなにハイクオリティーな鬼龍ちゃま御一行に出会えるなんて……」


 裕太の撮った画像を眺め、ウットリと佳子は言う。


「良かったね佳子ちゃん」

「うん! ありがとう佑香ちゃん! 私一人だったらとてもではないけれど声なんかかけられなかったわ! ってイダイ!? な、なんで抓るの!?」

「モヤっとしたから」


 ニコニコ笑顔で裕太は言った。


 けれど目の奥は、全く笑っていない。


「佳子ちゃんの気持ち、すごく分かった。佳子ちゃんが喜んでくれるのは嬉しいけど、喜んでいる姿を見るのはすごく楽しいけど。それはそれとして、僕以外の男の人にドキドキしてる姿を見るのはモヤっとするね。すごくモヤる。あんなの浮気と一緒だよ。散々僕の事可愛いとか言っておいて、やっぱりああいう大きくて厳つい男らしい男の人がタイプなんだ」


 サァーっと佳子の顔が青ざめた。


「ち、違う、違うの! 誤解しないで!? 私は裕太君一筋よ!? 裕太君もオタクならわかるでしょう? 今のアレはそういうアレとは全然違うの! 好きは好きでもライクの方! ファンと言うか推しと言うか、恋人とは完全に別枠のそれなのよ!?」

「わかってるよ。勿論わかってる。僕もオタクだから、佳子ちゃんの言いたい事は完璧に分かってるし理解してる。でもモヤるんだ。心が曇る。どんな理由でも、たとえライクでも、僕以外の男の人に好きだなんて言われるとモヤモヤするね。ムラムラして、僕で上書きしたくなっちゃうよ」

「痛い、痛い!? ごめんなさい!? もうしないから!? お尻掴まないで!? 取れちゃう!? バレちゃう!? 子供達に見つかっちゃう!?」


 裕太が正気を取り戻すには、暫しの時間が必要だった。


「ご、ごめん佳子ちゃん……。僕としたことが、つい取り乱しちゃって……」

「いいのよいいの……。すごく良かったわ……。すごく萌えちゃった……。萌えたし燃えたわ……。普段ドMなのにああいう時だけドSになる……。まさに私の理想の彼氏よ……。掴まれ過ぎてまだお尻がジンジンするけれど、それすらもマーキングされたみたいで心地良いわ……」

「……まぁ、佳子ちゃんがいいんならいいんだけどさ」


 ムワッと漂うエッチなオーラに、裕太は慌てて話題を逸らした。


 このままでは、折角健全ルートに入ったのにまた不健全になってしまう。


「それはそうと、この遊園地、ちょっと変じゃない? イベントにしても、アニメやゲームのキャラがいすぎると言うか……」


 お面ライダーやカワキュア、五徳のキャラだけではない。


 パトカーに囲まれた銀行前では、某大人気ソシャゲの美少女キャラ達が銃器を構えて撮影会。


 あっちではピッチリスーツを着たヒーロー学校の生徒達、こっちでは呪術高校の生徒達と、いたるところで見覚えのあるキャラ達が撮影会を行っている。


「じゃあ、そろそろ種明かしをしましょうか」


 ニタリと笑って佳子は言った。


「実は今日、この遊園地ではコスプレイベントをやっているの。ここを選んだのはそれが理由よ」

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好きでもないクラスの地味子に告白されて即日エッチしたらエッチな甘々ラブコメが始まった件 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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