第18話

 その後メチャクチャエッチした。


 翌日も、翌々日も翌々々日もエッチした。


 付き合ってから一ヵ月、二人はひたすらエッチばかりしていた。


 内心では裕太も不味いと思っていた。


 これではエッチの為に付き合ってるみたいじゃないか!


 だが言えなかった。


 エッチ以外の事もしてみたいが、エッチだってしたいのだ。


 童貞を卒業してまだ一ヵ月だし、佳子とのエッチは何度やっても初めてみたいに新鮮で、飽きる気配は全くなかった。


 同じエッチは一度となく、どれもが異なるエッチだった。


 実際、一口にエッチと言っても色んなエッチがあった。


 お互いにムッツリスケベな二人である。


 あんなプレイやこんなプレイ、やってみたいと憧れていたエッチが山ほどある。


 普通なら恥ずかしくて言い出せないようなプレイでも、佳子になら言い出せたし、それは佳子も同じだった。


 大人の事情さえなければ、それについて詳細に、赤裸々に、これでもかと書き連ねたい作者だった。


 だが出来ない。


 それはごめん。


 作者のせいではないけれど。


 賢明な読者諸君ならきっとわかってくれると思う。


 なんにせよ、裕太もそろそろ言った方がいいと思った。


「……ねぇ佳子ちゃん。流石に僕達、エッチしすぎじゃない?」


 例によって放課後、佳子の部屋での事だった。


 例によって事後、裸で抱き合いながらの事だった。


 賢者タイムがなかったら、また先延ばしにしていた事だろう。


 あと、一ヵ月の間に二人は名前で呼び合う仲になっていた。


 たまに学校で名前呼びをしそうになって焦る事があるのはご愛敬だ。


「仕方ないじゃない。裕太君とのエッチは最高に気持ちよくて、幸せで、満ち足りた気持ちになるんだもの」

「それはそうだけど……」

「でしょう? それに、私達はまだ付き合って一ヵ月で、処女と童貞を卒業してまだ一ヵ月よ。一ヵ月と言ったらまだ駆け出しの初心者だし、箸が転んでもエッチがしたくなってしまう、盛りの付いたお年頃じゃない。私の家が使えない時はエッチをしていないし。まぁ、そんな日はあまりないのだけれど。なんにしたって、エッチし過ぎという程の事ではないと思うわ」

「それもそうだけど……。でも、たまにはエッチ以外の事もしたいと言うか……」


 もごもごと裕太が言うと、佳子は不安そうな目をして裕太の腕に縋りついた。


「……もしかして、私とのエッチに飽きてしまったの?」

「まさか! 全然! 佳子ちゃんとのエッチに飽きるなんてあり得ないよ! さっきのエッチも最高だったし! TPさえ回復したら、すぐにでもまたしたいくらいだよ!」

「じゃあ、私が回復魔法を唱えてあげようかしら?」


 ニタリと笑うと、佳子は指先で意味深な輪を作って透明なアイスキャンディーをペロペロした。


 それだけで、先程消費したTPちんちんポイントがピクピクと回復の兆しを見せる。


「本当!」

「嘘。実は私もエッチばかりしてしまっていると思っていたの。でも、ついエッチの気持ちよさに流されて言えなくて。だから、裕太君が言ってくれて助かったわ」

「ぁ、ぅん……」

「がっかりしないの。回復魔法は後で唱えてあげるから」

「わぁい! やったぁ!」

「もう、現金なんだから」

「だって嬉しいんだもん」

「うふふ。本当に、喜ばせ甲斐のある人なんだから。それで、エッチ以外の事をするとして、なにをしようかしら?」

「ん~。やっぱりデートじゃない?」

「まぁ、デートよねぇ……」


 悩まし気に佳子は言う。


「佳子ちゃんはあんまりデートしたくない?」

「そういうわけではないけれど。むしろ、当初の予定ではもっと早くデートをするつもりだったくらいよ。裕太君とのエッチが最高過ぎて、つい先送りにしてしまっただけ。私だって一応は女の子の端くれなのだし、大好きな男の子とデートをしたい気持ちはもちろんあるわ」

「それならいいんだけど。なんか気乗りしてない感じだったから。無理させたらイヤだなって」

「無理なんかしてないわ。ただ、色々と考えてしまう事があるのよね……」


 やはり佳子は悩まし気だ。


「考えるって、どんな事?」

「例えばよ。一口にデートと言っても、具体的になにをするのか問題。分かっていると思うけど、私はデートなんか生まれて一度もした事がないわ」

「僕もそうだよ」

「でしょう? いきなりデートと言われても、何をしたらいいのか分からないわ」

「適当にご飯食べて、その辺で買い物して、映画見るとか? そんな感じじゃない?」

「私もそういうイメージは持っているけれど……。はたしてそれは楽しいのかしら?」

「言いたい事はなんとなく分かるけど……。それなりには楽しいんじゃないかな?」

「もちろん、裕太君が一緒ならどんなデートでもそれなりには楽しいと思うのだけれど……。じゃあそれは、こうしてお家でエッチをしているよりも楽しい事なのかしら?」

「それを言ったらおしまいなんじゃ……」


 どう考えても、お家でエッチしている方が楽しそうである。


「そうかしら? これは結構重要な問題だと思うのだけれど。折角二人でデートをしても、お家でエッチしてる方が良かったわねなんて結果になったら悲しいわ。そんなデートは虚しいし、意味がないと思うのよ。私はそんな、言い訳めいた義理デートはしたくないの。どうせするなら、エッチよりも楽しかったと思えるようなデートがしたい。裕太君もそう思わない?」

「そりゃ思うけど……。でも、エッチより楽しいデートって、かなりハードル高くない?」

「高いわね。エベレスト級よ。だから中々言い出せなかったの。中途半端なデートをして、折角上手く行っている裕太君との関係が壊れてしまったら怖いもの……」

「そんな事で壊れないと思うけど……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど。生憎私には自信がないわ。勘違いしないでね。裕太君を信用していないわけではないの。自分に自信がないのよ。エッチ抜きで裕太君を満足させられる自信がないの……。デートって、つまりはそういう事でしょう? エッチ抜きでも私達はちゃんと恋人同士でいられるか、否応なく試されてしまう。そういうリスクのあるイベントだと思うのよ。実際、教室で話している女子達の恋バナを盗み聞いていると、デートがつまらなくて彼氏と別れたという話はよく聞くわ」


 そう言われると裕太も不安になってきた。


 この一ヵ月、佳子とはほとんどエッチしかしていない。


 会話だって、オタク語りを除けばエッチに関する事ばかりだ。


 認めたくないが、これではエッチで繋がっている関係も同じである。


 デートが上手く行かなかったら、余計にそれを証明する事になってしまう。


 それはとても恐ろしく、怖い事だ。


「……だったら、猶更デートするべきじゃないかな。っていうか、した方がいいよ、デート。これだけエッチばっかりしててこんな事言うのは今更かもだけど……。やっぱり僕は、佳子ちゃんとちゃんと恋人同士になりたいし、ちゃんと好きだって言えるようになりたいから。エッチだけじゃない、エッチがなくても一緒に居たい、好きだなって思える関係でいたいから。しようよデート。エッチ抜きのデート。エッチよりも楽しいと思えるような、そんなデートをしよう。そしたら僕達、もっとお互いの事を好きになれると思うし、好きなんだって胸を張れるようになれると思うんだ」

「……それはそう。全くもってその通りよ。その為にはやっぱり、デートの内容が重要になって来ると思うの。だってエッチよりも楽しいデートですもの。生半可なデートでは超えられないわ」

「だね……。かなり楽しいデートじゃないと。でも、全然思いつかないや……」

「裕太君はないの? 行ってみたい場所とか、やってみたい事とか」

「なくはないと思うんだけど、急には思いつかないかな。元々僕、インドア派のオタクだし……。あんまり外でなにかしたいって思う事がないって言うか……」


 こうして考えると、我ながらつまらない奴だと思う。


 こんな事なら、もっと陽キャっぽい趣味を作っておくんだった。


「私だって同じようなものよ。自分の家が一番安心するし、休みの日にわざわざ外出なんかしたくないわ。好き好んで人の多い場所に行きたがる人の気持ちなんか全然分からない、引き籠り予備軍みたいなものよ」

「……もしかして僕達、そもそもデートに向いてない?」

「その説は大いにあるわね。でも、裕太君とだったら話は別よ。一人ではとても行く気にはなれないけれど、二人でなら、恋人となら、裕太君と一緒なら、行ってみたい場所、やってみたいと思える事は案外あるわ」

「本当? なら、佳子ちゃんが行ってみたい場所に行って、やってみたい事をしようよ。僕はどこでも大丈夫だから」

「それはとても嬉しいのだけれど……。いいの? 裕太君の興味のない場所だったら、退屈させてしまうわ……」

「平気だよ。だって僕、佳子ちゃんが楽しそうにしてるのを見てるだけで楽しいもん。佳子ちゃんが楽しい場所だったら、どこに行っても何をしても、絶対楽しいと思う!」

「裕太君……」


 うっとりと、佳子は裕太の胸に頬擦りをした。


「何度だって言うけれど、何万回でも言いたいのだけれど、あなたを彼氏に選んで正解だったわ……。本当に、あなたは私を喜ばせる天才ね……」

「それはこっちの台詞だよ。佳子ちゃんこそ、僕を彼氏に選んでくれてありがとう。佳子ちゃんと一緒に居るだけで、ただそれだけで僕は幸せになっちゃうよ。それで、佳子ちゃんは何処に行きたいの?」

「……子供っぽいって笑われるかもしれないけれど。私、遊園地に行ってみたいわ」

「笑わないよ! 良いんじゃない? 遊園地! デートの定番って感じだし!」


 と、不意に裕太は不安になった。


「でも、大丈夫かなぁ……。遊園地って定番なだけに、学校の人とエンカウントする可能性ありそうだけど……」


 裕太が中々デートについて言い出せなかったのもこれが理由だ。


 デートとなれば、少なからず佳子と付き合っている事がバレてしまうリスクが発生する。


 もちろん、絶対に秘密というわけではないのだが、出来れば避けたい事態だった。


「それはそうだけど。それを言ったらどこに行っても学校の人とエンカウントする可能性は生じるわ。デート先は勿論、駅前や近場を歩いてる所を見られる可能性だってあるわけだし」

「じゃあ、もうその辺は気にしない事にしちゃう?」


 佳子がいいなら構わない。


 悪目立ちするのはイヤだが、佳子と付き合っている事を自慢したいし、堂々とみんなの前でイチャイチャしたいという気持ちはあった。


「いえ。出来ればそれは避けたいわ。大丈夫、私に名案があるの。前に言ったでしょう? 人目をはばからずお外で堂々と手を繋げる策があるって。今こそそれを出す時よ。ついでに言えば、これは私がデートでしたかった事でもあるの。恋人と、裕太君としたかった事でもあるのよ」

「よくわかんないけど、佳子ちゃんがやりたい事ならなんだって協力するよ」


 それを聞いて、佳子の口元が妖しく笑った。


「ダメよ裕太君。なんだってなんてそんな言葉、軽々しく口にしては」

「……じゃあ取り消すけど」

「もう遅いわ。裕太君は言ったもの。私のやりたい事なら、なんだって協力してくれると。確かに言ったわ。言質を取りました。だから、えぇ。言葉通り、協力して貰うわよ」

「……えっと、一応聞くんだけど、なにさせる気?」

「女装デート」


 佳子は言った。


 見た事がないくらいニコニコした顔で。

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